薬で病気が治らない。
という話しは近年になって一部の医師がその様な本を書いて出版しているようですが、現場のお医者さんの大半はまだまだ薬が病気を治すと思っているはずです。
いや、はずではなく、現実に大量に使われている薬剤です。
予防接種ももちろん同じ、癌治療薬も同様、薬が効かないとわかれば、もっと別の薬が開発されればよい、こういう考えでしょうか。
しかし、どこまで言っても薬で病気は治らないという岡田茂吉の講義録は、病気の源を薬毒が柱として三毒だと解説しています。
さらにその毒素の浄化作用の内容まで病気症状を例にとり解説しています。
これは千島学説などと併用して研究されたらよいでしょう。
ホメオパシー理論なども同様でしょうし、これひとつとは固定しないで自由な比較検討をして、特に現場の医師達こそ、薬が病気を治さないという事をうすうす感じ始めているはずですから、お勧めいたします。
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第三篇 病気の真相
今ここで主なる病気に就て説明をしてみよう。
肺病(一)
結核に就ては、前篇にも述べたが、なお一層詳しく述べてみよう。
現今、肺結核は激増したというが、実はそれは謬(あやま)りである。
まず、肺結核の初期から述べてみる。
これは感冒の時に述べたごとく、感冒の浄化作用、何回もの停止によって溜結せる毒素が青年期の活力旺盛時代に入り、防止不可能になって解熱法も効果ないという状態である。
この時はほとんどが肩部(特に左肩)頸部の下辺に溜結せる毒素の浄化作用としての微熱である。
この時、医家の診断は、大抵肺尖(はいせん)加答児(カタル)又は肺門淋巴(リンパ)腺という。
療法として絶対安静、営〔栄〕養食、注射、服薬、頭冷、湿布等であるが、
これらはいずれも浄化作用停止法であって、安静は胃腸を弱らせ、服薬、注射、頭冷、湿布等はいずれも漸進的衰弱をなさしめるので熱は下降し、
熱が下降するから毒血が溶解しないから喀痰は減少する。
喀痰が減少するから、そのポンプ作用である咳嗽(せき)が減少する。
一見病気が軽快に向うようにみえる。その際患者が安静を破って運動すると発熱する。
それは運動によって活力が出るから、浄化作用がおこるからである。
医療はいかにこれを固めんとするかはよく判るのである。
かような状態で幾月も幾年も持続する内、追加物たる薬毒の浄化作用が起るのであるが、この薬物浄化は高熱を伴うものである。
長い安静によって相当衰弱せる患者が高熱に遇っては、その衰弱は非常な速度を増し、終(つい)に死に到らしむるのである。
この末期において、薬毒集溜個所は全身に及び、特に肋骨、胃腸、腹膜部、咽喉部、腎臓部、頭部、股間淋巴腺等である。
肺病(二)
肺浸潤に付て説明をする。
この病気は肋骨及び肋間に溜結したる毒素の浄化作用である。
その際必ず微熱がある。
それによって溶解した毒素が肺へ浸潤し、喀痰となって排泄されるのであるから、必ず治癒すべきものであって、それは何等の療法をせず放置しておけば自然治癒するのである。
しかるに医療は湿布をしたり、薬剤を使用する。
元来、人体は皮膚からも毛細管を通じて呼吸しているのである。
湿布はこの呼吸を止めるのである。
呼吸が止まるからその部の新陳代謝が弱る。
新陳代謝が弱るから浄化作用が停止する。
浄化作用が停止するから解熱する。
解熱するから毒素の溶解作用が停止して固まる。
即ち、浄化作用発生以前に還元するのである。
故に、予後運動などして活力旺盛になれば再発するのである。
そこで医家は激しい運動を戒しめ、過労を恐れるという訳である。
肺壊疽(えそ)に就て説明する。
これは肺の近接部又は、肺の内部に腫物が出来るので、症状は発熱、膿のごとき喀痰又は血痰、痛苦、呼吸逼迫(ひっぱく)等が重である。
これも自然治癒によって腫物の膿又は毒血、漸次排泄されて完全に治癒するものである。
この際医療はあらゆる浄化作用停止を行ふ為に、多くは慢性となり、衰弱死に到るのである。
粟粒(ぞくりゅう)結核、
これは肺胞に粟(あわ)のごとく微細な毒血が生ずるのである。
この原因はあらゆる喀痰は、肺臓を通過して気管から排泄するのであるが、喀痰によって毒素の強弱がある。
故に、強毒が肺胞に触れて、右のごとき症状を発生するのである。
ちょうどある種の膿が皮膚に付着すると、粟粒状の腫物を生ずると同一の理である。
肺臓癌は、最も恐るべき症状であって、しかし極稀ではある。
この病気の多くは、肺臓そのものに癌が発生したのではなく、他部に発生した癌が漸次移行して、肺臓を犯すというのが普通である。
まずこれは不治とみてよろしいのである。
肺炎
近来、肺炎は非常に殖えた病気の一つである。
これは、非常に旺盛なる浄化作用であるから、虚弱者には少く、健康者に最も多いのである。
この病気の原因は、感冒浄化作用停止によって累積溜結せる毒素が、急激に烈しい浄化作用が発るので、この毒素の大部分は肋骨及び肋間に溜結せるものである。
この浄化作用によって一時の浄化作用の高熱によって一時に溶解せる膿が、肺臓内へ浸潤し肺の下部(乳頭部より以下)に溜積するのである。
しかるに、その溜積せる膿汁を排泄するに容易ならしむる為、高熱はなお肺臓内において膿解作用が行われるのである。
この際、肺の下辺部又はその背部に手を触るれば、火のごとく高熱を感ずるにみて瞭かである。
その際喘音(ぜんおん)が特徴であるが、それは肺臓内に滞溜する喀痰が呼吸の為に動揺する響きである。
そうして、高熱によって溶解せる喀痰は咳によって排泄し治癒するのである。
しかるに、その際医療は、湿布、氷冷、服薬、注射等を行う為に滞溜せる喀痰は、肺臓内に凝結するのである。
この凝結作用によって呼吸困難が起るのである。
何となれば、元来肺臓は必要なる一定量の空気を吸収すべきものなるに、滞溜喀痰の容積だけは肺の量が縮少される訳であるからである。
例えば、十吸うべき空気量を三だけ減少されるから七だけしか吸収出来ない。
従って、呼吸の回数を多くしなければ、必要の空気量が得られないのである。
それが呼吸困難の原因である。
であるから、この呼吸困難が持続する為、心臓が衰弱する為死に到るのである。
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