続き11
すべての源は
外の神と内なる神の認識の違いなのでしょうか?
一切の宗教の源となっているのは、外なる神を崇拝する事で始まっている様です。
もっとも外の神でないと、宗教組織は持ちこたえられない事になるのでしょうね。
内なる神
とはどこの宗教でも言ってはいるんでしょうが、事実上、それを主にしているものではなさそうです。
やはり、日本の古神道が鏡をご神体にしていたというは、鏡に自分を映して内なる神との対話をするという意味だったのでしょうか?
それがいつの頃からか、人や物に替わってしまった。
いま内なる神と言っても、なかなか自分にそんなものがあるのかと疑問を持つほど
、はるかに永い間の刷り込みにあって来たからでしょうね。
いや、それ自体も今までの冒険旅行のゲームにおいては必要だったと言えるのでしょうか。それ自体を選択して来たという。
ずっと内なる神を認識出来ていたら、今の様な世の中にはならなかったでしょうし、だいいち壮大な落ち込みゲームの舞台も出来ないから、冒険も体験もできなかったでしょう。
悪というよりも、いままではそれで良かったけど、今はもう要らない設定だと考えることでしょうか。
薬という毒を使って来た医学信仰も、今まで必要悪だったけど、これからは不必要悪だという事でお仕舞いになるのでしょうね。
それも各自の選択でしょうけど。
まだまだ、体験が不十分だと思う方はいずれの星で舞台は用意されているそうですから、まだまだ充分体験される事でよいのでしょう。
ただし、この地球上ではもうそういう芝居は終演を迎えているという様ですから、地球様がいまその意思表示をしている真っ最中の様ですね。
と偉そうな事言っている僕自身・・・・・・・
以下を読んで打ち震えている最中でして・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下引用ーー
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13.使い古されたカルトの手法。(2006.04.09)
どのような宗教カルトであろうと、必ず同じ結果をもたらします。
最初は「愛」「悟り」を語りながら、その教義の組み立て、理論はどうあれ、布施や伝道によって、お金と時間を奪われていきます。
気がついた時は生活の中心が教団の活動の為となり、ロボット奴隷になっていきます。この世的栄華に執着するカルト教祖にとっては人を騙せればどのような教義であってもよいのです。
この世的成功を煽り、魂のエリート意識をくすぐる階級や過去世を利用する事によって人々を縛っているだけなのです。
このようなやり方は人類の歴史上何度も出てきます。それだけ、「外なる神」を設定する事が人間を洗脳させやすいのでしょう。
結局このカルトの手法は、物質世界に縛り付けるものでしかありません。
真実の世界は、「外なる神」などいないのです。「内なる神」のみです。
「内なる神」とは自己中心的に考える事ではもちろんありません。内なる精神は神と繋がっている事を感じる事なのです。それを他者に感じてこそ、本当の救いが訪れると私は思っています。
真実を示す事なく、霊界を語りながらも、3次元世界での貴族的生活を得たいが為に、人々を愚弄し騙し続けるカルト教祖というものは確実に精神を病んでいます。
精神の安定を得る為に大量の薬を服用している事でしょう。
食に関しても重要な問題があります。
感謝すれば何を食べてもよいというのは詭弁でしかありません。動物は本来人間に食べられる為に存在している訳ではないからです。肉食中心の生活や食べ過ぎている時の人間の姿を思い浮かべてください。
ガツガツ食べるその行為は獣そのものです。その精神波動がゆえに、運が無くなり、スピリット達のメッセージも避けていくのです。
カルトでは食の重要性を言わないのも特徴です。その点からもカルト教祖は様々な病に見舞われている事でしょう。
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