#8/17友達が子供を産んだ。
「そろそろ出産します」
って連絡は10日ぐらい前に来ていた。
友達は、ロッカーだ。
出会ったのは僕が学校から社会に向かう1年ぐらい前で、
楽器に付けるエフェクターとか作る会社の面接でだった。
なんかとりあえず音楽に関われる仕事に就きたいって彼女は言ってて、
免許証を見せてもらったら、モヒカンだった。
僕は「とりあえず普通の会社に入っても面白くなさそうだから受けた」
みたいなことを言ってた気がする。
その人は神戸から来ていたらしく、面接が終わったら高速バスに乗り込んでいった。
別れる直前に「そうだ、夏のロックフェス行きたいな!」
とか言ってて
僕は「そうだね、じゃあまた」
と言って別れた。
シュウショクカツドウをする学生は、
社交辞令、守る気のない口約束を別れ際に言って気持ちよく別れる処世術を身につけている。
それが大人になるためのステップだからだ。
で、そのあと僕は
結構いろいろあって
骨が折れたり
なんか毎日2、3時間ぐらいしか眠れなくなったり
怖くて人の目を見て話せなくなったり
急に息が苦しくなって立てなくなったり
とにかく面白い事が続いた。
で、高校の時の友達がそんな折に「夏のロックフェスに行こう」とメールしてきた。
二人で抽選に応募したら、チケットが4枚当たった。
そんで僕とその友達は当選したチケットの分だけ一緒に」行く仲間を探すことにしたが
見つからないったらありゃしなかった。
1日がんばってロックバンドを炎天下の中見て叫んだり走り回ったりするだけです!
僕とその友達すら少し途方に暮れていた。
そして、なんか僕の頭の中で、例の社交辞令を交わしたモヒカン就活学生が思い当たった。
「お誘いありがとうございます!ただ…その日は選考がありまして…」
ふふっと未来を予想しながら、笑いながらメールを送る。
ってな具合だった。
そして、
2009年の8月の某日、
僕らと、かろうじて誘えた同じ高校の友達と、
神戸からやってきたその子は
夏の三大ロックフェスの一つである、
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に向かうこととなった。
僕はもちろん寝不足だったり、
頭の中がとろけていたり、
自分が何者なのかよく分からなくなっていたけれど
「ロックが良い子でどうすんだよー!」
って叫んで、大勢の人たちを煽ったり、
「ここに立てた事が誇りです」
とか言ってる人を見たり、
なにかに祈るように目を閉じてギターを弾いたり
歌ったりする人たちを見たり、
そんで最後に
「ええねん!」
って叫んでいた関西弁のおじさんのステージを見終わった時に
たとえ、誰に「泣くなよボケ!」ってひっぱたかれて怒られても
ダメなんだろうなってぐらい涙が後から後から、
どこからこんな出てくるんじゃいボケがって風に出てきてしまった。
そんな風に泣いていたのは僕だけじゃなかったみたいで、
神戸から来たその子も泣いていた。
モヒカンにする人が涙もろいとかいう話ではなくて
きっと、何かを教えてもらった人間が泣いているんだろうなって思った。
僕を最初に誘った友達は突如号泣しはじめた二人の友人に、戸惑って訳がわからなくなり、とりあえず僕の肩を叩きまくった。
誰も一人ぼっちでいることは無いって言葉を
心のそこから欲している人間が、僕以外にもいることを教えてくれた
ロックっていう生き物に、生まれて初めて感謝した。
僕はその日を境に
なんとなくその日聞いた歌を寝付けない日はずっとパソコンで聞いていたり、
他にもその日見たバンドの曲を借りて聞くようになった。
そうやって少しずつ、
悲鳴をあげていたどこかが、だんだんと、
ゆっくり朝を迎える頃に、
静かになっていくようだった。
何も変わらなくても
何か変えていけるかもって気持ちで
安心して涙が出た。
神戸の友達はたまにメールをくれた。
「やりたいことが見つかるかもしれん」
「すごいね」
「まあー、うまくはいかんけどな」
社交辞令が出来ない友達は、あっちにぶつかり、こっちにぶつかり、右往左往していた。
でも決まって最後には
「まあ、ロックがあるから大丈夫や。ウルフルズ見られて本当嬉しかったわ」
みたいな言葉を、だいたいどっちかが言って締めていた。
「就職先決まった」
「おお、たくま良かったな! ぶっちゃけ私は決まっとらん!」
「でもやりたいことがある」
「なに?」
「バンド」
「おお!良いやん!組む仲間は?」
「いない」
「まじか!」
「でも、いつか絶対に見つける。それまで俺、一人で歌い続けるわ」
「そうか! まあ大丈夫やろ! なんかあんた乗り越えそうやし!」
「誰かの力になりたい。俺はあの日、ほんの少しだけ人生を変えてもらったから」
「がんばれ!」
その友達が出産する前に、
「握月」はスタジオに入り、
その時一番歌いたいと思った歌をみんなで演奏して、
ビデオに撮って、
今は福井に住むその友達の元に送った。
ずいぶんかかってしまったけれど、
僕はやっと仲間と出会って
歌うべきことを歌って
ほんの少し、クソまみれになった誰かの顔を
笑わせられる可能性が増えた。
「ROCKな心の子に育てます!」
うん。
その子が、将来バンドを組みたくなるようなすごい歌を
これからオジさんたちが頑張って演奏するからね。
