#2月

大雪で電車の中に閉じ込められて、おばあさんと仲良くなった。
夕飯を一緒に食べた。電車が夜になっても動かないので、おばあさんに2000円貸して、
僕は歩いて吹雪の中、家まで帰った。

翌日、おばあさんから電話がかかってきた。
「また会いたいねえ」
って受話器の向こうから聞こえてきて、
冬と春の入り混じった空気が肺に染みた。



#3月

ドラム、西田さんが握月を辞めた。
ライブが終わって一週間経った時にメールが来た。
その夜、部屋でぼーっとしてたら地元の友達から電話がかかってきた。
「父さん、今日、死んだんだ」
高校の時以来ぐらいに、長いあいだ電話でいろんなことを話した。
僕とあいつの時間が、今も同じように流れていることがすごく悲しくて、
でも、悲しいばっかにしちゃいけなくてって思うのに必死だった。

次の日、新幹線に乗って会いに行った。



#4月


ライブを僕と由宇さん二人だけでやった。「握月」として。
終わってからすぐに家に帰って、師匠に怒られた。
僕が傷つけて、ぞんざいに扱ってしまった人に電話して謝った。

「そんな事なんでも良いじゃないですか、
音楽、やりましょうよ」

そう言われて涙が止まらなかった。


#5月

バジル君っていう男の子が、大事なライブをサポートで叩くといってくれた。
僕と由宇さんは、今この瞬間が全てだから、みたいな事を言った(ような気がする)。


ライブを見ているお客さんは何を考えているのか
歌っている僕には分からない。

だけど
悲しいことが悲しくなくなったり、
悔しかったことが悔しくなかったり、

ただ大きくて揺るがないものにずっと心や体を預けて
全身全霊で生きてられるような感じになるのは
たぶん歌ってる時ぐらいしかない
そういう自分の気持ちはわかった。

バジル君と演奏している時に目があったので笑った。
そしたら彼も笑った。

由宇さんは目を閉じて一生懸命ベース弾きながら笑ってた(ような気がした)。



見ていて涙が出た、って言ってくれた人が一人いた。

なんの賞も取れなくてごめんね
ありがとう
がんばるからね。



#6月


久しぶりにライブハウスで会った人がいた。
久しぶりで、変わったような変わってないような感じだった。

「ライブ面白いですか?」
僕が聞いた。
「面白くねえよ、そういう気持ちでライブしたこと、俺は一度もないよ」

そうですか、って僕は言った。

「あいつらにとったら、一年かもしれねえ
でも、俺は30年我慢してきたんだ」

その人は続けた。

「この一年だ、俺はよ」

ライブが始まった。


その人は、
いつもどおりライブが終わって客席の電気がつく頃に
誰とも話さず、
振り返らず、
外に出ていった。

彼のうたう歌の、
歌詞のように。