病気と闘うな医者と闘え
医者の嘘(うそ)の見破り方
(医師)富家 孝 光文社カッパ・ブックス
よりの続きですけど。
う~~ん、ここまで書かれたら同業者としてはもう・・・
故意に書いているのか真実なのかは読者の判断に任せるとしても、
それにしても・・・
こんな裏話を知るとどう言っていいかとこちらも書くのに迷ってしまうのです。
いや、もともと現代医学などもともと信用していないから、信者さんとは違ってこういう裏話なども必要ないのですけど。
でも、ふつうの人は考え込んでしまうでしょうね。
言葉の裏に隠されているものは何なのか?
それはやはり医業とはやっぱりご商売なんだという事でした。
いや、別に商売じゃまずいって言っているんじゃなくて、その商売をえらく勘違いしちゃっている患者さんたちが勝手に医業を偉業としているところなんですよ。
医は仁術 などという金言は元々大昔の話だったのかも知れませんし、
現代は飯が食えない商売なんぞ誰がやるか!と開き直られるのがオチでしょうね。
いいえ、それでいいんですよ。
その事を承知で受診したり治療受けたりしているのなら、何も問題ないんですね。
しかし
えらい勘違いをしてしまった患者さんが
後で
自分で思うようにならなかった
と言って、
えらい怒って、訴訟を起こすんですから。
最初から、ハッキリ言えばいいんですけどね、お医者さんの方も。
医学というのはとても危険な面と裏腹なんですよ。だから功罪合わせて納得してから受けてくださいよ。
薬も主作用と同格に副作用が裏表になってるってことも知って承知の上で飲んでくださいね。
それなら、
もともと、承知の上で患者さんも責任があるのだからいろんな裁判沙汰が起こらないのでしょう。
けど、それを隠して商売上手の口でやられたんじゃ、それじゃあ、患者さんが後でカンカンに怒るのも無理ないのですけど。
それにしても、
お医者さん側だけを責めても無意味なのかも。
無知をいいことに自慢げにしてすべてあなた任せの医療を創ってきたのはイッパンタイシュウ側の方に重大責任があるのかも知れません。
だから、医者と闘うなどというよりも、患者よ無知と闘え とでも題名つけた方がよいのかも知れませんね。
じっさい、薬も飲まないとか病院にも行かないなどと言っていると叩いて来るのはイッパンタイシュウの方です。お医者さんの方があっさりしています。
どうぞご自由に。どうなっても知りませんよ。って。
特に親類筋とか知人筋など知り合いの度合いが強い方が強く強く、こちらを非難してきますから。
やっぱり、無知な患者と闘えって本を出したいくらいですよ。 マッタク!!
ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー
ポリープがありますが、心配ありません。
ポリープというと、内心でドキッとするのが、現代人の正常な反応だろう。だから、当然、次に「悪性~ 良性~」という言葉が出る。しかし、ポリープなど、人間をずっとやっていれば、体内のどこかしらにできるものなのである。
ところが、医者はポリープがあるという事実だけを告げ、なかなか「心配はいらない」とは口にしない。では、どんな場合に口にするかというと、およそ次のケースである。
胃のポリープの場合は、ガン化しない過成性ポリープ。大腸ポリープなら、腺歴と呼ばれる良性腫琴胆のうポリープなら、胆のうポリープの約98%を占めるコレステロールの○ ポリープである。これらは、小さければ定期検査を受ける程度で、まず放っておいてかまわない。
しかし、医者によっては点数稼ぎで手術をすすめる場合がある。特に胆のうポリープの場合、精密検査もしないで手術をすすめる医者がいるので注意が必要だ。
そこで、胆のうポリープが見つかったら、必ず医者に「単なるポリープなのか、腫瘍の疑いがあるのか」を確かめるペきである。
そして、運悪く腫瘍の疑いがあるとされたら、超音波内視鏡検査か胆のう二重造影法による検査を受けたいと申し出るのがよい。一般的にポリープの除去手術を受けるべき目安をあげると、胃の場合、腺腫であり、出血しやすいもののとき、または大きさが1センチを超えるときである。2センチを超えるとガン化しやすいとされるからだ。また、大腸の場合は、5ミリ以上の腺腫である。
いずれにせよ、ポリープという言葉でむやみに不安がらず、医者にキチッと質問すべきである。もう一度話を胆のうに戻すと、同じ外科医でも見解が大きく分かれるものだ。つまり、「切る」、「定期検診で経過をみる」、「切らない」 の3つにすぐ分かれてしまう。ともかく「切る」というのは治療でいえば最終処置であるから、できれば別の医者にも聞くべきだろう。いわゆるセカンドオピニオンが、この場合大切になる。
簡単な手術です。入院の必要はありません。
胆のうポリープの切除手術をすすめる医者は、きまってこう言う。最近、胆のうポリープの手術は、日帰りが多〈なってきた。しかし、まだまだ開腹による手術をすることが多い。
それは、腹腔鏡下の日帰り手術ではペイしないからである。なにも医学が進歩したからではない。開腹手術は点数からだけ見ると、腹腔鏡下の手術の点数より低い。
しかし、腹腔鏡下の手術では、機器のリース料と使い捨ての手術材料費や人件費を考えると、ペイしない。そこで、病院経営者は、手術代は安くとも入院費が稼げる開腹手術をやることになる。これが、現代の大病院の常識なのである。
いまのところ異常はありません。でもこのままでは、将来、生活習慣病になりますよ。
高血圧や糖尿病、腎臓病などを、まとめて「生活習慣病」と呼ぶようになってから、数年経つ。
それまでは、これらの病気は成人病と呼ばれていた。
しかし、糖尿病などは年々若年化したので、「成人病と呼ぶのはおかしい」という声が出て、厚生労働省が呼び方を変えるように指導したのである。
が、これは医者にとって拍手喝采の快挙であった。
病気でない人間を「生活習慣病の可能性がある」という言葉で、疑似患者に仕立てあげられるからだ。
実際、それまで医者にとっておいしい患者というのは、慢性病の患者であった。
慢性病、つまり生活習慣病の患者というのは、治療はエンドレスとなる。
完治などさせる必要はなく、投薬や検査を続け、ずっと病院へ来てもらえばいいからだ。
治療というより生活管理。これを医者が続けることで、患者は永遠のリピーターとなり、定期的に収入が得られるというわけだった。
それが、今度はまだ生活習慣病になっていない人間まで、リピーター化できるのである。これが快挙といわずして何と言うのか。
したがって、医者がこんなことを言ったからといって、気にする必要はまったくないのである。
できたら、定期的に、検査を受けられたらいかがですか?
人間ドックや健康診断後に、医者にこう言われても、数値の異常さえなければ、心配性でどんな病気にもかかりたくないと固く決心している人を除いて、何もする必要はない。
特に、人間ドックの1泊2日のもの、半日のものなどは、まったくのムダである。医者がなぜ人間ドックをすすめるかといえば、それが保険外診療だからである。健康保険組合の補助によっで安価で受けられる例もあるが、基本的には保険は適用されない。しかも、病気でない人を病院に引っばり入れることができるうえ、新たなリピーターもつくれるのだ。
たとえば、こんな話がある。
半日ドックに入ったある食品メーカーの営業マン氏は、ズバリ、「定期検診」をすすめられた。それで医者に質問すると、「現在のところ数値的に異常はない」という。「では、なんでするんですか」と言うと、その医者は「将来的に心配ではありませんか~ あなたは、もう40代の半ばもすぎていますし」と答えたというのである。
その医者の言葉に、営業マン氏はピンときた。自己診断のところに「酒量」「たばこの本数」などを正確に書いたからである。医者はそれを見て、なんとか営業マン氏をリピーターに仕立てあげようとしたわけである。
人はだれでも生活習慣病の可能性をもって生きている。しかし、だからといってだれでもが生活習慣病になるわけではない。生きるということで生じるリスクをすべて回避できることなど、あるはずがない。それを無理にしようとするから、医者のたわいない嘘に引っかかるのである。その代表的な嘘が次の言葉だろう。
あなたは、ちょっと、糖尿の気がありますね。
こんなことは、40代以降の人間ならだれにでも当てはまる。肝機能のデータが標準値を超えていればなおさら、超えていなくても飲酒の習慣さえあるなら、医者でなくても言えるのだ。
だから、私は医療というのは、一種の心理学と言っている。患者をマインド・コントロールさえすればいいのだ。
ところで、生活習慣病のうち、医者が大歓迎するベスト3をあげると、高血圧に糖尿病に程度のいい十二指腸潰瘍になる。これらは、いったん診断を下せば、あとは永遠のリピーター。特に十二指腸潰瘍など、投薬を続け、何カ月に1回かは「カメラ (内視鏡) を飲んでみましょう」と検査をし、カルテには“Nothnig particular”(特に異常なし) などと書けばいいからである。
これは新しい薬ですが、使ってみましょうか。
最近は、こんなことを言う医者が増えているという。
というのも、薬品メーカーの世界的競争が激化し、日本のメーカーも当然のようにその競争に巻き込まれているからである。しかし、だからといって医者自身が無自覚に 「治験薬」を患者にすすめるのはいただけない。
つまり、「新しい薬」というのは「治験薬」 のこと。
これは、新薬の製造承認を得るために、医者自身が協力しているのだ。
新薬の臨床試験というのは、動物実験終了後に人間に対して行なわれる。
臨床試験はフェーズ?からフェーズ?まであり、フェーズ?とフェーズ?で人間に対しての有効性と安全性が試され、フェーズ?で市販後臨床試験が行なわれる。
ただし、厚生労働省医薬局により、治験参加者に対しては口頭だけではなく文書での同意も求めるよう指導されている。だから、同意するかどうかは、患者の意思しだいである。
動物実験で効果があったからといって人間に効果がある保証はないし、副作用の可能性だってある。
ところが、薬品メーカーから多大な研究費の援助をもらっている医者は、「これまでの薬より効果はあると思いますよ」と、平気で嘘をつく。
その巧みな論法と、先生にはお世話になっているからという気持ちから、患者はついつい同意することがある。
ともかく、即答は避ける。あるいは、納得いくまで質問するべきである。
ビタミン剤を出しておきましょう。
ビタミン剤は、いわゆる普通の薬とは意味が違う。しかし、飲んでも安心という観点から、医者は積極的にすすめるようになった。が、実際のところ、点数稼ぎと医療費の増大に貢献しているだけで、その効果の程はわからない。
良心的に考えて、次のような場合、医者はビタミン剤を出す。
たとえば、何らかの手術後で栄養が十分にとれない場合、また、胃が弱っていて、明らかに栄養補給のためのビタミンが必要とされる場合。こんなときは、ビタミンBlやビタミンCなどが処方される。また、足のしびれや腰痛などで消炎鎮痛剤が処方されるとき、アリナミンF (ビタミンBl誘導体) が一緒に出されることもある。これは、一緒に服用すればより効果があるという場合である。同じく、何らかの病気の後遺症で体の一部にしびれが残っているときも、ビタミン剤は処方される。
しかし、これ以外のケースでビタミン剤を出された場合は、医者の単なる点数稼ぎである。最近は、ただ漠然と出されることが多くなっているので注意すべきである。極端な例でいうと、3、4種類の薬を出されたが、調べてみたらすべてビタミン剤だったなんていう笑えない詰もあるのである。
できれば、入院をしたほうがいいでしょう。
ことわっておくが、医者が患者に嘘をつくのは、症状が軽いか、病気がたいしたことがないからである。
もし、命にかかわるような病気なら、医者もいい加減な嘘 (騙し言葉)はつけない。最近は、医療訴訟が増加しているから、医者も慎重になっているのだ。
しかし、いまだに、「入院をしたほうがいいでしょう」
と、なにがなんでも入院させたがる医者は多い。
医者が入院をすすめるのは、病院内のベッドにひとつでも空きがあると、売り上げが落ちるからである。
だから、老人の場合、風邪が少々重ければ、「おばあちゃん、肺炎の気がありますね。3、4日入院をしたほうがいいね」と平気で言うのだ。こうなると、これは一種のテクニックである。患者のほうとしては、その程度で入院させられたらたまらない。
私は、どんな病気でもよほどの重病でないかぎり、入院すべきではないと考えている。それは病気というものが、家族の愛をいちばん必要とするものであるからだ。日本の病院はその家族愛を拒絶するところである。面会時間があり、付き添う設備もなく、食事もまずい。
そんなところに、医者側の都合だけで入院させられたら、もともと治る病気も治らないだろう。
あと半年はもちます。いまのうちに退院をおすすめします。
終末治療段階に入った患者の家族に対して、医者はきまってこう言う。
しかし、これは医者の善意からの言葉ではない。本書で言うと、「もう保険点数を稼げる治療は全部やった。これ以上やっても儲からないから早く出ていってほしい」と言っているのである。
たとえば、入院して即末期ガンでもう手術も不可能と診断されたとしよう。すると、その後、心電図、CT (コンピュータ断層撮影法)、MRI (磁気共鳴映像法) とあらゆる検査が行なわれ、抗ガン剤や点滴など考えられる治療もすべて行なわれて1カ月ぐらいが経過する。
ところが、患者はまだ体力がある。こうなると病院側は、死ぬまでベッドを占領されたらたまらないと退院をすすめるのだ。
ここに、日本の保険制度の致命的欠陥がある。つまり、病院が健康保険で申請できる入院基本料、診療点数は入院1カ月間がもっとも高く、その後、2カ月、3カ月と経過すると徐々に落ちていくのである。
これでは、病院経営は成り立たないから、最短の1カ月で入院患者を回転させようということになる。
私の知り合いの大阪の病院経営者は、いつもこのことを考えていると公言し、さらに「それでも実際に儲かるのは売り上げの3%でっせ」と嘆く。病院というのは、これほど薄利の商売なのである。
しかし、このことを一般の人はほとんど知らないから、特に家族に人手がなく、いつまでも病院に入れておきたいと考えている人は、「なんとか入院を続けさせてください」と言う。
すると医者も心得たもので、系列やチェーンの病院があればそこを紹介する。これが患者のタライまわしである。
病院によって差はあるが、たとえば入院基本料は最初の1カ月が約l万2000円で、3カ月を経ると約500円の減収になる。これでは病院経営は成り立たない。ところが、患者側というのは保険制度のせいでこうした実際の費用をほとんど知らない。知ったとしても1カ月で6万3600円にわずかな自己負担金を加えた治療費(低所得世帯は3万5400円のみ)を払えばいいので、こうした悲劇が起こるのである。
終末治療というのは、病院にとっては金の成る木である。また、患者側にとっても最高支払い額が決まっているから、医者に立ち入って質問もしない。
ただ「できるかぎりお願いします」とか、「最後までやってください」とか言うだけである。
しかし、これがすべて自己負担となったら、現在の日本の医療システムはたちまち崩壊するだろう。
終末治療というものは1週間で200万円ぐらいはすぐにかかるもので、:CU(集中治療室) に入ったら1日で数十万円はかかるのだ。
だから、病院はいったん退院させた患者でも、死期が迫れば再入院させ徹底的に稼ごうとする。特に、患者が死亡したケースというのは保険の審査は無審査に近いから、まずすべての治療費が3カ月目には入ってくる。
しかし、前出の大阪の病院経営者は言う。「儲けを3%と言いましたが、それも死亡患者が多かったときでっせ」
もうおわかりと思うが、医者は患者に嘘をつき、そして騙さなければやっていけないのだ。
もし、すべてをぶっちゃけてしまえば、これまでの医者と患者の関係はどう見ても成立しなくなると、私は思う。
今度は、ご家族と一緒に来ていただけますか?
ここまで医者の嘘の言葉ばかり並べてきたが、これだけは事実と受け取ってかまわない。
何が事実かといえば、それはあなたの病気が相当量いということである。
ガン、進行糖尿病、心臓病で手術の必要のあるもの、腎不全などが考えられる。
もちろん、これ以外の難病も同様である。この言葉を発するときの医者は、今後の治療方針や病状の進行について家族の同意を必要としているのである。
ガンの場合なら、その治療法や手術の有無について、家族の選択を求めているし、狭心症ならバイパス手術の同意、腎不全なら人工透析の必要性などを家族に対して話さねばならない。
しかし、それでも私はあえて言うが、医者というのは家族の同意をとることで、自分の責任を回避できる商売なのである。
そもそも病気というのは患者本人がなったもので、医者の関知するところではない。また、その治療に関しても家族の同意があれば、それは医者が決めたことではないので、責任など取らなくてもすむ。
つまり、医者はそのビジネスの発生から終了にいたるまで、何ひとつ責任を取らなくていい商売なのである。
ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー