続き8
ここまで来るともう、自分のやってきた事そのまま見つめ直さないといけない所にいます。他人事としてどころでないのです。
詐欺と言っても、自意識があって故意的にやっている場合と、
自我意識ではそういう意識は全然なくとも、結果的に悪因を作っているという事もありますから、単純に十把一絡げに宗教や精神世界指導層を詐欺罪とするのはどうかとも思いますが・・・・・
しかし、たとえ結果的にそうなった場合でも、原点にさかのぼって訂正するべきは訂正しないと、死後の世界に行ってから気づいたとしてももう自ら戻って指導的立場には戻れないわけですから、これは偉いカルマを作ってしまったことになります。
必ず、とって返してその訂正をしなければ死んでも死にきれない心境になるでしょうから。
しかし、そう簡単に自分の思うままの立場に戻れるはずもなく、戻ったとしてももうその影響は大きくなりすぎていて、いまさら訂正などと言ってもかなりの時間と労力が必要になるでしょう。
また、そういう立場に産まれるとは限りませんから、おそらく自分で撒いた種を刈り取るには違った形でしかできないかも知れません。
願わくば、早期のうちに自分に代わってその当時の間違いを解消するような働きをして欲しいと願うくらいでしょうか。
そういう意味でも、もしも信者内からそういう自分の残してきた間違いや思い違いなどを訂正して欲しいと願っている教祖や教主、霊能者、精神世界指導者などがたくさん霊界に居るかも知れません。
しかも、この世の事はこの世の人間でないと出来ないとすると、こちらで能力が合った人ほど、向こうの世界での無力を知るかも知れません。
せいぜい「心を通しての呼びかけ、アドバイス」程度であった、実際行いとして出来るのはこちらの世界の人間ですから。
そこで、もしも、僕が教祖とか教主と仰いで居た人物があの世に行ってから、これはやはり訂正して欲しいと願っているとしたら(したらですが)、
この世で教祖や教主の教えをひっくり返す言動を行ったとしても、それは喜びはしてもムカツク事は無いでしょう(笑い)
どちらにしても、自分の人生は教祖や教主に縛られたものではないのですから、自己がその時点で一番正しいと思ったことを取り入れる事が宇宙の法則から言っても合っているらしいですね。
ダヴィンチコードにしても、キリスト教の中にそういう姿を浮き彫りにする為のきっかけになる働きをしているのでしょうね。
これはキリスト教ばかりでなく、この地球上の宗教すべての基礎となっていた「外の神」が長い間の刷り込みであった事が、「内なる神」へ気づく時期になったということでしょう。
下記はかなり厳しい指摘ですが、まあまあの思考法では出来ない長い刷り込みですから。
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10.生神様信仰の愚かさ
カルト宗教の最大の特徴は、教祖を生神様として拝ませる事にあります。「宇宙の根本神の生まれ変わりだ」、「我こそは救世主なり」と声だかに叫びます。
信仰とは本来魂を開放させるものです。それは内なる世界の探究を通じて、神仏を感じとっていく行為でもあります。
それとは反対の方向へ導くのがカルト教祖です。
内なる探究に導かず、外なる目標ばかりに信者を追い立て、教祖を盲信する事をもって信仰とすり替え洗脳していく。
信者は心に疑問や苦しみを持ちながらも、それを押し殺し、救世主と信じて従おうとする。その姿を考えると私も胸が痛みます。
聖なる者は自分を拝ませたり、崇拝させたりしません。
外なるものに常に目を向けさせようとする者は魔界のものでしかないのです。
イエス様やお釈迦様は自分を信仰せよ、と言ったのでしょうか。
そうではないでしょう。「汝の心の王国を守れ」、「八正道を通じて心を整えよ」と信者に呼び掛けていたのではないでしょうか。
又、生神様信仰に持っていこうとする輩は、行動パターンとして、王侯貴族のような生活を求めていきます。宮殿のような施設を欲するようになるのです。これは、独裁国家に見られる現象とまったく同じです。
ルーマニアのチャウシェシク元大統領、イラクのフセイン元大統領、北朝鮮の金など、独裁者の心理状態とまったく同じものが現れてきます。資本主義社会あるいは、民主主義国家においては、大富豪になった者で、宮殿を建設したものは居ないそうです。大邸宅はありますが、宮殿は造れないそうです。
そのような心理状態を正当化する為に、次に出てくるものとして、イエス様の生き方を攻撃していくのです。
イエス様を軽んじ、貶めようとする言動を繰り返す事です。自分の欲望を遂げるのに、一番目障りな宗教家としての人生が、イエス様であると感じるからでしょう。
なんという卑怯な者達でしょうか。心の教えを説くべき指導者だと思っていたのが、精神異常者を出しかねない、犯罪者に等しい人間であるというのが、彼等カルト教祖の真の姿であるのです。
人々は行く道を間違ってはなりません。自分の良心を押し込め、外なる者に従う道のその先には、狂気の世界が待っています。
(2004.6.11)
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