どうして日本人はこうもクスリが好きなんでしょうねえ~~~
いや、世界中の人が好きなんだろうけど、ダントツを行っているのではと思うほどですよ。
クスリ=身体に良い
という信仰が永すぎたんでしょうね。
もうひとつはこれ一番重要点、「固まる時期」だったからクスリが有効だったという事。
これについては、どこかに書いていたと思うので省いて、
とにかく
この時期は
もうクスリの固まる力よりも
「自然の溶かす力の方が強くなりつつある」
という時期に入ったと考えた方が良いようですよ。
クスリが有効だったのは20世紀末まで、
21世紀はもう無効になりつつあるということです。
それにしても、薬剤信仰が永すぎた・・・・
薬信仰だというのは岡田茂吉がしっかり書いていました。
しかし、医師の側からこういう事を指摘できるひとは本当に少ないのです。
なぜなら、
そんなこと言ったら飯の食い上げですよね。
皆がお医者さんが病気を治してくれると思っている、考えているのでしょうね。
しかし、
実際は、薬が無かったら何をやりますか?
医師は直接何をするかというと、検査をして病名をつけますが、その後治療するのはなんですか?
薬です。 薬局へ行って指示された薬を買って飲む。
つまり実際に治療しているのは薬なんですよ。
けど、その薬は製薬会社が造る。その処方方は製薬会社のセールスマンが医師に教えているわけで、直接医師が薬を開発したわけでもなく、製薬企業の教える通り処方しているだけですよね。
そんな訳でもし薬が病気を治しているのならば、それは製薬会社の方が上なんではないかな? その「もし」というのは、本当は薬は病気を治すのではなく、病気の症状を「一時的に緩和する」だけのことで、言い換えれば病気という苦痛症状が身体の修復課程に伴って発生する信号みたいなものだから、その信号を遮断するだけのこと。
その信号やら身体の修復工作をじゃますれば、当然のごとく苦痛も減衰することになり、「治るものと錯覚した」だけのこと。
本当に自分を治しているのは自分自身だということ。
だから、あまり効果の無い薬(かえって毒性が弱いから害が少ない=安全)の方が自分の身体が勝手に病気を治していたということです。
しかし、使った薬の効果だと信じているので、やっぱり薬は有り難いとなるわけで、なるほど都合の良い錯覚を利用していただけのことじゃないの?って思うくらいですよ。
あと効く薬の方が問題ありなんですよ。
効く=毒性が強い
そうなると、強毒性の薬は特効薬とされているだけあって、病気症状をやわらげる事が顕著な効果でわかるのですが、実は自分の身体が行っている修復作業を停めているわけでして、修復作業を何がやっているかわかるでしょう。
生命力なんですよ。
自分の生命力が病気を起こし、病気を治している。
ただこれだけのことなんだけど、病気を起こすにはネタが必要でしょ。
そのネタが体内にある汚物、毒素、まあ、要らないものの総称を毒素と呼んでいるわけです。
だからある程度溜まった毒素を何かのきっかけにして、浄化活動が起こるわけ。それが苦痛を伴いますから決して楽じゃない、毒素があまりにも多いと衰弱して死んでしまうこともある。
それで、病気は悪い物だと錯覚して停めようといろいろ試みた結果、試行錯誤の続きでできたのが薬ですね。
それは全部毒なんですから、毒にもいろんな性質があってそれによって副作用が違うわけ。
そう、毒なんですから全部副作用なんですよ、毒の。
そのいくつかの副作用のうちのひとつを選んで、その性質を目的に使う場合それを「薬の主作用」としただけのことでしょ。
だからその主作用として選んだ副作用よりも他の副作用が著しく効果を上げた場合に
薬害」と呼ばれるものが認識される。
だからその薬は消えて行く。
けど、
他の副作用がまた別の病気の症状に効果を現すことが分かった場合に、別の病気の効能があるとして「主作用」として認定されることで復活する薬もあるわけ
副作用がA~Gまである薬で、ある時はBが主作用、その他が副作用。
ある時は、Fが主作用とされて、Bも含むその他は副作用とされる。
単純なのです。
薬が効くというのは自分のもつ生命力を弱体化させる、死なない程度に弱らせる。
すると、浄化作用=体内毒素排泄作用が弱くなる→→苦痛症状が緩和、消える。
しかし、あくまで薬=毒ですから、ある程度は排泄されても残ってしまう、微量な添加物さえも残留すると言われているくらいだから、毒というのは全部はなかなか排泄できないのです。
そういう毒がつもりつもって、自分の人生のどこか「ちょうどよい時期」(こころとかに連動することもあるようです)で、突然排毒される。
ひとによって全部違いますから、万人居るなら万のかたちで浄化作用が起こるわけですが、またまた強い毒性の薬を使って一時停止させようとする。
しかし、浄化作用も強力に働いているとき、薬との反発が起こるので摩擦が長くなると衰弱するわけでしょ。
すると、抗ガン剤がよい例で、「病気は治った(ガンが消えた)けど、患者は死んだ」などというブラックジョークの様になってしまう。
少ない毒性だったら体内に溜まるのにも長期間かかりますけど、抗ガン剤とか特効薬とか言われるものは強毒性だから、一挙に生命力を攻撃してしまいますから結果が早いわけですよね。
弱毒性は少し安心ですが、これとても長く続けた分だけ蓄積されているものが多いでしょうから、かえって気づきにくい副作用効果ですよね。
畑や田んぼにまく農薬、除草剤が弱くなっているから安全だという神話と同じですよ。
長い間に蓄積され、それが濃縮されてしまえば同じ強毒ですからね。
それが直接自分の人生の間に来ない時は子供かお孫さんの身体をむしばんでしまうのだから、まあ、「孫かわいいや」のじいさん、ばあさんたち、気軽に田んぼや畑にクスリまいているけど、後世になって、いやもうその効果は出始めてきたかも知れませんから、可愛がっていたお孫さんから「このくそじじい!」などと、罵声をあびないように(苦笑)どうぞ。
おっとまたまた勝手に出任せに指が動いてしまったーーー長い前書きでした。
病気と闘うな医者と闘え
医者の嘘(うそ)の見破り方
(医師)富家 孝 光文社カッパ・ブックスより
ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー
私はこんな簡単な話を、日本人のほとんどが理解していないことを、いつも嘆いている。
医者からもらった薬を「よく効く」と平気で言い、ありがたく服用するのを情けないと思う。
よく「日本人は薬好き」というが、好きというよりほとんど信仰に近いのではないだろうか。
確かに信仰心というのは何にも勝るパワーをもつ。しかし、ときとして弊害も大きいのだ。
それならば、お注射をしておきましょう。
医者は、患者が薬だけでは満足しないことにつけ込もうとする。日本人は薬信仰が強いにもかかわらず、病院に行くと薬だけでは満足しない。
特に風邪の場合、薬だけなら薬局でも買えるから、病院ではそれ以上のものを望んでしまう。しかし、こうした期待をもつのは、そもそも間違いであり、その期待を医者に利用されることになる。
「そうね。それならば、お注射をしておきましょう」
と言われ、「これでひと安心、早く治る」と勘違いすることになってしまうのだ。
くり返すが、単なる風邪に注射など不要である。
風邪と診断して、検査や注射をするのは、医者の保険点数稼ぎにすぎない。
保険点数を稼がなくてもいい医者(もっともそんな医者はほぼ絶滅した) なら、「早く帰って寝てください」としか言わない。
なぜなら、これが医者にとっていちばん正しいマニュアルだからだ。
かつては、こういう正しい言葉が医者の口から、自信をもって発せられた。それは、医学界に?風邪にかかった患者に対しては十分な休養をすすめることが医師の務め″という原則があったからだ。
ところが、この原則は、保険治療という制度の普及とともに崩れ、現代ではまったく逆のマニュアルが医者を支配しているのである。
つまり、?風邪できた患者をタダで帰すな?というマニュアルである。「薬漬け」「検査漬け」と批判される医療過護は、医者がこのマニュアルに忠実だからで、ここまで紹介してきた医者の言葉は、マニュアルを実行するための潤滑油である。
実際、このマニュアルを守らないと、勤務医は病院内で左遷されてしまう。
経営者あるいは院長や部長に呼ばれ、「どうしてキミは患者に注射を打たないんだ」と、厳しく叱責を受ける。
「たとえ風邪でも患者は注射を打ってもらいたくて病院に釆ているんだ」と、すべて患者のせいにして、この国の医療費はとてつもなく増大してしまったのである。
注射といわず薬も、単なる風邪に関しては効果は期待できない。世界の医療関係者の間でバイブルとして読まれている『ザ・メルクマニュアル』(The Merck Manual)の「呼吸器ウイルス性疾患・感冒」の項目を見ると、次のような記述がある。
「感冒において解熱剤と鎖痛剤が一般に使われるが、その恩恵は解熱を除くと疑わしい」
しばらく、経過をみてみましょう。
「しばらく」とは、おそらく、3、4日ぐらいのことである。薬を出し、そのう、を経過を診るのは、ごく当たり前の医療行為だが、患者としてはこの言葉をそのまま受け取っていい場合と悪い場合がある。
悪い場合というのは、医者が 「見立て」 がへタな場合である。
「見立て」というのは診断のこと。この診断が下せるか下せないかが、医者としてもっとも大事なことである。
診断=見立てさえつけば、あとの医療はすべてマニュアル化されているからだ。しかし、診断というのは一朝一夕ではできない。大学の講義のなかでもタップリ時間をかけて教えられるが、いざ実際に現場に出てみると迷うことが多い。私もそうだっただけに、医者ならほぼすべての人間が「見立て」で迷うことを日々くり返しているといっていいと思う。
そこで、「しばらく経過をみてみましょう」となる。
つまり、単なる風邪か、あるいは腹痛かどうか判断できない。
ひょっとしたら他の可能性も、と医者は頭の中でグルグルと悩んでいるのだ。
だから、常識的には、診断はキャリアを積んだベテランの医師がやるほど信頼がおけるといっていい。診断と治療と分けた場合、治療にはマニュアルがあるから、若いキャリアのない医者でもできるからだ。
診断学というのは、推理学と同じ。
ものの系列の考え方である。体の中の地図を知っていれば、より正しい診断が可能となる。
たとえば、これを事件として、鹿児島県のある町で事件が起きたとすれば、その土地に詳しい者ほど事件の推理は可能となる。病気もこれと同じで、専門医ほど診断がしやすい。
しかし、現実の医療現場はなかなかこうなっていない。しかも、医療保険制皮下では診断より点数が稼げる医療が優先するから、医者はどっちにしろ「経過をみてみましょう」と言うのである。
最後に「見立て」のへタな医者の最悪のケースをあげると、診察中に「ちょっとお待ちください」と言って、奥の部屋に行ってしまう場合である。こんなときは何か急用がある場合は別として、たいていベテラン看護婦と相談していたりするのだ。「どうも自信がないが、あの注射は打っても大丈夫か」などと聞いているのである。
胃の薬も一緒に、出して起きましょうか?
最近は、単なる風邪であっても、風邪薬と一緒に胃の薬も出される場合が多くなった。気になるのは、このフレーズ中の「も」である。
自然に考えると、「特に必要ではないが、あったほうがいい」ということになる。
だからこその「も」なのである。
これを医者側から説明すると、たとえば、のどの痛みを和らげる抗炎症剤を処方したときに胃が痛むケースがある。だから、「胃の薬も」となり、患者としては医者の親切として受け止める。
しかし、これも単なる保険点数稼ぎである。
本来胃腸が丈夫な人なら、胃の薬など必要であろうはずがない。だから、「私は胃に自信があるのでいりません」と、堂々と言えばいいのだ。
もうひとつ、風邪なのに「抗生物質も出しておきましょうか」と言う医者も問題だ。
前記したように、風邪はウイルスによる感染症であるから、抗生物質は効果がない。それなのに出そうとするのは、よく考えて二次感染 (たとえば肺炎) を防ぐためである。
しかし、そんなケースは希(まれ)であって、これも単なる保険点数稼ぎである。
だから、せめて「どんな効果があるんですか?」「体への影響はありますか?」と聞くべきである。
特に、子どもの場合は、むやみに抗生物質を与えるのはよくないことのほうが多い。
親の責任としても、子どもが風邪をひいたら、医者の言葉にはよくよく注意すべきだろう。
肝臓以外の数値は異常ありません。肝臓は、経過観察が必要ですね。
風邪以外で病院を利用するケースで多いのが、人間ドックなどの健康診断であろう。そして、その場合問題にされるのが、数値である。
この言葉では肝臓の数値に異常ありとされるが、それはおそらく、GOTとGPTである。この2つは、近年一般の人々にも広く知られるようになってきた。特に中年サラリーマンにとって、会社の定期健康診断でチェックされるので、一喜一憂している人も多いと思う。
詳しくは、第4章でふれるので、ここではどちらも肝細胞の炎症を診る項目と思ってもらえばいい。どちらも正常値といわれる数値があり、これを上まわると、医者はお決まりのように「経過観察が必要です」と言う。
しかし、GOTとGPTは、毎日飲酒を続けていれば簡単に上がるものなので、観察などしても意味がない。
少々の期間お酒をひかえれば簡単に下がるのだから、医者は「少しお酒をひかえたほうがいいですね」とさ、一言いえばいいのだ。が、そんなことを言う医者はいない。
悪くすると、「専門医で定期的に受診され、チェックを続けられるといいでしょう」などと言い出す。それで、「先生、どこがいいでしょうか~」なんて聞けば、もう医者の術中にはまったも同然である。
私は、まず、読者に以下の基本的なことを是非、頭にたたき込んでほしいと思う。?人間の体は、日々新しくなっている。
30日から3年で細胞はそっくり入れかわる?という事実である。
すなわち、赤血球は30日、骨は3年である。
この事実さえ知っていれば、人間ドックや定期検診など、ほとんど意味がないということがわかると思う。
つまり、そこで得られた数値というのは、その時点だけのものなのである。
人間ドックの場合、ドックを受けた前後2~3カ月だけ数値は有効と考えるのが、一般的だ。だから、1年に1回などのペースでは、何もわからないといっても過言ではない。実際、脳関係の重大病は、「異常なし」と言われた翌日に起こったケースもある。
だから、本当に数値が異常なら、医者は「経過観察」などというあいまいな表現を使わないと思って間違いない。
ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー