自分の事 その14→OL時代回顧録 | 今日が一番若い日!つちやあきよのブログ

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スタートの年にあたりブログ再開しました
健康産業(目に見えるもの)と占い(目に見えないもの)を扱い、真逆を楽しんでいます!
今は脈絡なく書いていますが、読んでよかったと思って頂けるブログになるよう育てていきます
長い目でお付き合いいただけたら嬉しいです

今日も訪問してくださり、ありがとうございます。

昨日は朝の3時から、日付変わって今朝の4時までの

ロングランだったので

いい天気だな~外に出たいな~と

思いつつ

ぼ~っと過ごしてしまいました(笑)

 

このブログ、気持ち的にはきっついな~と感じ始めています。

自分の事になったら

いきなり記憶が錯綜するのです。

覚えていたくないのでしょうね。

思い出せる範囲で書いていこうと思います。

 

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自分開示ブログ

自分の事 その9→生い立ち(幼児期)

自分の事 その10→小中高で一番印象に残っている記憶

自分の事 その11→大学生時代

自分の事 その12→大学卒業、社会人 そして父が亡くなるまで

自分の事 その13→入院 

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退院してからのことが

錯綜しまくっているので

新入社員時代から

どんな仕事していたかを整理してみます

 

社会人1年目

大手メーカー入社のはずが、性格的に子会社の方が向いているとなり、ノルマのない外回りのお仕事

確かに本社でガチガチより向いてました(笑)

テリトリー内に自宅があったので

お昼食べに帰ったりしていた(^^;

 

2年目の5月にやめて8月にその後23年勤めることになる

大手外資系メーカーに入社。

8月1日は旅行中とのたまい(笑)

13日付けで入社

そんなわがまま言ったのに

人事部採用課に配属

採用しているときは人当たりが良くて重宝がられたが

声が大きいということで

(要はプロ意識がないってことだったのでしょうね苦笑)

開発管理部に異動

ここは臨床開発部隊のお世話係

臨床研究の書類を扱ったり、

予算も扱っていたので

ものが世に出ていく過程を知れて面白かった

同年代も多く、みんなでよく遊んでました

全社的な教育部門の再編にあたり

人材開発部へ異動

階層別教育とくに新入社員の導入研修、

中堅社員や得意先の管理職向けに

コミュニケーション、リーダーシップ、問題分析・解決プログラム

を提供している部署で

グループ秘書兼講師

おじさま方の秘書はやりやすかった(*^^*)

出張も多くここでも仕事楽しんでました

隣の営業教育部やフィールドサポートの先輩方とも

大きくひとつの部門だったこともあり

いつもわいわいやってました

ここにいるときに父の看病をしていました

直属の上司には大変お世話になりました

とても心の優しい方で

私をかばったために

辞めさせられてしまったのではないかと

今でも心がチクチクします

 

グループのパーティーで

統括部長の発言に

「現場を知らないからそんなことを言うのではないですか?」

と直球で言ってしまい

ほどなく東京支店営業業務部に異動(笑)

異動と同時に、私が発症💦

現場では、のちに、そんなに支店に来たくなかったの?

と冗談を言われました

 

退院後は、ちょうど新しい業務が発生したということで

その仕事を任されました。

地図を見るのが好きなのと

数字チェックが好きだったので

私に向いてる仕事でした

その時の上司にも本当に恵まれました

東京支店のときも、

各営業所でお仕事してくれている派遣メンバーと

よく女子会したり、

営業マンたちと遊びに行ってました

華やかな時代でした

 

三途の川ストーリー(勝手に命名(笑))の時に

ステロイドの点滴を大量に流し込んだ副作用で

両足大腿骨頭壊死になり、

電車が込まない路線への異動を希望したところ

さいたま支店に異動

通勤時、大勢の人と逆方向になるので

これはありがたい配慮をしていただけたと感謝でした

ここでの上司は、教育部隊にいるときからの知り合いで

またまた上司に恵まれます

そういった状況での異動だったので

ここでも移動と同時にオペのための入院になってしまいました

仕事人間だった私は、

両足一気に手術をしてくれるところ

入院もできるだけ短くてすむところを

探し、

オペとリハビリあわせて3週間で退院してきました

さいたま支店のときもよく飲んでました

この支店のメンバーは、ゴルフがプロ並みにうまい人が多く

よくコンペをしてました

私が、賞品がかかると実力以上の力を発揮することを

この時に知りました(笑)

 

リストラもダイナミックに行う会社だったので

そろそろ本社に戻っておかないと

ストレートにターゲットになると予想し

新規プロジェクト立ち上げの社内公募に応募

合格し、本社に戻りました

 

新しいことというより

本国からの指令で

日本の商習慣にそぐわない形にさせられていたのを

本来の形にもどすためのプロジェクトで

こうした大きな話が大好きな私は

俄然はりきります

2年かけて仕組みをつくりあげ、

試運転も終え、

あとは本格運用だけとなったところで

パワハラにあいます

 

後から思えば、会社全体として

各部門それぞれ、リストラするよう

お達しがあったのだろうと想像できます。

 

ただ、部長のやり方はひどかった。

昔の刑事ドラマにある、取調室のシーンみたいな感じでした。

先に課長が呼ばれ、戻ってきて

次はつちやだよ、と。

4人ほどのミーティングルームで

私がこうだったから、こうなったのではないか?とか

課長と私なら、どちらが悪かったか?とか

まるで犯人捜し

私は課長をかばいましたが

課長は悪いのはつちやです、と言ったとか言わなかったとか(苦笑)

 

その足で、三途の川ストーリー後、通っていた心療内科に直行し、

休職願いを出しました

 

その翌日、母が倒れます

 

時系列に思い出せました

書いてみると、頭の中は整理できますが

記憶もそうなんですね

 

今日もこんなに長いブログを

お読みいただき、ありがとうございます。