病気と闘うな医者と闘え を読んで3 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

病気と闘うな医者と闘え

   医者の嘘(うそ)の見破り方

(医師)富家 孝  光文社カッパ・ブックより



ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー

第1章  医者の言葉は嘘ばかり                             
   
   
   
   
治さないほうが儲かる商売

 21世紀、世の中はIT革命が進行中というこの時代に、病院に行くことは、相当な勇気がいることである。

あなたの病気が、ちょっとした風邪であっても、いったん病院に行き、医者の診療を受ければ、健康は保証されない。診察室であなたを待ちかまえている医者は、何を考えているかわからないからだ。


 あなたは、「病気を治してほしい」と病院へ行く。しかし、あなたを待つ医者は「患者の痛気を治そう」とは思っていないのだ。

こう書くと、「そんな馬鹿な。患者の病気を治さないのでは、医者の商売は成り立たないではないか」と、賢明な読者なら反論するだろう。


しかし、よく考えてみてほしい。病気を治すのと治さないのでは、どちらが儲かるか?

 もうおわかりと思うが、治すより治さないほうが圧倒的に儲かるのである。
 
 もし、これが自動車や電気製品の修理といったビジネスなら、直さなければビジネスとして成立しない。直して初めて修理代というお金が入ってくるからである。




 しかし、医療というビジネスは、治さなくとも治療費というお金は入ってくるのである。
 
 この点が医療というビジネスの特殊なところである。そして、この大不況下にあっては、もはや患者の病気を真剣に治そうという医者はほとんどいなくなってしまったのだ。
 私はこのことを最近つくづく実感している。
 
 
 というのも、私のところに相談に訪れる患者さんが、ほぼ何軒も病院をハシゴしているからだ。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー


医は仁術というのはどこへ行ったんでしょうか?

赤ひげのような医師はほとんど皆無なんでしょうか?

とイッパンタイシュウ人としては考え込んでしまいますね。


しかし、この医療ビジネスだから治さない
儲かるから治さないという事に対してのひとことですが、「ほんとうは治そうと思って一生懸命やっているんだけど、治らない」場合も多いということです。

なぜなら「現代医学」そのものが間違ってしまったとしたら、それを一生懸命習って勉強を人一倍したお医者さんたちこそ、気の毒な立場という考えもあります。

つまり医学が正しいものなら、お医者さんもあまり苦労しなくても良かったんじゃないかということです。

だから、お医者さんは病気を治そうと思っている」
けど、
「医学が間違っていた」
ために
「思うように治らない」
という方に善意で解釈したいものです。

しかし、そんな事を知っていてやっているお医者さんはまったく「べつもの」
ですけど。



まあこの本はメインテーマが医者と闘え」ですから、視点が違うんですね。
ただ
結果としては
「まさにそういうふうになっている」から正解とも言えるんでしょうが。







ーーーーーーーーーーー以下引用記事ーーーーーーーーーーー


           悪医が名医を駆逐した


 私は、大学の講師や医療ジャーナリスト活動をしながらも、自由診療のクリニックを持っている。ここで私は、保険診療は行なわないが、患者さんへ健康管理アドバイスや入院、検査が必要な場合の適切な医療機関の紹介などをしている。
もちろん、以前は病院も経営していたが、才覚のなさから潰してしまい、以来ずっとこのやり方で医者として活動してきた。

そんな私だから、やはり、患者さん、つまり私のクライアントの変化にはすぐに気がつく。


で、最近の大変化というのが、医者を信用しない患者の急増なのだ。つまり、私のところに来る前、すでに何軒か病院をまわり、そのすべてを疑ってから来るのである。

その証拠に、「何か薬をもらいましたか~」と聞くと、バッグからぞくぞくと薬が出てくるのだ。そして、その薬をほとんどといっていいくらい飲んでいないのである。

 しかも、患者によっては自分がもらった薬が何の薬か知らない人もいる。
 
 
 そこで、「なんで聞かなかったんですか~」と言うと、「どうせたいした薬はくれないから」という答が返ってくる。

主治医を持っている人は別として、病気かなと思ったときだけ医者へ行く表の人々は、医者をこう見ているということがこの言葉でわかる。

つまり、医者の権威を認めたフリをしているだけで、内心では疑っているのである。だから、病院をハシゴするし、薬も飲まない。

 つくづく、医者と患者が不幸な関係の時代になったと思うわけである。
 
 
 
 で、こうなった原因はというと、やはり医者の側にすべての責任がある。もちろん信頗すべき医者は現代でも確かにいる。しかし、悪貨は良貨を駆逐するという言葉があるように、名医は悪医に駆逐されるものである。

そしてすでに、現代は名医が駆逐されてしまった後の時代と見なければ、患者は生きていけないと、私は考えているのだ。



医者は根本的に嘘つきだといえば、私の知り合いの有名大学病院のある教授は、かつてこういうことを経験した。

(中略)



 つまり、私が言いたいのは、医者というのは根本的に嘘つきということである。
 この例など、私から見ればまだマシなほうで、死亡させてこれだから、ごく日常的な病気に関しては、医者はほとんど嘘をついているといっていいだろう。


 肺梗塞の例を出したので、もう一例、今度は心筋梗塞の話をすると、私がよく聞くのは、町の内科医の見立て (診断) のいい加減さである。

私の旧友の父親は



(中略)






          嘘をついても嘘と認めない

 くり返すが、この時代、医者の言葉を信じてはいけない。
 
 病院の門をくぐるなら、あなたを診察する医者は、全員が嘘つきという前提でいないと、あなたの健康は守れない。このことをまず肝に銘じるべきだろう。

 また、医者の持つもうひとつの特技は、絶対にミスを認めないということである。
 つまり、嘘をついても嘘と認めない。
 医者というのは、そのように教育されているのだ。
 
 これは、どの大学の医局でも、必ず先輩から教えられる。
 「君たちは、ミスをしてもミスと認めてはいかん」と、先輩は新入医局月の前でハッキリと言う。「手術ではミスもある。しかし、ミスをしましたと言ってはいかんぞ」 と、たたき込まれるのである。



 おそらく、教育の現場で、こんな反道徳的なことを教える学問など、他にありえないだろう。
じつは、私も、かつてそのような教育を受けたのである。そこで、ここからは、この章のテーマである?医者の嘘?について、考えていこう。


医者が嘘つきなら、患者としては、それを見破る必要があるからだ。

彼らは、どんなときにどのように嘘をつくのか。

また、その嘘にはパターンがあるのかというような点を、医者がよく使う独特の言いまわしから検証してみよう。





    とりあえず、検査(注射)をしておきましょう。

この「とりあえず」という言葉は、医者にとって非常に便利な言葉である。

その理由は、「とりあえず」と付けることで、ほぼ何でもできてしまうからだ。

人間の一般的心理からいって、「とりあえず」と言われれば「念のために」という意味で受け止める。
より慎重を期すために、この医者は「とりあえずと言い、十分な医療行為をしようとしてくれるのだと、安心する。たとえば、十分な問診、聴診の後にこう言われれば、患者は医者が万全を期しているのだと信じるだろう。


 しかし、これは大いなる幻想だ。
 
 
 
 では、と、り、あ、え、ず、風邪の例で説明してみよう。


 たとえば、患者はのどが腫れ、熟も38度を超えて体がだるいと訴えているとすると、血液検査や白血球数の検査 (炎症の程度を知るため) を、医者はやろうとする。

そんなとき、「とりあえず検査をしておきましょう」という言葉が出るのだ。
あるいは、もう少し症状が重いなら、レントゲンを撮ることもある。これは、肺炎まで疑っている場合である。

 しかし、できた医者なら、問診と聴診で風邪の診断ならすぐ下せるものなのである。キャリアを積んだ医者ならなおさらで、ひとたび風邪と診断すれば、処置としては薬を出すだけで十分である。「あとは安静が第一。ぐっすり寝てください」と言えばいい。


 ところが、こんなことでは医者は商売にならない。風邪の患者をそのまま帰していたら、現代の医者過剰時代に病院の存続は覚つかない。

それで出るのが、「とりあえず」なのである。

血液検査にレントゲン撮影、超音波検査、尿検査、注射……と、患者を不安から解放するためにはありとあらゆる手段を使うこと。これが、現代のもっとも模範的な医者であり、ときとして近所でも評判の名医である。

 私は、ときどき、患者さんのこんな言葉にドキッとすることがある。「まああの若い先生はいい先生だね。いつ行ってもキチンと検査してくれるんだから」。


 もうおわかりと思うが、この若い医者はいい先生でもなんでもない。あえていえば、自分の診断に自信のもてない医者である。つまり、医者というのは、患者をだます以外にも検査を多用することがある。

それはきまって若い医者で、学界には「検査技術の進歩が医者の技術、能力を落としている」という声もあるくらいなのである。

ともあれ、私なら「とりあえず」がログセとなっている医者には、二度とかからない。

また、「とりあえず」が「念のため」という意味なら、患者はその処置を拒否するほうが賢明である。





       3、4日したら、またいらしてください。   
       

 これも医者の口からよく発せられる言葉だ。特に風邪の場合、「薬を出しておきますから」という言葉に続いて、こう言われることが多いと思う。

しかし、よくよく考、みみれば、この言葉の前に何かが欠けていることに気づくはずである。

そう、「治らなかったら」である。

つまり、好意的に解釈すれば、その医者は慎重なのであるが、逆説的に言えば?いい加減〃なのである。


もし、出された薬が、解熱剤、鎮痛剤(せき止めやのどの痛み止めなど)程度であれば、なおさらである。

医者というのは、患者は何も知らない人間であると考えている。

だから言いふくめれば何をやってもいいと考えている。

ともかく、あらゆる機会をとらえて治療行為をしなければ商売はあがったりなので、どんな言葉でも使う。

そこで、3、4日後を額面通り受けとって再診に行けば、また同じ言葉が返ってくるはずである。単なる風邪で何回も患者を引っばれることほど、医者にとって楽なことはない。



 さて、ここで、風邪という?万病のもと″といわれる病気について、もっと説明しなければならない。というのも、前記の「とりあえず」も、この「3、4日したら」も、風邪について正確な知識を持ち合わせていれば、医者の言葉に解されることはないからである。そこで、次のような言葉が、まず浮かんでくる。






       ご心配いりません。単なる風邪です。

 この言葉こそ、医者の医者としての真価を問われる言葉だろう。
 
 
 「つまり、これがハッキリ言える医者は、信用できる医者といっていいのだ。
 
 さらに、この言葉の後に、「安静にしていればすぐ治ります」と言えれば、ほぼ医者として太鼓判が押せるのだ。

風邪というのはそういう病気だからである。




 しかし、現代の医療システムは、こういう医者を存在できなくしてしまった。
 
 風邪を?万病のもと″ではなく、?万金のもと″ととらえる医者しか、存在できなくなっているのだ。




 そもそも風邪(感冒) というのは、ウイルスによる感染症である。一般的に風邪を引き起こすウイルスは200種類以上あるとされていて、インフルエンザもそのうちのひとつである。ただし、インフルエンザのウイルスは、風邪の原因となるウイルスのなかでもっとも強力で感染力が強いので、ここで説明する単なる風邪とは区別して話を進めよう。


 風邪の感染を引き起こすウイルスは、人間の体内でも感受性細胞という感染に弱い細胞が集まった部分で活躍する。すなわち、のどや鼻、胸腺などで、のどの痛み、鼻水、せきといった風邪の諸症状を引き起こす。だいたい、この程度の風邪を引き起こすウイルスは、ライノウイルスやコロナウイルスで、感染力は弱い。だから、十分休養をとって1週間もすれば治ってしまう。

というのは、人間の体内ではすぐに免疫細胞が活動を開始し、「抗体」をつくるからである。これが、一般的に言われる「自然治癒力」で、風邪はこの人間のもつ自然の力にまかせるのが最良の治療法なのである。ただし、免疫力の弱い乳幼児や老人、血液病患者だけは例外である。



 では、なぜ、医者はあんなにもたくさんの薬を出してくれるのかと、当然の疑問がわくだろう。また、はたして薬は効くのかという疑問も出るだろう。
 これらの疑問の答えは、簡単である。
 
 

 単なる風邪の場合、医者のしている行為は詐欺と変わらないのだ。
 前記したように、ただ儲けるだけの治療なのである。
 
 また、薬だが、風邪そのものを治せる薬は存在しない。
 ウィルスを殺せる薬はないのである。
 
 では、風邪薬というものはいったい何かといえば、それは、のどの痛み、鼻水、せきなどの症状を和らげようと開発された化学物質と思うしかない。


ーーーーーーーーー以上引用終わりーーーーーーーーーーーーーーー



これだけ暴露されてはお気の毒なのはお医者さん側でしょうが、問題はそれによって害をうけるか受けないかの違いですよね。


施す側は害は受けるはずもないんで、ただ利益が上がるかどうかはありますから、結果として、その処置が誤っていたらら、当然それは「ウソ」と言われるのは仕方ないことです。


詐欺行為というのは、結果論として言っているわけです。

そこにもしも意図的なものがあったとしたら・・・(誰も個々の医師の内面意識など分かりませんから)・・・・それこそ犯罪行為と言われるのでしょうが。


医師にしても、よく分からないというのが真相なのではとあくまで善い方にとておきまして。

儲けるというのは全部悪いことでもないのですが、そこにはかなり目に見えないところにある厳しい基準の様なものがあるのかも知れません。


だれでも働いてお金を得る、つまり、儲ける、儲かるの世界に関わっています。

しかし、
こと医療についてはかなり厳しい見分け方をされる訳でしょうね。


あいての身体を悪くして儲かった・・・場合、これは意図的なものがなかったとしてもかなり厳しいでしょうね。

お金とか物の損失よりも厳しさがある、命と健康を失うんですから。

かといって、かまわないで放っておくと医師はこちらもかなり手厳しく追求されてしまう。
なかなか・・
やっていられない職業になってしまいました。


この本の内容の様に日常で行われている医療現場の会話ですが、医師も患者も両方ともこれが普通の感覚できたんでしょうね。

むしろ、医師と言うよりも患者がわ、特に高齢者などは、こういう医師の指示やらお話を望んでいるところがありますから、これをやらない医師は嫌われる傾向もあるようです。


そうなると、いままでの「患者教育」が功を奏したのかどうかは分かりませんが、まずは患者の意識の方も大切なんですね。


ちまたの老人の会話を聞いているとやっぱり大昔からの「お医者さんの評価」をやっていますよ。

「親切でお薬をいっぱい出してくれて話を聞いてくれるにこにこしたお医者さん」が正しい医師ですからね。


こういう話をいくら聞かせても信じないでしょうし、そんな意識改革はもう無理なんじゃないかなあ~と思うくらい、まったく「信者さん」ですよ。


反して、今の若い人たちは?

これもどうなんでしょうかねえ~~~~


彼氏か彼女か芸能人ならおつむに止まるんでしょうけど、どうなんでしょうかねえ~~

それにヨン様大好きおばさんたち、このひとたちって、そんな事かんがもしないんじゃないかなあ~~?

では、さっぱり誰も駄目なんでしょうかね?


いやあ、こちらもさっぱりわかんないですよ~~~

なんだか、ひとりごとをぶつぶつ書いている・・・・だけで。



まあ、ここんとこ読んだらひとりで黙ってないで誰かにひとりでも二人にでも教えてくらさい。


ただじっと読んでいたってどうにもならん!のだよ。


知ったら知らせる、知ったら知らせる 、知ったら知らせる・・・・