まさかの


バックスペースキーの反乱により、


かれこれ3時間かけて書いた今年の残り半年の日記が消えてしまったので


これも運命と受け入れて、おとなしく今のこの気持ちを綴らせていただこうと思います。


僕らは握月というバンドをやっていて、


1人は歌を歌ってギターを弾く人


1人はベースを弾く人


そんな風に今はやっていますが


なんとなく来年は


ドラムを叩く人や


もう1人ギターを弾く人が加わった感じで


ライブハウスに現れる気がします。



今年は思い通りになったり

ならなかったり

いろんなことがあったけれど、


それはそれとして


今僕がしたいこと




大丈夫だろうなってちょっと思ってたりします。



やってみなければわからないってのは


僕も君も、あのスーパースターだって等しく同じだと思うし、


苦しくなったときは






















僕は漫画喫茶に行きます。









よいお年を。





こんにちは。

たくまです。

僕は「握月」というロックバンドをやっています。


メンバーは

僕(ギターと歌)

由宇さん(ベース)

の2人です。

知ってる方もいると思いますが、今年の春頃、去年まで正式メンバーとして
一緒にやっていたドラマーが、
今年の三月に辞めてしまいました。

その後、一ヶ月ぐらいで、
バジル君というドラマーの男の子が、握月でサポートで叩きたいと僕らに話しかけてきてくれて、

今年5月、新宿レッドクロスにて3人で初ライブを行いました。
(実はその二週間ぐらい前にも一曲だけのライブを3人でやっていましたが)

そのレッドクロスでのライブ後に色々話し合い、バジル君は握月の正式ドラマーになりました。


そして先日、7月13日に柏ALIVEにて、3人正式メンバー揃ってのライブを行いました。

出来栄えは、この3人でもっとやっていきたいな、と僕や、他の二人も思うような感じで楽しかったのですが、

3人でいろいろ話し合った結果、バジル君は正式メンバーではなく、サポートとして一時的に
握月のライブ活動に関わる形にしたほうが良い、ということになりました。

彼、バジル君は自分で作っている歌の世界があり、
いつかはそれを、自分以外の誰かと一緒に作っていきたいという夢があります。

握月でドラムをやりたい、というのは彼自身の意思でしたが、
遠い先のことや、
彼の持つ夢の事を考えたり聞いたりしているうちに、

3人で一番良いと思って出した結論がこれでした。


そのため、握月では、

将来、音楽を仕事にしたいと思っていたり、

音楽を仕事にしたいんだけれど、
それが握月のドラマーとして出来たら良いな、

と思っている、

そんなドラマーを募集しています。


自分で言っていても途方もない話だ、と思いますけど、

僕らが探しているのはそんな人です。


僕らはしばらくバジル君をサポートに迎えて、東京でライブをやります。

もしこれを見ているあなたがドラムを叩ける人で、

握月でどんな曲をやっているのか、

どんなライブをしているのか気になったら、

握月のライブの予約をメールやツイッターでする時に

「ドラマーです」
「握月のドラムに興味があります」

などと書いて予約してくれたら、
チケット代は無しでライブを見に来れるようにしようと思います。

ライブスケジュールはHPに載っています。
ぜひ見てみてください。
http://ameou1234.wix.com/akugetu


こんなふうにしてまた繋がれる誰かとの出会いを期待して
僕らはやっていこうと思います。

ちなみに、
サポートというと聞こえが良くない気もしますが、
バジル君は、とっても良いドラムを、握月で叩いてくれています。
僕と由宇さんは彼がいることで、刺激的に握月の日々を過ごせるようになりました。

ドラマーじゃなくても、握月のメンバーになりたいという人じゃなくても、
よかったらライブ見にきてください。
楽しいことはみんなで分け合いましょう。


それでは。







#2月

大雪で電車の中に閉じ込められて、おばあさんと仲良くなった。
夕飯を一緒に食べた。電車が夜になっても動かないので、おばあさんに2000円貸して、
僕は歩いて吹雪の中、家まで帰った。

翌日、おばあさんから電話がかかってきた。
「また会いたいねえ」
って受話器の向こうから聞こえてきて、
冬と春の入り混じった空気が肺に染みた。



#3月

ドラム、西田さんが握月を辞めた。
ライブが終わって一週間経った時にメールが来た。
その夜、部屋でぼーっとしてたら地元の友達から電話がかかってきた。
「父さん、今日、死んだんだ」
高校の時以来ぐらいに、長いあいだ電話でいろんなことを話した。
僕とあいつの時間が、今も同じように流れていることがすごく悲しくて、
でも、悲しいばっかにしちゃいけなくてって思うのに必死だった。

次の日、新幹線に乗って会いに行った。



#4月


ライブを僕と由宇さん二人だけでやった。「握月」として。
終わってからすぐに家に帰って、師匠に怒られた。
僕が傷つけて、ぞんざいに扱ってしまった人に電話して謝った。

「そんな事なんでも良いじゃないですか、
音楽、やりましょうよ」

そう言われて涙が止まらなかった。


#5月

バジル君っていう男の子が、大事なライブをサポートで叩くといってくれた。
僕と由宇さんは、今この瞬間が全てだから、みたいな事を言った(ような気がする)。


ライブを見ているお客さんは何を考えているのか
歌っている僕には分からない。

だけど
悲しいことが悲しくなくなったり、
悔しかったことが悔しくなかったり、

ただ大きくて揺るがないものにずっと心や体を預けて
全身全霊で生きてられるような感じになるのは
たぶん歌ってる時ぐらいしかない
そういう自分の気持ちはわかった。

バジル君と演奏している時に目があったので笑った。
そしたら彼も笑った。

由宇さんは目を閉じて一生懸命ベース弾きながら笑ってた(ような気がした)。



見ていて涙が出た、って言ってくれた人が一人いた。

なんの賞も取れなくてごめんね
ありがとう
がんばるからね。



#6月


久しぶりにライブハウスで会った人がいた。
久しぶりで、変わったような変わってないような感じだった。

「ライブ面白いですか?」
僕が聞いた。
「面白くねえよ、そういう気持ちでライブしたこと、俺は一度もないよ」

そうですか、って僕は言った。

「あいつらにとったら、一年かもしれねえ
でも、俺は30年我慢してきたんだ」

その人は続けた。

「この一年だ、俺はよ」

ライブが始まった。


その人は、
いつもどおりライブが終わって客席の電気がつく頃に
誰とも話さず、
振り返らず、
外に出ていった。

彼のうたう歌の、
歌詞のように。