昭和14年 岡田茂吉講義をまとめたものの続き
病気は体内毒素の浄化作用。 体内毒素の源となるのは物質的に見れば三毒である。
薬毒、天然痘毒素、尿毒
と徹底的に解いた医学論ですが、現代に通用するところとしないところは各自取捨選択眼で見分けてください。
天然痘毒素とは人類全体に累積した遺伝毒素となるのでしょうか?
後は個人個人の産まれた時に選択した肉体の条件がひとりずつ異なるのと、大人になってからはかなり精神的要素が絡み合ったものになりそうです。
幼少時は遺伝毒素が主となるのではないでしょうか。
それは精神的要素や薬毒を入れないでも病気が起こる場合があります。
また、その病気に対して薬毒を入れ始めてからその浄化作用で死に至る場合もあります。
単純な方程式では解けないのが人間の病気、個々によって異なるものがあり、共通的であり、そうでも無い、というもののように感じています。
以上はボクのいっときの想いで、それぞれ個人で判断されてください。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
尿毒
独逸(ドイツ)の医界の泰斗○○氏の説によれば、「万病は尿酸が原因である」という。この尿酸というのはここにいう〃尿毒〃の事であろう。陰性天然痘毒素が神経集注個所へ溜結し易いという事は、度々述べた通りであるが、人間の作業上腰部に力を入れる関係上、腎臓部に溜結するのである。
これはゴルフ愛好者に特に多いのにみても瞭かである。
この溜結が腎臓を圧迫する為に、腎臓が萎縮するのである。
従って、その萎縮の程度によって、例えば完全腎臓は十の尿を処置し得らるるのが、萎縮腎臓は、その萎縮の程度、例えば、九の尿を処置するとすれば、一の尿は体内に滞溜するという訳で、その余剰尿〃一〃が即ち尿毒である。
この尿毒も二元毒素と同じく、神経集注個所へ溜結するが、この毒素は特に位置の関係上、腎臓部、腹部、股間リンパ腺、腹膜、肩部(肩の凝り)、頸部等へ集溜し勝ちである。
但し、左右いずれか萎縮する方が、尿毒の滞溜が多いのである。
但だこの尿毒は、天然痘毒素には限りあり、薬毒も使用するだけのものなるが、尿毒においては、二六時中間断なく製出するものなる故、この点特に始末が悪いのである。
この尿毒と併せて、大体三毒がすべての病原となるのである。
三毒
天然痘毒素、薬毒、尿毒の三毒は、病原であるという事は、大体説いたつもりであるが、これらの毒素の性質作用等に就て述べてみよう。
然毒は、遺伝性であるから古いのである。この三毒共、その浄化作用の場合、古い程痛苦が軽く、新しい程その反対である。
従って、然毒に因る痛苦は比較的緩和であって、尿毒による痛苦は然毒よりも大体強いのである。
しかし、薬毒においては、その痛苦が前二者に比して断然強いのである。
しかし、薬毒においては、漢薬と洋薬とは異なるのである。
例えば、漢薬は鈍痛苦であって範囲は洪(ひろ)く、洋薬は激痛苦であって局部的である。
しかしいずれも、服薬に因る痛苦は、ある程度に止まるものであるが、注射に因る痛苦に至っては、その激烈なる言語に絶するものすらあり、これらは、当事者の恒(つね)に見聞する所と思うのである。
そうして、この痛苦とはいかなる原理かというに、
浄化作用とそれの停止作用との衝突の表われであるから、
最も激しい痛苦という事は、最も浄化作用の旺盛なる身体へ、最も強力なる毒素によって停止せんとする大衝突であるという訳である。
この理に由って痛苦の激しいのが、老人でなく青壮年に多いのである。
故に、この理がはっきり呑込む事が出来れば、病気で死ぬという訳も判るのである。
即ち、浄化作用停止による苦痛の為の衰弱が主なる死の原因であるという事である。
ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー
この時代ですので、難しい文字は辞書で意味を確かめてください。