国や医学界から発表されるエビデンスというものがいかに科学的証拠に欠けているものだったかを思い知らされるのですが、そんな世界的新事実が出ても、メディアは相変わらず似非データ的エビデンスや、勘違いまたは操作的な証拠を持ち出して正当化しようとしているのですから、これはもう、国も医学者もほとんど信用できない、本当に国民のいのちと健康をまもる気など無いのではないかと思うほどです。
「医療から命をまもる」の本の続きです。
この本の内容はただ眺めていただけじゃ、その気になっただけで終わってしまうでしょう。
では、どうして実感できるかというと、自分自身、もしくは最愛の家族などで体感すれば納得できるでしょう。
それには当然犠牲的精神が必要ですから、間違っても国の税金から保証して貰うなどという甘い考えは・・
このままではおそらく、医療訴訟で国の税金が膨大なものになってしまい、医療保険崩壊どころか国の崩壊を招くでしょうから、そこまで行ってから気づくのが良いか、それとも君子危うきに近寄らずで未然に済ますか、そこが今ひとりひとりに求められている審判です。
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
インフルエンザ特効薬にあやかって
(中略)
新たな感染をおこさない
医薬品でトラブルがおこれば、許認可権をもつ国が常に責任を問われます。
問われたほうも、おこってしまったことには対処のしようがありません。問題のあった製剤を使っていた病院名を公表することくらいで精一杯だったのでしょう。 (中略)
病院名の公表には、「該当者に検査を受けるように喚起するため」という大義名分がありました。
しかし、ここまでの話からすると、C型肝炎には確実な治療法がありません。
それにもかかわらず検査を勧めてどうしょうというのでしょうか。
単に不安を煽っているだけ、という気もします。
(中略)
おこってしまったことで大騒ぎするのではなく、これから新たな感染が起こってはならないよう、社会をあげて取り組んでいくべきなのではないでしょうか。
血液のがん、白血病 72
近代化とともに急増
白血病は、血液のがんとも呼ばれています。がん細胞と化した白血球が血液中に充満した状態で、発熱が続く、からだが異常にだるい、内臓が腫れる、出血が止まらないなどの症状が出てきます。
がん全体の三%ほどを占めていますから、けっしてまれな病気ではありません。原因は不明ですが、過去四〇年間で二倍に増えたという事実があります。
(中略)
白血病にもいくつかの種類があります。もっとも多いのは急性骨髄性白血病、次いで急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病の順です。
種類によって死亡率も大きく異なっているため、ひとまとめに論じてもしかたがありません。そこで、調査がもっともよく行なわれている慢性骨髄性白血病に着目して、実態をみていきたいと思います。
寿命はのびたか
慢性骨髄性白血病は、年齢とともに発生率が高まり、六五歳以上では四〇歳以下の五倍も多くなっています。したがって加齢によっておこる病気といってよいかもしれません。ほかの病気とは逆に、高齢で発病するほど死亡率が高くなります。
発病は比較的、緩やかですが、平均五年ほどをへて急に症状が悪化するのが特徴です。この時期に入ってしまうと、ほとんど打つべき手がありません。したがって慢性の時期をいかに長く持続させるかが寿命を決めるポイントとなります。
従来の治療は、ヒドロキシウレア、ブスルフアン、アラCなどの、いわゆる抗がん剤が中心でした。
しかし、これらの薬で総死亡が減少することを示したデータは、今のところまったく存在しません。
有効との結論を出している研究論文も少なくないのですが、血液中のがん細胞が減少したことを示しただけ、というものがほとんどです。
がん細胞が減少するのはよいことですが、しかしこれだけでは副作用がどうなったかがわかりません。
(中略)
昔と比べても
(中略)
現代は、検査の技術が進歩し、安く、早く実施できるようになりました。また健康に関心をもつ人が増え、人間ドックなどの受診率も増えました。その結果、検査件数が飛躍的に増えています。
そんな背景が、わずかな異常まで見つかるチャンスを増やしていますが、なかには治療の必要がないような軽微の異常、あるいは性質の異なる病気が含まれている可能性もあります。
最初から良性の病気だったのであれば、治療が奏効したかのようにみえるのはあたりまえではないでしょうか。 76
(中略)
「昔に比べればよくなっているから……」 という発想は、もともとまちがっています。
数々の大規模調査の結果については、かならずしもすべての専門家が素直に受け入れているわけでありません。常識が突然変わって立場上困る人、商売に支障がでる人、やっかみで反論している人などが少なくないからです。
そこで本章では、大規模調査の結果に対する反撃の数々を紹介したいと思います。
がん検診の罪
肺がん検診を受けたら短命に
今から一五年ほどまえ、フランスの研究チームがある大規模な調査を行ないました。肺がん検診がほんとうに有効なのか、約六〇〇〇人ほどのボランティア(チェコスロバキアの人たち)をつのって調べたのです。
(中略)
その結果わかったのは、とんでもない事実でした。
肺がんの発生率も、また総死亡も、検診を受けたグループのほうで圧倒的に大きくなっていたのです。
ほんとうだとすれば、肺がん検診を定期的に受けると寿命が短くなってしまう、ということになります。
調査は偏りのないクル-プ間で
(中略)
つまり医学があまりにも細分化され、研究者が広い視野で物事を見ることができなくなってきたという現実です。
そのため、意図的ではないにしろ、結果的に嘘をついたのと同じ状況になっていることがあります。
総死亡に言及せず、薬やワクチンの効能だけを患者に説明するというのも、そうではないでしょうか。
(中略)
大規模調査の重み
さて、フランスの調査団が行なった肺がん検診に話を戻します。
(中略)
調査の結果が偶然だったかどうかも検証しておきたいと思います。幸い、ほぼ同じこら、ほぼ同じやり方で、別の二つの研究チームが肺がん検診の調査を行なっていました。それぞれ別々の国で、独自に行なったものです。どちらも、対象ボランティアが数千名と、大規模なものでした。合計三つのチームが、まったく独自に同じ目的の調査を大規模に行なっていたことになります。
医療が寿命を縮めた
三つの調査の結論は、すべて同じでした。
統計理論はどうあれ、三つのチ-ムが同じ結論に到達したのですから、単に偶然でかたづけるわけにはいきません。
しかも大規模だったのです。
では、肺がん検診を定期的に受けたグループで寿命が短くなった理由は、いったい何だったのでしょうか。
調査チ-ムは、いくつかの理由をあげています。
一つは、年に二回ずつ受けたレントゲンの害ではないかというのです。
レントゲンは放射線の一種で、強い発がん性があります。放射線は自然界にもあって、われわれのからだは絶えずそれにさらされています。胸部レントゲン撮影で受ける放射線は、単純に計算すると、その自然界から一年間に受ける量の一〇分のてらいです。この数字が根拠になって、胸部レントゲン撮影は人畜無害と、これまで説明されてきました。
しかし、放射線は短時間に集中して浴びるほど健康被害が大きくなるものです。自然界から受ける放射線は、年間を通して少しずつでしかありませんが、レントゲン撮影では瞬時にして一カ月分以上の線量をあびてしまいます。
つまり医療のためのレントゲンが原因となって、新たな肺がんが発生してしまった可能性はおおいにあるのです。
もう一つは手術の害です。
肺がんに限らず、どんながんでも見つかれば、例外なく手術を受けることになります。つまり肺がんの発見数は、同時に手術を受けた人数でもあったわけです。
性別、年齢など考えられるあらゆる条件が等しくなるように分けた二つのグループです。その一方で、より多くの手術が行なわれ、総死亡も多くなっていたのです。手術がからだの抵抗力を弱らせ、寿命を締めてしまった可能性は否定できません。
ただし、手術がいらないと言っているわけではありません。肺がんを早期に見つけ、手術を受けることによって、命拾いをした人も少なくないにちがいありません。ただ、それをはるかに上まわる人たちが、手術によって逆に寿命を締めてしまった、ということになるのではないでしょうか。
検査が仇に
理由はまだあります。
検査にありがちな些細なトラブルの積み重ねです。 (中略)
、精密検査では正確を期すためと称して、多数のレントゲン写真を撮ることになります。
(中略)
がん組織にメスを入れるのですから、出血がとまらなくなったり、傷口から細菌感染をおこしたりということも当然、おこりえます。
メスを入れるという行為によって、がん細胞がからだ中に散らばってしまい、がん転移を促進してしまうという可能性も否定できません。
国家の威信をかけて
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あるテレビ局から取材を受けたときの話です。
健康診断やがん検診の問題点を考えるという番組企画でした。さっそく、「がん検診には問題がある」という話をしたところ、しばらくして担当者から連絡が入り、ほかに何人かの専門家に取材をしたが、だれもこの意見に賛成しなかったというのです。
結局、私の話はボツになったのですが、半ば予想していたことでもありました。
なぜなら日本では、欧米での調査結果を否定するための研究が精力的に行なわれ、その成果が学会、役所、検診機関などに広く浸透していたからです。
まず日本では、フランスの調査団が行なった研究に対する根強い批判が以前からありました。一五年以上も前の話であったことから、「当時の医療は古くて参考にならない」というのです。
たしかに医学の進歩は日進月歩で、そうかもしれません。レントゲン写真を判読する技術も古いでしょうし、細胞を顕微鏡で調べるという検査も今より精度が悪かったかもしれません。何より、手術法や抗がん剤が古かったはずです。
そこで厚生労働省は、肺がん検診の有効性を証明しようと、大規模な調査を各地でスタートさせました。
これまで肺がん検診を奨励してきた立場の人たちにとっては、いわば威信をかけた国家プロジェクトです。
成果は続々でも最初の成果は二〇〇一年に発表されました。いくつかの都道府県には、がん患者のデータをコンビユ-タに登録するという制度があります。
(中略)
その結果わかったのは、肺がんで死亡した人たちで、前年に検診を受けている割合が明らかに低いということでした。
簡単にいえば、検診を受けない人は手遅れの肺がんになりやすいということです。そして詳細な計算から、「毎年、肺がん検診を受けると死亡率が四八%減る」と結論したのです。
このプロジェクトは四つの県において同時進行で行なわれました。公表されたデータでは、そのうちの三つで、結果が同じになっていました。平均すると、死亡率の減少は四~六割ほどになるようです。残りの一つでは、グループ間の差が見つかりませんでした。
三つのプロジェクトで同じ結果になったというのは、フランスの調査結果について述べた際にもあった話です。
釈然としない結論
結論だけを聞かされると、「なるほど」 と思ってしまいます。
調査のやり方が複雑で、よくわからないという人も多いかもしれません。正しいような気もしますし反面、何か釈然としないところもあるのではないでしょうか。
フランスの調査では、毎年、連続して肺がん検診を受けると、さまざまな副作用で死亡率が高くなってしまうという結論でした。これと対比させながら考えると、整理がつきやすいかもしれません。
日本で行なわれた調査については、いくつかの疑問点が思い浮かびます。
(中略)
……等などです。
気になるのは、肺がん検診を受けつづけることの不利益が考えられていないことです。
フランスの調査チームが出した結論は
「がん検診を連続して受けると不利益のほうが大きくなる」
というものでしたから、これでは反論になっていません。
総死亡を調べなかったというのは、
検診のマイナス面にいっさい目をつぶったことと同じです。
二つのグループが公平に分けられていないのも大問題です。
肺がんで死亡した人たちを、たまたま年齢、性別、喫煙歴、居住地が近い人たちと比べただけなのです。現在、健康な人びとというのは、死んでしまった人を除いた、いわば生き残りです。かつての仲間には、若くして肺がんで死んでしまった人が大勢いたかもしれません。
もしそうだとすれば、いくらレントゲンを浴びても、またいくら手術を受けても平気な人たちだけが残ったことになります。
グループの分け方が公平でなかったのであれば、結論はまったくのナンセンスです。
がん検診をあまり受けないという人たちは、最初から健康に関心がなく、生活習慣も不健康だったかもしれません。肺がん検診を受けなかったから死亡したのではなく、、もともと肺がんになりやすかったのではないでしょうか。
この調査結果が公表された翌日、新聞の一面には、「肺がん検診は有効、死亡危険度4から6割減る!」という見出しが躍っていました。
自己暗示も効果なし
ある学会から講演を依頼され、肺がん検診には問題があるという話をしたことがあります。そのとき会場にいた一人の専門家から、「肺がん検診を受けていないグループは、プラセボを使っていないので偏っているのではないか?」という意見が出ました。
たしかにプラセボは使われていません。鍼治療の有効性を証明したと主張していた調査のように、それを行なわなかったグループと比べただけでは、自己暗示による効果ではないかという疑念に答えることができません。
がん検診に自己暗示の効果があるとすれば、どんなものでしょうか。
(中略)
しかし肺がん検診の大規模調査の場合はその道で、効果がないという結果だったのです。
自己暗示の影響をプラスしてもなお効果がなかったのですから、よほどだめな方法だったことになります。
一方、検診を受けなかったグループに何かプラスになるような偏りがなかったかも、検証しておく必要があります。
(中略)
ここで、少し頭を冷やして考えてみてください。
肺がん検診を受けないことで、そんなにすばらしい効果が期待できるなら、この大規模調査の結果、つまり、がん検診は有害とする結論は、いずれにしろ正解だったのではないでしょうか。
専門家ですら正しい理解をしていないのですから、なかなか前途多難です。
(中略)
つまり、このように「結果を見てから比べる」というやり方では、どうにもらちがあかないのです。
ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー
どうやら比較試験そのものにやり方が実に偏っているため、結果をどうにでも操作できるということが判ります。
これを故意にやっているとしたらそれはもちろん「犯罪」ですから、おそらく善いと思ってやっている調査方法なのでしょう。
つまり無意識で(苦笑)やっているから「善意の悪」というものです。
誰それの罪や罰というのを止めて、「みんなでまったく間違っていたんだから、いまこの時点から改めましょ」と言行一致で解決です。
しかし、あいかわらずこのまま虚構のデータを並べたてて何も知らない(素人もしない知ろうともしない)国民に無効な薬や検査を勧めているとしたら、これからはもう犯罪ですよ。
無効ならまだいいんです。
それで食べている人がたくさん居るのだから徐々に解消してゆくという道がありますから。
しかし、無害でなく有害な薬や検査だと判った以上は「飯が食えない」などと言ってはいられません。
他人の犠牲で食べていると判った以上は即刻国民にはもちろん、何も知らない医師たちにも指導するべきです。
しかし、
何も変わらないでいる・・・・とすると、
あとはただ・・・
もう少し大量の薬害が起こるのを待つしかないということになりますけど・・・・・???