宗教の教えでは悟れない? | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

続き9

宗教は悟るための学校・・・という錯覚

以下の内容を読んでいると、どうやら悟るには宗教を卒業しなければならないかの様になっています。

いつまでも宗教の学校に通っている人達は永遠に悟れないのでしょうか?

真理を追い求めて・・というのが宗教への入学目的だったとしたら、
宗教を卒業しない限り悟れない・・・という矛盾

それは
ひと言で言えば、外に神(真理)を求めた結果なのでしょうか?
既に内にある神(真理)を否定する事が宗教の役割だと知ると、
いままでの地球上の宗教というのは・・・・・
いったい・・・・・ 

何の目的があったんだろう?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー


 11.宗教の教えでは悟れない

 悟りは、教えに則っていれば開かれるものではないと私は思います。どの宗教であろうと開祖を超えるか同じレベルの悟りを得た者がいない事が証明しています。

イエス様もお釈迦様も一貫して言っていたのは、全ての人間は神の子、仏の子という言葉でした。それは、大いなる創造主と同じ能力が本来、我々人間にはあるという事を示しているのです。

 その発見には内なる自己を省りみて、内在する力を信頼していくしかないのです。

教えは人を縛り、宗教団体に利用され、金を貢だけの存在にさせられます。

そうならない為には、一人一人が神なる道を求めていく姿勢を保つ事なのです。「教え」ではなく、「道」が大切であるのです。その過程にこそ、悟りたる者が数多く現れるものと思います。


 人間を教祖の前で小さき者としたり、崇高な霊存在や宇宙人の前では、無力であると喧伝する集団には近寄ってはなりません。


彼等、闇の住人達は、人類そのものをいつまでも、奴隷のごとく操れるようにしておきたいだけなのです。我々には、もっともっと偉大なる力が宿っているのです。

それを隠そうしたのが、現文明の歴史でもあったと言えるでしょう。


 宗教団体に一時期学ぶのはその人には必要な時はあります。しかし、いつかは卒業していかなければならないものです。それは貴方が本当に悟りを求めているのならば。


(2005.2.6)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上ーーーー