薬は毒
毒を体内に入れると浄化停止作用が起こる。
すると、病気症状が一時的に停止する。
これが薬と病気との関連性。
次に
体内に入れた毒は一部排泄のほか、濃縮残存して毒素として細胞の各所に蓄積される。
この例が魚や動物に蓄積されたPCBなどの公害物質る。
ごく微量であっても連鎖の過程で相当な量になる訳だ。
そこで、世界のいろんな種類の薬を考えてみると、
毒でない薬はほとんど無い。
したがって、何らかの形で摂取した薬は体内に残存蓄積されている。
またはDNAなどに損傷を与えている。
これらは時限爆弾のような働きをしている。
この時限爆弾のタイマーは各個人において異なっている。
単なる時間的タイマーではない。
それを引き起こすための仕掛けはすべて異なっているようだ。
つまり、単純に毒素が溜まっているから発病(浄化作用)するというものではなく、何かの引き金が必要だということらしい。
これは幼児時代と大人時代においても異なるようだ。
ここでは、大人時代においての引き金というのは何か?と考えてみた。
それはそのひとの思考、精神状態にあるようだ。
それも長年の積み重ねが引き金をひくエネルギーとなるようだ。
一概にそうだとは言えないが、この精神的なエネルギーが元々ある体内の毒素を表出させるのではないか?
では、精神状態というのはどんなものなのか?
ここが重要問題だ。
簡単には分からない、気づかないと思うだろうが、
実は簡単なのだろう。
それをおぼろげにながら、いま教えられているところだ。
これは自分で知ることが出来るはずだ。
内と外との格差
この格差が拡がれば拡がるほど、身体への影響力が増す。
それが浄化作用によって是正される。
ある者は事故や自然災害によって肉体的に受ける。
ある者は内からの浄化作用。つまりあらゆる種類の病気症状となって。
この原因に外からのウイルス、細菌等は補助的なものでしかない。
そして、現在の肉体でもって是正を強く求める魂の場合は、肉体の死さえも厭わないだろう。
そこそこで終わりにしたい場合は、それなりの浄化で、後は再度の挑戦を計画する魂もあるだろうし、必ずしも肉体の浄化の程度をもって判断できない。
あえて、今生での大団円を決めてきた勇気ある魂の場合もあるだろう。
小出しにして解決したい穏便な魂もあるだろう。
それなりに、魂が決めてきたコースに沿ってそれは成されるのだろう。
そして、それに見合った遺伝子情報を持った肉体を選んで来るのはもとよりのこと。
皆が白紙の状態で一線に並んだ出だしではない。
始めから個性的な選択をしているのだから、他の誰々と比較してああだこうだと決められない。
あくまで、おおいなる意識から派生している個性がその応分な事をしているので、ひとつも同じものはないということ。
よって、同じ毒性の薬を入れてもそれぞれに異なった反応を示す。
そして、それは入れてみた後で気が付く。
果たして大丈夫かどうかなどは、誰も決められないだろう。
そして、薬は毒だという自然界の法則が生きてくるのは、そのひとによって時間も違うし、効果も違うということだろう。
ただ、人としてもっている肉体への影響は多少に関わらずあるだろうけど。
そういう人類全体としての反応はこれから多く出るだろうから、薬の毒性効果はこれから本格化とでも言えるか?
曖昧表現になってしまったが、現在においての動物感染症がその良い例になっているだろう。
家畜のエサに何が含まれているか?
飼育状態がどの様になっているか?
これを人間にも当てはめてみるとよい。
たとえば抗生物質を混ぜたエサから何が発生するか?
薬から新種のウイルスや細菌が発生するとなったら?
飼育状態はストレスがないだろうか?
人間の生活でも精神的なストレスがないだろうか?
ストレスとは内と外との格差だとすると・・・・
外ーー表面意識、顕在意識
内ーーー内なる想い、ハイヤーセルフ、魂の声、内なる神
常に忙しく働いている現代人には、内なる声を聞く機会が少ない。
常に何かをしていないと落ち着かない、不安だと思う心は外の自分。
あれをしなくては、これもしなくては・・
世のため人のため・・・・
これも外の自分だとしたら・・・・?