くだらない話に「ありがとう〜〜」 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

200年度版倉庫から 整理しないで捨てます。
その前に


ありがとうおじさんがやっている「ありがとうございます」の感謝行

ありがとうおじさんの感謝行がなぜ神に近づくのか?

「ありがとうございます」を繰り返し言い続けるのはどう意味があるのか?

何となく分かるのは、感謝は光である」という教えが宗教でもあるが、それを言霊の力で発信するといういうのかなとも思っていたし、曇りをとるには感謝が一番だとはあちこちで聞くところであった。

ただ心に感謝の念が無いのにこの言葉を発し続けてもどうなのか?という疑問もあった。

しかし、心の前にとにかくこの「ありがとうございます」を唱えることでいつかそれが心にも同調するというものらしいのは分かる。

心にも思わない状態でいてもそれをとにかく実行することで「霊体一致の法則」で霊の面でも同化するという様な。


この世界は物質面が強調されている世界であるから、とにかく身体を動かすこと、行動することが霊界に働きが起こるという。
それが言葉にすると効果が大きくなるというのは聞いて知っている。
言葉は物質界と霊界との両面につながっているのだろう。言葉にした音の波(振動)は霊界に強く影響するのだろう。

そんな漠然とした考えを持っていたので、むずかしい理屈などよりも、それを実行することの方が大切で、理屈などは後でくっつけられるものだと思っていた。

そういう思いを忘れかけていたところ、ある情報からも納得できるような解説がされていたのである。


^^^^^^^^^^^^以下引用^^^^^^

あらゆる事に感謝を唱え、生活する事は、自分の中に、恐怖を作らない状態を、創造している事なのです。この、【感謝】と言うのは、誰に対してするのかと言う事もありますが、その根本は、神に、自分に感謝する事に成ります。と言う事は何かと言うと、自分が全てを創造していると言う事に対する、感謝に成る訳です。

(それは)如何いう事だと思いますか?自分に、責任を持つ事に、繋がるのです。よって、これは、自分という者を表現した事の表明なのです。つまり、創造した事への、喜びを表しているのです。理解出来るでしょうか?つまり、ラムサも『全ての人に、神が在ると、言いなさい』と、言っていたと思います。感情に囚われない事を意味し、総ては、一つであると言う意味に繋がるのです。良く理解する事です。

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僕は神に対しての感謝だと思っていた。
それには間違いはないのだが、実はその神こそ「自分」だったとは!

「感謝」とは自分が創造主である一部なのだという自覚を持つことにつながるのではないだろうか。
神を他においてみるのではなく、自身が神であるという自覚に到達できるのが感謝行なのかもしれないのだ。

ただそれを一気に認識できないので、とにかく「ありがとうございます」を繰り返し繰り返し唱え続けるのが一歩踏みだしの場になるのかもしれない。




^^^^^^^^^^^^^以下引用^^^^^^^

この【25000回の感謝】の話しは、大変、重要な学びを与えます。これは、この場合、自分をマインドコントロールする事で、自分と神との繋がりを、取り戻すと言う事に繋がりました。宇宙のエネルギーと、繋がったと言う事です。何故かと言うと、観察者としてのインナーの自己が認められた(認めた?) と言う事なのです。分かるでしょうか?大変、重要な事です。

人間は、如何しても、その(何等かの)出来事を自分の責任と認めません。(ところが、本当は、)全ての問題は、自らが引き寄せて来ます。(自らが、)創造しているのです。感情(考え方)から、病気等を引き起こすのです。マイナス・エネルギーの中にばかりに居ると病気に成り、プラス・エネルギーの中に、入ると治ります。



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これは25000回の感謝が自分を変える(気づきなのだろうが)という話を解説してくれているのだが、つまり自分と神との分離をマインドコントロールで忘れ去った状態を再び取り戻すためには自分で逆にマインドコントロールして元の状態に戻すことらしい。

神との分離状態はマイナスの場を創り上げているわけだから、プラスの場を創り上げる効果をもっているのが「ありがとうございます」の感謝の言霊パワーなのだろう。


こんな理屈など知らなくても良いのだが、ある程度知らないと、とてもこんなにたくさんの「ありがとうございます」を繰り返し繰り返し唱え続けることは出来ないのが人の性かもしれない。


次々と湧いてくる要らぬ思いでなかなかこういう飽きやすい事を持続できないからだろう。


こうなると薬毒と想念との関係も密接不離の関係になっているのかもしれない。

物質的原因として薬毒(体内毒素)
そして、きっかけとしての想念の積み重ね。

この関係が合わさっているのだろうが、光の性質の様に波の性質と粒子の性質が同居しているようなものかもしれない。


どちらが「これが原因」とも言えないところもありそうだからだ。
薬毒を入れていても何ともない人もいるし、想念的にどうかということを繰り返していても何ともない人もいる。

病気の原因は薬毒のみ
病気の原因はマイナス想念のみ

これの一つだけを正解とも言えるかどうか?


産まれたばかりの幼児やまだ悪想念なども起こさない子供が病気になる。
これだけを考えるとマイナス想念が病気の原因だとは一口に言えないだろう。


やはり霊と体の両面が微妙に絡み合ったものが原因とみないとならないだろう。
これが自己とか災難なども加わって、霊的と体的(物質的)に両面でのマイナス要因をみる必要がありそうだ。


だから精神面だけで病気を解くことも出来ないし、物質面だけで病気を解くことも出来ないのだろう。


どちらでも病気が治る場合もあるし、治らない場合もある。精神的面だけで治らないから物質的が正解とも言えないし、物質面だけで治らないから精神的が正解とも言えないのではと思う。


それともうひとつは、コナン・ドイルの通信では「前意識」と言っているがこの世に出る前に既に病気をセッティングして産まれてくる場合もあるというから、総ての病気を治す治療法は現時点では無いのではないだろうか。


将来はこの「前意識」というのが必要ない人だけになれば異なってくるだろうが。


思考
続行中