エビデンス
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エビデンスとは、簡単にあらわすと「科学的根拠」のことです。
エビデンスの最も大きな特徴としては、権威や個人の経験によらないということだけではなく、
生化学的、または生理学的な研究によって得られた知識や説明も重視しないで、
無作為的な大規模実験の結果を、「根拠」として最重視する点にあります
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とありました。
そうか「科学的根拠」か・・・・・
その「科学的根拠」ってのは?
決まってるだろ! 「エビデンス」のことだよ。
あ、そうか! なるほどなるほどね~~
と分かったような解らないような。
で、
「医療から命をまもる」
はその科学的根拠やらを既製の概念化からいったん博痴になって読み返してみたら・・・というのが素たんすになっているようです。
と要らぬお拙解説はこの辺で、本文に入ります。
詳しく正しくは絶対本を買って読んでください。
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第二章 人の命より大切なもの
せっかくの検査や治療も、よく比べてみたらじつは効果がまったくないか、むしろ寿命を締めてしまうものであることを示す証拠が続々と出てきました。
どうしてそんなことがわかったのか、また、なぜそのようなことがおきてしまうのか、分析してみたいと思います。
医療が早めた死
手術は大成功、でも……
昔から医療の世界には、「手術は大成功、でも患者さんは死んじゃった」 というフレーズをだれかが言ったとか、言わなかったとか、伝説めいた話が伝わっています。
このことばも、今では知る人ぞ知る存在となり、メディアでもときどき使われたりしているようです。むずかしい手術を終えた外科医が、イメージどおりに執刀でき、満足してもらしたひとことだったのでしょう。
むずかしい手術になればなるほど、合併症なるものがつきまといます。うまくつないだはずの血管が詰まってしまったり、傷口からバイ菌が入って化膿したり、あるいは体力が回復せずに肺炎になったりすることを合併症といいます。あまりにむずかしい手術を受け、体力のついていかない患者さんが、合併症で死亡することがあるのです。
腕利きの外科医にとって、まさに手術そのものは大成功であって、患者が死亡したかどうかは別問題だと言いたかったわけです。もっとも、多くの人はこの話を聞いて単なるジョークと思うでしょうから、あまり罪はないかもしれません。
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手術とは技術ですから、その部分的成功がからだ全体(ひとの生命の延長とか健康)に直結しているとは限らないわけ。
だから、手術の成功=健康とも言い切れないし、「ガンが縮小した=健康になったとも言えないわけ。
部分の成功と全体の成功とは正反対の事もあり得るので、ここんとこしっかりと抑えておかないと、お医者さんの言葉や医療情報の記事に偉い勘違いしてしまうことが多いのだ。
ま、どしろうとさんだから引っかかるのは当たり前というほど、言葉というのは巧みに個人さんの脳を操るのは巧みだから、意外と簡単なんだ。
「病名がわかってほっとした」と患者さんがよく口にするようだけど、これなんても言葉のマジックに自ら引っかかっている例だろう。
とにかく、イッパンタイシュウ人として言葉のマジックにいつも引っかかるわけだけど、大体は自分で自分にマジックをかけているんだろうな。
そう、自分でかってに「思いこんでしまう」というやつだ。
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高名な医学者の発言に唖然
ある学会で、米国の高名な医学者が講演を行ない、こんなことを言っていました。
注目の新薬について最新データを示しながら、「従来の薬では、湿疹が五件、胃腸障害が一〇件、死亡が五件あり、副作用の合計は二〇件でした。ところが新薬のほうは、湿疹が二件、胃腸障害が五件、死亡が一〇件と、副作用を一五件におさえることができたのです。優秀さは折り紙つきといえます」と述べたのです。
一瞬、耳を疑いましたが、その先生が指し示すスライドにも、たしかにそう書いてありました。この高名な先生にとって、人間の死は皮膚の湿疹と同列のできごとだったようです。
薬の副作用で多いのは、やはり皮膚の湿疹や胃腸障害で、これらの症状が少ないほど安全ですぐれた薬と評価されるのが、この世界の常です。とすれば、判断は適切だったことになります。
では、新薬によって死亡件数が二倍に増えてしまった事実を、この先生はどう考えたのでしょうか。
心のうちまではわかりませんが、想像はつきます。
薬の副作用を調べるには、ある期間、大勢の人に服用をつづけてもらい、そのあいだにおこったできごとを克明に記録するという処理を行ないます。
普通、数カ月から半年くらいです。その間、なかには持病が悪化したり、関係のない病気が偶然におこって亡くなる人がいるかもしれません。もしかしたらリストラに遭っての自殺や、交通事故などもあるかもしれません。
実際、対象者が多くなると、そのような事例が出てくるのは避けられません。つまり死亡したのは偶然であり、テスト中の薬とは無関係であることから、副作用のうちに入らないと考えたのではないでしょうか。
ただし集計する際、湿疹などの症状と死亡をいっしよにカウントしていましたので、いちおうは気にしつつ、人の死をそれほど重要なことと考えなかったふしもあります。
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つい、気がつかないで読み飛ばしてしまうという奴だろう。
新薬の実験結果、従来の薬では副作用二〇件が新薬では一五件に減ったんだからな。
やっぱり新薬だなあ~と、つい勘違いしてしまうとこだった。
著者の解説がなかったら、そのまま頭の中での印象は副作用が五件も減ったという事だけが残ってしまう。
だけど、この副作用のひとつに「死亡」が含まれていたとは。
死亡五件が新薬では一〇件になっていた。
「権威ある医学者の発表だから・・」と、すっと頭の中に居座ってしまう危うい言葉のマジック。
「こんど良い薬が出ましたから使ってみますか?」
(新薬の人体実験を薦めている言葉)
「新しいおくすりがでました。とてもよく効くと言われていますが使ってみますか?」
(もちろん新薬を勧めているのと、良く効くと言われているというのは医薬品会社の売り込み文句からだろう。良く効きますよとは言わないはずだ。それに、よく効く=身体に良いとは決まっていない、むしろ悪い場合もある。まだ絶対安全だとは証明できていないから実験するんであって、それを動物では終了したので、こんどは人間の身体で実験するという意味。人体実験と言っては怖がられるから、治験とかいうそうだ。)
「暴走するクスリ」「ビッグファーマ」を熟読すれば、いかに医薬品が上記のような言葉巧みに「安全で良い薬であるかの様に勝手に{思いこみ}をさせているかが暴露されている。
土台になる実験そのものが科学的根拠がないような、データ試験を使っているのと、取りようではどちらにもなる程の小さい証拠を誇大にして「有効」にしてしまうトリックのような薬品を認可させてしまう。
認可する方もする方で、製薬会社と利益でつながっている役人がやっているとしたらどうにでもなるのだ。
また、騙される方も騙される方である。
「薬でなければ病気は治らない」という思いこみから「新しい薬の方が良い薬だ」という発想にまで思いこみが思いこみを助長しているんだろうが、もうこうなったら「つける薬はない」(もっともそんな薬など未来永劫ないはずだけど)のだ。
そこで、いままで「みんな」が信じてきた薬のエビダンスを検証してみたら、ひどいことになっていたのだ。
【 薬の副作用を調べるには、ある期間、大勢の人に服用をつづけてもらい、そのあいだにおこったできごとを克明に記録するという処理を行ないます。
普通、数カ月から半年くらいです。。。。】
あるが、これくらいでは本当の副作用は判るはずもなく、なんとなくうやむやにされてしまい「よほどの重篤の副作用患者でも出ないかぎり」ずっと長い間使われ続けてゆくのだ。
中にはこっそりといつの間にか消え去ってしまう薬もたくさんあるのだけど、その正確な理由を誰も知らない、いや知らせないようになっているのだろう。
その証拠に周りの誰も知っている人を見つけることは出来ないはずだ。
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ワクチン論争の問題点は
毎年、年末から三月ころにかけてが、インフルエンザのシーズンです。とくに最近は、恐ろしい新型肺炎が流行したこともあって、ワクチンを受けるべきか受けざるべきかで、迷う人も多くなってきたようです。
かつて日本では、児童、生徒にインフルエンザ、ワクチンの集団接種をしていました。しかし、その効果に疑問が出され、希望者は医療機関に出向いて接種を受けるという方式に変わったのです。効果については、今でも議論がときどき再燃することがあります。専門家のあいだでも意見の食いちがいがあって、その論争がメディアにときどき報道されたりします。
インフルエンザ、ワクチンの効果を証明するのはたいへんむずかしく、あまり明確な証拠がないのは事実です。
しかし、ワクチン論争の真の問題点はそんなことでなく、じつはもっと別のところにあったのです。
インフルエンザのワクチンは、鶏卵でウイルスを増殖させてつくることから、接種によって卵アレルギーをおこす可能性があります。実際、命にかかわる重症なアレルギー反応や、まれに死にいたるケースもあることが大問題なのです。
病気を予防するために、死んでしまってはなにもなりません。
二〇〇三年における日本の統計によれば、一年間で、一九二人に重症なアレルギー反応が認められ、うち八人が死亡しています。この年は約三〇〇〇万人の人が接種を受けたと推定されていることから、一五万人に一人の割合でおこった計算になります。
死の真相
一方、インフルエンザそのものが原因で死亡する人の数は、正確な統計がなく、よくわかっていません。少なくとも、健康な成人がインフルエンザで死亡することは、ほとんどないと考えてよいと思います。幼小児や高齢者では、まれに死にいたるケースがあり、ニュースになったりします。
とくに幼小児では、インフルエンザ脳症になることが死亡率を高めると考えられてきました。
ところが最近の調査で、ほとんどの死亡例がインフルエンザのせいではなく、
治療のために用いた薬剤によるものらしいことがわかりました。
昔から、幼小児の病気として恐れられていたもののに、「えきり」なるものがあります。重い感染症にかかったあと、けいれん、意識障害などの脳症状をおこして死にいたるという病気です。
この病気も、解熱剤として用いたアスピリンが原因だったのではないかと、今では考えられています;。
いずれにしても、医療行為が原因であって、インフルエンザそのものによる死亡は報告されている数より、はるかに少ないと考えたほうがよさそうです。
つまりワクチン接種を受けるかどうかは、予防の効果だけでなく、副作用で損をする確率と比較して決めるべきものであることになります。
……にもかかわらず、国も医療機関も、このような実態をまったくだれにも説明していないのです。
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過ぎたことは忘れるに限るーーーーーという考え方は時と場合によりだ。
この医療問題については決して過去にあったことを忘れてはならないのだ。
でないと、何度もなんども繰り返し繰り返し薬害は起こるのだから。
こんどのC型肝炎訴訟にしても、まえにも同じ様な薬害が増幅した形で起こっていたという事だろう。
それに、最近というよりもずっと前からそれは行われていたのだから、それに気がつかないで不健康になっていた人もいたかも知れないのだ。
しかし、それが原因だとは知らないでいれば、まさか薬害だとは思ってもいなかったのが実情だろう。
それが、テレビや新聞でどこそこの病院で使っていたと知るや、たちまち自分の身にも降りかかっていたという事を知るということだ。
今日は他人の身、明日は我が身というのが薬害の恐ろしさとも言えるだろう。
たった、半月や一年くらいでは判らない薬害があるのだから、今後もっともっと詳細な追跡調査でも行った時にはあっとおどろくようなエベダンスが現れるやも知らないのだ。
げに恐ろしきは「無知からくる思いこみ」なのだ。
そのだれでもつい「思いこんでしまう」ようなデータとうまい言葉を巧み使って薬の売り込みを掛けられてはひとたまりもないのだ。
われらイッパンタイシュウ人は!
そして、国も医療機関も黙して語らず・・・では。
次ぎに起こるのは
D型肝炎だ!とかB-zuだとかいう ガセネタもあるらしい。