はしか、ハシカ、麻疹? | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

はしかについて


もうひとつ 論文引用してみましたよ。


ただ宗教家が書いた論文だというのが現代人にとっての垣根となっているでしょうが・・


ここではできるだけ宗教という先入観を無くして読んで見て欲しいのです。


ゆえに神とは大自然の法則とか規律のような感覚でも良いと思います。神を人格神とかとすると変な方向に行ってしまうので、自然の流れに則った道とでも言えば、受け入れやすいのかも。


もっとも、何をどういう言い回しをしても、一切受け付けない人には無駄な努力だからね~。 


とにかく、この地上は浄化作用が起こるべくして起こるようにそういう力が働いているってこと。それも年々、いや日増しに強くなってきているようです。


それも本当は良いこと何ですが、一時的に悪化の様に見えるのが玉に傷。 心眼をもって見れば何と言うこと無いんじゃないかなあ・・・

って、こちとらどれほどの心眼があるわけでもなし(苦笑い)


こういう相当古い↓の論文が今になって生きて来ているのも


蘇生のパワー でしょ。


 


ーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーーー


予防接種と結核



『神示の健康法』より    昭和25(1950)年4月20日発行

 この論文は、現在政府が絶対的信念の下に行われている医学的方策を非難するという意味になるのでかきたくはないが、余りの迷蒙に看過する事が出来ないから書いたのであるから先入観念に捉われる事なく一の学説として参考とされん事である、これを信ずると否とは観る人の自由であるからである。


 今日伝染病と称するもの、例えば天然痘、麻疹(はしか)、百日咳、ジフテリヤ、チフスを初め、数多い種類があるが、それら防止手段として予防接種を行うが、なるほどこれによって一時的発病を喰止め得ても発病を絶対阻止する事は不可能である。


 吾らの持論である病気とは何人も必ず保有している体内毒素の排除作用であるから、病気こそ体内を清浄化する天与の健康増進法であるに対し、医学はこれを逆に解釈し、その浄化活動を停止するを可とする。それが予防接種である。

元来伝染病なるものは旺盛なる浄化作用であるから年少者に多いのである。何となれば発育盛りの小児は新陳代謝が旺盛であるから発育の障害物である毒素排泄の浄化活動が起りやすいのは当然で、実に天の恵といわなくてはならない。

しかるに何ぞや医学はこの結構な浄化活動を弱らせようとする。それには薬剤その他の異物を体内に注入して衰弱させるのである

これによって弱体化した児童は御拵〔誂〕え通り浄化作用すなわち病気が起り得なくなるから医学は効を奏したと誤認し、今日のごとき予防接種を旺(さか)んに行うようになったので、その誤謬たるや評すべき言葉はないのである。



従ってせっかく排除さるべき毒素をそのままに保存するばかりか、新しく薬毒を追加するので、毒素はいよいよ増量するが、弱体化した児童は強力な浄化が起り得ないため、精々感冒くらいが頻繁に起るのである。


ところがこれだけならいいとしても、実はこれが恐るべき結核の原因となる事である。ここで一言いうが、感冒とは微弱な浄化ではあるが、ともかく喀痰、鼻汁、発汗等によって体内毒素は緩慢ながら排泄されるが、医学は逆に解釈し、停止手段を行うその結果結核に転化する事は、結核の項目に説いた通りである。

 以上のごとくであるから、今日、盛んに行われている予防接種こそ全く結核の種蒔きという訳になるから、これに目覚めない限り結核は減るどころか、益々蔓延するのである。



ーーーーーー中略ーーー(岡田茂吉の提唱した療法による治癒について書いてあるが、あえて略した。これは別のHPにて掲載済みの論文がある)



 以上のごとき画期的神医学は病理も治療の方法も、既に完成している事でこれを知らない人達は迷信と断じ、一顧だも与えないのであるから、その人達こそ吾らから見れば恐るべき迷信に掛っているといえよう。
 ああ、右の啓蒙こそ実に難事である。何となれば非迷信を迷信と思い込んでいる、その根強さであるからである。

ーーーーーーーー引用終わりーーーーーー

すべてが結核への道


というのは当時の状況から判断してください。


いまで言えば癌でもエイズでも心臓病でも何でも形は違うけど同根なんですね。 昔は結核が一番恐れられていた難病、重病というだけのことでしたから。


とにかく


はしかにかかるべき時にかからないで、いや、かからないように呼ぼう接種した結果、後から発病するのはもっと重度になるという、ただ単に自然の摂理でしかないのです。


もっとも信じて疑わずに もうやってしまった ものは仕方ないです。


いまとなっては、これ以上の逆療法は 遠慮する ってのが 一番の選択でしょう  が、   これも、各自の自由な選択に任されるわけで、ほと大自然(神)とは 人間さんにどこまでやさしくて厳しいんでしょうかね~


え、人は神なりって?  う~~ん、 そりゃそうでも、それを自覚できるまでは 相当な 紆余曲折を経て 充分な体験をしないとねえ~~


そんなわけで、いらぬお節介の話しをおわります。