むかし、あるチャネリング情報として保存しておいたものから、抽出しました。
これを発表した方が閉じてしまったのですが、そもそもチャネリング情報(これはどこかの宗教の教祖が受けた神示なども同様)とは、独占する性質のものではありません。
よって、各宗教の教義に著作権などをかけるとしたら、まったくナンセンスとしか言えません。
たしかに受信者はひとりの人間ですが、受診内容は人類に対する教示みたいなもので、独占件があるはずもなく、それを取捨選択する権利はひとりひとりの人間側にあるからです。
ただし、本にして収入を得るとかの行為はこの人間世界での決まり事になりますので、むやみに横取りする様な行為はいけないでしょうが。
しかし、そもそも人類に公開するという事がチャネリングとか新示ですから、勝手に隠したり非公開にするのはどうかと思います。
それは受信者と発信者を同一するという勘違いであり、その選択は公開された後の問題、個人の自由意思によるものです。
ということで、今回の情報は「差し止め請求」があったとしてもお断りとしました。
くどいですが、取捨選択は読んだかたにお任せですよ。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
病気についてのチャネリング情報ーー一部抜粋
病気』とは、本来人間には有りません。全てのものに、ありませんと言うべきですね。『病気』は、基本的に未消化の不安の種の蓄積を意味します。
生きて表現して行くと(物質界で)、生存に対する基本的な恐怖を、何時もどこかに持ち、生活をする事に成ります。
その恐怖と言うのは、自己愛の忘却、または、変容を表します。
本来、私達、個人個人は、全て第1意思(意志)と繋がっているので、不安になる要素は存在しないのです。
ところが、新たな拡張を続けるように準備実行された、この物質次元の表現で、この表現している仮の自分こそが、『自我』こそが、自分と思い込んでしまい、死という幻に、常に、苛まれています。
また、この恐怖は、あらゆる形に姿を変え、相対性の中での明暗、光と影の側面を創り出しました。
悪い事では、ありいません。
何故なら、これによって、感情的な側面が大きいにせよ、喜びと言う愛の表現の存在意味をとても大きく知るスパイスのような物に成ったからです。
本来、私達は、喜びしか知りません。
ところが、この喜びだけの中では、喜びとは、一体どのような物なのかを、知ることが出来ないのです。理解できたでしょうか?
よって、これは、この次元に来た一つの目的であった訳ですから、それを達成することが可能にしたツールなのです。
その意味においては、十分その働きは、達成しています。
ところが、人間は、その事を忘れています。これが、真実に成っています。恐怖が・・・・!
ということは、マイナスエネルギーが、恐怖だとすると、量子的に考えると、喜びをプラスに見て、在るがままが、プラス、マイナス、ゼロの状態です。つまり、釣り合いが取れている時です。この状態は、ニュートラルなので、病気になりません。
プラスの場合は、喜びの増加の場合は、体の中のイオン変化が増幅され、活性化する状態になります。
つまり、エネルギーバンドが上昇して、振動数が活発に成るのです。そうすると、脳から、電気的信号が流れやすくなり、細胞内のDNAに組み込まれた自浄性プログラムD‐45pxy(?)と言うプログラムが活動して、体の代謝を促進し、新しい物と交換するのです。その為、体は、正常なニュートラルな物へと再生されていきます。
逆に、マイナスエネルギー、恐怖を持ち続けた場合は、どうでしょうか?
この場合は、プラスの時とは、逆な状態を引き起こします。脳から、本来、定期的に送られるはずの、代謝促進による電気信号が、送られなくなります。何故でしょうか?それは、エネルギーバンドが、振動数を下げてしまい、不活性な状態に、体の細胞変化(を)、引き戻します。量子的に、停滞させてしまう、硬直させてしまう訳です。
そうすると、活発に本来交換が行われるはずの、エネルギー交換が行われず、固定化されてしまいます。
と言う事は、全てに、神の意志である、新たな創造と言う使命が在るとすれば、それは許されません。
と言う事は、その停滞するものは不必要に成り消えていきます。それが、原理です。
細胞の方に戻って話をするならば、変化が起きない細胞は死滅して行くのです。単純な事です。
更に、その恐怖の蓄積が多くなると、その死滅速度は、速くなります。
脳から、喜びとは違う信号が、送られるのです。それは、細胞内のDNAのZpg‐475ya(?)と言うプログラムを起動させ、細胞の異種化増殖をさせるのです。
つまり、癌のような死滅細胞を作るのです。これは、同時に、Dzp‐25hgy(?)と言うプログラムとあいまって、健康な細胞まで死滅させてしまいます。
分かったでしょうか?
『病気』とは、何を隠しそう、恐怖の蓄積によって起きます。
恐怖とは、変容しますので、例えは、憤懣だったり、悲しみだったり、怒りだったりと、自分が認められていないという感情の部分が多いかもしれません。この感情を良く見ていくと、気づきます。
『認められない』
これは、自己否定です。
認められるのは、誰であろう?それは、あなたに他ならないのですから・・・。
自分で自分の存在を、この次元で認めないのですから・・・分かりましたね。
ですから、病気に成り死ぬのです。
では、何故、病気は体の部位により起こるのでしょうか?それは、@@@等の色々な方が、体の部位と感情の対応などを話しているので、よく見て下さい。
これは、大変優れた警報装置で、自分の感情の中で、何が見整理で、蓄積されているかがわかるもの、知らせる機能なのです。
例えば、心臓が悪い人は、愛を表現しきれていない、声が出ない人は、人の事を傷つける事を言いすぎる等、よく考えると、そのような教科書を見なくても、自分でわかると思います。
十分注意して見る事です。分かりましたね。
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー
なるほど、かなり奥の視点から病気というものを解説していますね。
上記中の「では、何故、病気は体の部位により起こるのでしょうか?それは、@@@等の色々な方が、体の部位と感情の対応などを話しているので、よく見て下さい。」
とありますが、その名前は伏せました。
しかし、最近の記事で紹介した本
「自分を愛して!」(検索で出ます)
これには非常に細かくまるで医学辞書の様に書かれています。
人の感情体が病気の原因としてかなり影響力を持つ
これは岡田茂吉の医学論をさらに超えた内容かも知れません。
信者さんにとっては納得しがたいかも知れませんが。
それは仕方ないことです。
人類は全体の進化と供に、受信される内容も高度になってくるのが当然です。
現代医学者の方では土橋医師が同様な事を話しています。
治療ではなく何かが癒す。
その何かが、人間の感情とか意識的なものだと言うのです。
極論を言えば、というより、極端な実例が
増癌剤である「抗がん剤」を飲んでいても、癌が治ったという人もいるという事です。
逆に自然療法的なもので、薬を飲まなくても死亡する人もいるという事です。
ただ、それらは単純な公式ではなく、すべてその人によって異なるものでしょう。
原因が物質的な方に近いひとも居るだろうし、
より意識界の方に近いという人もいるわけで、
本当に分かるのは自分の神のたち位置においてしか分かり得ないと思います。
他人はただ後でそれを想像するだけのこと。
他人がいくら病気の真因を解き明かそうとしても、それは一般的なものであって、個人の特定は神ならぬ者(完全に繋がっていないひと)に解けるはずもないでしょう。
だから、人の死に対して「これこれの原因だ」と断言できる人はこの地球上でひとりも居ないと思います。(と、断言)
みな、それぞれの信念(他から植え付けられたもの)を土台にして、たぶんこれだろう的なものに過ぎないでしょう。
と言いながら、自分も他人の事を判断しているという愚か者(莫迦)
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