おすすめ度4 *時代を知るという意味で
難易度1 *すぐ読める分量
普段話題書は読まないのだが、知り合いに薦められて読んでみた。*以下ネタバレあり
まあ、若い女性作家で題材がアイドルオタクの話と聞いていたから、いかにも芥川賞が話題作りのために売り出している作品なのかなとだいぶ偏見を持って読み始めた。
けど、読み進めていくうちにこれは中々アイドルオタクの内面に迫っているではないかと引き付けられていく自分がいた。
別に自分が何かのアイドルに度はまりして、追っかけをした経験はないのだが、主人公のように生活の中心が完全に推しベースになっているアイドルオタクが何人か頭に浮かんできて、妙に彼らの生態を具体的に描いてるなと共感してならなかった。
そうそう、彼らは自分の推しの活躍を欠かさずチェックし、もちろん作品はコンプ、しかも観賞用と保存用もセットという謎仕様、しまいにはライブを全部追っかけ、関連商品を全部集める。
この狂気じみた推しへの貢ぎこそ推しへの愛への表現であり、推しへの全力の応援のようだ。
いやいや、なんとも壮大なエネルギーと金の無駄遣いだ。
いやむしろファンとしてはいかに無駄なことにエネルギーを捧げられるかこそが自分の愛の大きさを表現し、自分の愛を誇るのに重要なのだろう。
現代版のポトラッチも命懸けなのである。
だが、資本主義の世界で現代版ポトラッチに興じるのはあまりにニヒリズムだ。
費やしたお金とエネルギーは結局何になるのだろうか。
資本主義におけるファンの異常なまでの献身は究極的にはアイドル事務所、レコード会社へのそれこそ献金にすぎない。
どれだけの額とエネルギーを費やそうが、まず付き合うことはおろか、知り合いとしてコンタクトすることはない。
推しが卒業・引退してしまえば、それこそ今までの活動は何だったのかということになる。
推しはファンのたんまり貢がれたお金で贅沢な暮らしができる「大人」の階段へと昇ることができるのかもしれないが、貢ぎまくったファンはなにも報われることもなく、立派な「大人」にもなれず、もがき苦しむことになる。
ラストの推しの引退はアイドルオタクの虚しさが痛いほど表現されている。
ファンもある時点でこのような虚しさに気づくのかもしれない。
事実主人公は物語の中盤で自分が抱える矛盾に気づいている。
「あたしは徐々に、自分の肉体をわざと追い詰め削ぎ取ることに躍起になっている自分、きつさを追い求めている自分を感じ始めた。体力やお金や時間、自分の持つものを切り捨てて何かに打ち込む。そのことが、自分自身を浄化するような気がすることがある。つらさと引き換えに何かに注ぎ込み続けるうち、そこに自分の存在価値があるという気がしてくる。」p70
事態の恐ろしさに直面することができないから、とりあえず推しを推すことで自分は愛に満ちており、明日の希望を持った人間なのだと自己を肯定する。
といっても、肉体の悲痛な叫びを押さえつつの空回りした自己「肯定」にすぎないのだが。
もうこの空回りまくった主人公はいきつくとこまで行って、ようやく自分の肉体の重さ、苦しさに気づき、自分の人生を歩もうとする。
推しはしっかり卒業・引退できても、ファンには次のステップへの卒業・引退は用意されていないのである。
だから、主人公のように推しの引退後残ったものが高校中退、就職先未定という恐ろしいことになるのである。
アイドルのコンサートは理想の未来へ軽やかに飛び立つのかもしれないが、現実は厳しいのである。
別に人が何か憧れの対象を持つこと自体は別に健全な欲望なのだろうが、度が過ぎると冷や汗ものだということをこの小説は克明に描いている。
にしても、何よりも恐ろしいのはこの物語が家族関係をこじらせた心理的トラウマを抱えた人物に起こっているわけでないことだろう。
ということは、現代社会では若い子は何かのきっかけで推しに度はまりして、それこそ「推し燃ゆ」ということになりかねんわけだ。
文章が若者言葉を多用したものであり、ブログやメールの絵文字なんかも登場する作品ゆえ親しみやすく、深刻な感じを与えないのだが、消費社会の怪談話にしか僕には思えない。
つくづくアイドルとは明るいニヒリズムの極致であるなと思えてならないのである。
どうもオタク気質の人間だからアイドルが好きそうとか言われることがあるのだが(失礼ですよ!)、こんな分析をする人間はアイドルにはまれません。
AKBが世間を賑わしていたときも、一体何が起こっているんだと距離を取っており、前田の敦子が卒業しようが何しようがどうせみんなすぐ忘れるだろうと冷ややかでした。
僕には謎めいたAKBの狂乱を真面目に分析する社会学の本や前田の敦子の卒業会見時の言葉をもじった関連本の登場を見ているほうが世の中の流れが分かって興味深かった。
だが、真面目にこの一時のお祭りを分析本はどこまでいってもニッチな世界でのそれこそお祭りで、お祭りの当事者たちはその分析はどこ吹く風であった。
そんな中著者が小説という形で推しの狂乱祭りに参入したことで、消費社会の祭りはどこへ向かおうとするのであろうか?
芥川賞は祭りを盛り上げ、出版界を賑わせ、アイドルオタク業界にどのようなインパクトを与えるのであろうか?
アイドルオタクが本書を読むと「推し燃ゆ」してしまうのだろうか?
それにしても著者はハードなアイドルオタクだったのだろうか?
何か著者の過去に推しを燃やし、ヤバい未来を燃やし、立派な作家へと成長するきっかけでもあったのだろうか?気になるところだ。
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