どうもエビダンスを思うと腰をくねらせて踊っている歩らダンサーを思うきょうこのごろ。
健康のためなら死んでもイイ~
というキャッチフレーズに共感する方達は
同様に、
検診のためなら病気なってもイイ~~
とか、
治療のためなら死んでもイイ~~
とさけぶのでしょうか?
エビダンス(エビデンスとも言うそうだけど)によって、今までの常識がどんどん覆されはじめているようだ。
治す行為が悪くした
治す好意が結果として悪意でやったと同じ効果を現していた・・
などと、じつに我らイッパンタイシュウ人はエビのダンスのごとく踊らされていたんだとは。
治療ばかりでなく、検診さえもあぶないものがあるとは驚きです。
(いつもの様に管理人はくちさき女ですので、内心は動揺していません笑 またくちさき女とは本性の事であって表面はじじ顔の口はそう大きくなく・・・・どうでもいいか)
「医療から命をまもる」より
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
メディアに煽られて
最近、「乳がん検診」ということばがしばしばメディアに登場するようになりました。ある新聞が、乳がんを見落とされたという女性の話を大々的に取り上げ、一大キャンペーンをはったことが一つのきっかけです。国がいわば煽られたかたちで、それまでの検診制度を見なおし、新しいガイドラインをつくったのです。
これまでの乳がん検診は、医師が見て (視診)、触れる (触診) だけのものが少なくありませんでした。それも専門外の医師が担当することが多く、見落としの要因になっていたというのです。新しいガイドラインでは、四〇歳以上の女性は二年に一回、乳房のレントゲン検査をしっかり受けなければならない、ということになりました。
しかし外国で行なわれた調査によれば、
レントゲンを用いた乳がん検診を長年にわたって受けつづけると、むしろ寿命が短くなることを示したものもあります。
つまり、乳がんを発見するための行為で、逆に命を落としてしまった人がいるのです。乳がんを発見するためなら何でもする、ということで、ほんとうによいのでしょうか。
何年か前、外国でさまざまな「がん検診」の効果を調べるための調査が、たてつづけに行なわれました。
ところが、どの調査結果をみても、がん検診の効果を否定するものばかりだったのです。
当時、それを知った日本の専門家たちは、いちおうに口をそろえて「人の命は地球より重い。がん検診で一人の命でも救えれば、それで十分」とコメントしたのでした。
人の命は地球より重いというセリフは、一九七七年におこったハイジャック事件で、犯人からの人質解要求を日本政府が受け入れた際、時の総理大臣が口にしたことばです。以来、日本はテロに屈した国家として国際社会から非難を浴びることになってしまいました。もし、このときの判断がその後のテロ行為を助長したとすれば、少数の人の命を救うための判断が、結果的に多くの命を奪ってしまったことになります。
「がん検診にも同じ問題が潜んでいる」という重大な問題提起がなされたのです。しかし、それにもかかわらず日本の専門家たちは、このような意見しか述べることができませんでした。
専門家の落とし穴
医学の世界では、「根拠」を意味するエビデンスということばが流行っています。
医療にはそれなりの根拠がなければならないというあたりまえのことが、今さらのごとく語られているのです。
たとえば高血圧の治療薬には、血圧を下げ、病気を予防する効果があってほしいものです。
しかし血圧が高くておこる病気の代表は脳卒中ですが、薬で血圧は下がっても、この病気をおさえる効果もあるとはかぎりません。
高血圧治療薬の販売許可を得るには、血圧がたしかに下がり、かつ皮膚の湿疹や胃腸障害などの副作用がなければよいことになっています。血圧の薬は何年も服用をつづけるのが普通ですが、
それでほんとうに脳卒中の予防ができるのか、あるいは予期せぬ副作用はないのかなどは、じつはわからないまま使われてきました。
このような疑問を、時間をかけて大規模に調べた結果がエビデンスです。
血圧の薬でいえば、血圧とともに脳卒中の発生も低下することが証明できれば、エビデンスが認められたことになります。
こんな調子で、無数の調査が現在進行形で行なわれています。
糖尿病の薬では、血糖が下がり余病の発生を予防できれば成功です。
抗がん剤は、腫瘍を小さくするのが目標です。
インフルェンザ、ワクチンでは、予防効果が少しでも認められれば、それがエビデンスです。
……という話を聞いて、ほとんどの医師は、深く考えることもなく納得してしまいました。
たしかに、医療として大きな前進であったことにまちがいはありませんが、しかし一方で、たとえば血圧の薬を服用しつづけると、脳卒中は減っても心筋梗塞になる人が増えてしまうという重大な事実があります。
理由は、高血圧治療薬の多くが、コレステロール値を上げてしまうという副作用をもっているからです。そのためトータルで考えると、血圧の薬を服用しても、寿命が変わらないか、あるいはむしろ短命になってしまいます。
しかし日本には、この事実を患者に説明している医師が一人としていません。
なぜなら現代医学があまりに細分化されてしまい、高血圧の専門家にとっては血圧を下げることだけが関心事であって、それ以外のことに興味がないからです。
たとえ薬のせいで心筋梗塞が増え、患者が死亡したとしても、「偶然」でかたづけてしまっているのです。あるいは、皮膚の湿疹くらいにしか感じていないかもしれません。
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー
なるほど、死亡さえも副作用のひつつくらいに数える大学者も居られるんですから、そんな大きな目でみたら飛んでもない事実を認めざるを得ないことになりますしね。
とにかく、もう薬の真事実を知ろうとしたら、利益関係にある人の情報やら証拠はまったく当てにならないと判りました。
だからどこそこの有名大学の享受、いや教授だとか国のお偉いお役人様だとか、その道の権威だとか言われても、内容によってはまったく不都合な真実を発表している可能性がありますからね。
僕がこういう本を紹介したり引用したりするわけは、出来るだけ、現役もしくは医学に関係しているひとの発言を使った方がイッパンタイシュウ人には受けが良いからです。
それに、医学に携わる人はずっと情報量も豊富ですし、体験から書いている人もいます。
ただ、それをどういう側の振り分けているか。
つまりあくまで今までの体勢に準じた「大本営」よりを選んで発信しているか、それとも貴乃花親方じゃないですけど、虚心坦懐になって患者側の真の利益を考え発信しているかを見分けるしかないですね。
後者の方はごく少ないですが、やはり真実は時が過ぎるほど重みが増してくるわけで、嘘の情報は時とともに軽くなって消え去るんです。
といってもここの記事も軽くなって消え去って行くのも多いんですから無責任ですみません。
(とう日記は自分のために書いているんだけど、他人様に語りかけているという矛盾あり)
薬は所詮は毒物ですから、人体にとって異物を入れることになり、この毒が身体に良いわけ有りませんね。
こんな単純なことなんですが、いかんせん、薬は「良く効く」んですね。
良く効く=身体を健康にする と錯覚したのがそもそもごたんいや、ボタンのかけ違え。
一っときでも苦痛が解消すれば、そりゃあだれでもありがたいですよ。長い苦痛は嫌ですからね。
しかし、そこんとこが大きな落とし穴だったってわけで、軒先かして母屋を取られるってことだったわけですね。
まあ、千年、二千年、いや三千年か・・・もっとか?ずっと薬とは病を癒す効果が実に素晴らしかったんですね。
いっときといっても、それが一生効いた場合もあるわけですし、何十年たってから害がでたってそれはそれで助かっていたっていう実績になりますから。
しかし、・・・はいそれまでよ!! ってのが、今の時期ということでしょうか。
今までは長い間良く効いた けど これからは 短い間しか効かない って事になったとしたら・・
どうなるかという想像をしてみましょう。
それがいまさかんに検証されているというエビダンスなんでしょうね。
つまり、一時的効果はあるにはあるけど、命は縮まったというのがエビダンス。
その一時的効果はたしかに有るというのもエビダンスの一つなんでしょうが、それよりももっともっとたくさんのエビもってきて踊らせなきゃ判らんというのがこの著者の深い洞察ですね。
浅いエビダンスでは甘エビになってしまうんだけど、深いエビダンスだったら、それはそれは苦い味だったという事もあり得るわけです。
(どうもエビがダンスを踊るという観念が取れないのだ 苦笑)