世界を変える



つもりなど無い。




#10/23

夕方から、
「新宿FNV」ってところで一人で歌う予定だった。

小雨が降った新宿の街をギターをもって歩いてたら、うす暗い地下への階段が僕とギターを待っていた。

楽屋のドアを開けると、同じようにその日歌う人たちがいて、
練習していたり、
誰かと携帯電話でやりとりしていたり、
色々だった。


「××さん、これでリスト回収しても良いんですか?」
「あ、すみません、私今日誰も来ないので、、」
そう言ってたのは他の出演者さんだった。
僕と同じか、下の歳ぐらいの女の子だった。
「わかりました。ではオープンまであと30分ありますので、それまで準備をお願いします」
その子のリストを受け取ったスタッフの人は奥に引っ込んでいった。
僕も、その日は見に来てくれる予定の人がいなかった。


僕らは待っている間、なんとなくライブハウスの外にいた。
「僕ら」って言っても、別に話もしなかったけど。
女の子は入口の壁に寄りかかってて、
他の出演者の人も、入口からそう遠くない場所でうろうろしていた。

僕らが見ていたのは、
車のヘッドライトに照らされた雨や
コンビニの看板や
僕らに無関心に歩いている傘の中の人たちだった。

僕は心の中で誰かに話しかけていた


「お前は、なにもしなくたって本当は良いんだよ」
「どうせなにも出来ないからね」

ライブハウスに入る直前、
入口に立っていた女の子がなにか独り言を呟いていた。

雨の音が遠くなった。


僕は歌った。
ギターを弾いて叫んだ。
新宿の暗い地下で叫んだ声には、何かをどうにかする力なんて、
別になかった。

僕を暗がりの向こうから見つめる、いくつかの眼。
きっと明日になったら、こんな日があったこと、どうでもよくなっているだろう

だったら、
今、この時を良くすれば良いんだよね?
そんなふうに、暗がりの向こうに
歌うように話しかけた。

30分たって僕は歌うのをやめた。


僕の次に、例の女の子が出てきた。
その子の歌も、新宿の地下室に響く歌だった。

「昨日、とても落ち込むことがありました」
1曲歌い終わって、その子はギターを置いて話し始めた。
「私にあるものなんてちっぽけだって思い知らされたような気がして、今日もそんなことを歌う前にずっと考えていました。
でも、やっぱり考え直して

私には今出来ることが、やりたいことがあって、それを精一杯全力でやり続ける、
それで良いんだよね?
って、
そう思ったんです」

低いステージの上で
女の子は僕の方を見て、泣きながら笑って頷いた。

スポットライトの中でまた歌い始めたその子にも
僕にも
あいつらが期待するような言葉は作れやしない。

ただ、それでも一つ言えることは、
ステージの上と
ステージの下で

僕や君は今日みたいにまた笑い合えるだろう。

音楽で。



#10/11


間違ったことはもうしたくない。
それは、年齢が経てばより思う事だったりする。

よりしたたかになって、多少利己的になっても、自分に害がないように立ち回りたい。
そう思う気持ちは僕も同じである。

それでも、これは例えば間違いだったとしても、
した方が良いなと思うこともある。


職場で後ろの席の、僕からしたら少し歳がはなれたお姉さんぐらいの歳の女性がいる。

いつも何故か、ことあるごとに飴やらチョコやらをくれて
なんか子供になった気分になるのだ。


(女性の方でこの先の文章を読んで、気分を害される方がいたらごめんなさい。
でも、ちゃんと書かないと状況を理解していただけないと思うので、
あくまでも必要なことだと思って書きます)


その人は、異性の人からモテたり、好かれたりするような風の女性ではない。

それを分かってて、その人に男友達みたいな感じで接したりして、普通に失礼な感じの事
を言う先輩もいた。

その人は決して泣き寝入りするわけでもなく、全く負けじと言い返したりしている。

小学校、中学の教室であるような光景は、
会社のオフィスでもあるんだな。
それを見て、今まで作業服を着て現場作業員の仕事しかしたことのない僕は思った。

その日も僕は、なんか普通に働いていたら、

「たくまくん、これどうぞ」

と後ろから、その人がのど飴をくれた。

僕はなんかお礼をはっきり言ったんだかどうか分かんない感じで曖昧に頷いていた。


そして定時が近づいてきた頃、ふと思ったことがあった。

なんかこれ、僕にとって当たり前になってないか?

すごく当たり前の様に優しさを受け取って
当たり前の様に笑いかけてもらったり
全然自分でそんな風にしてたつもりはなかったのに、

いつの間にかその人がそうしてくれる事が、
僕にとって空気がいつでも吸えるみたいに当たり前な事になっていた。


でも、それは全然勘違いで
その人は「そうしようとして」そうしているんだ。

誰だって、誰かに優しくしようとして、
実際に優しく出来ているかっていうと、たぶんそんな事はない。


いつも悪ふざけを言われたり

小馬鹿にされたり

どうしてか分からないけれど、
そんな目にばかり会っても腐ることなく、そういう風に出来る人がいる。

そんな立場に立った時の僕は、
喚き散らしたり、逃げたり、人のせいにして色んなものを失った。


なんかしなきゃ、と思って何か出来たこと。
それがどれだけあるのか。


売店にきた僕は、始めて職場の地下の売店が16時までしか空いてないことを知った。

買いたいものは基本いつも家の近くで買ってから出勤しているのだ。

どうしよう、と思っても、
のど飴と、差し出された手に準するものが僕には無い。
金で解決したくても、
もう40分も前にそのチャンスを逸してしまった。

仕方なく自分の机に戻ってきた。
その人は頑張って自分の仕事に没頭していた。

それでも何とかしたいと思いながら、結局終礼になった。

それが終わってから、その人はごみ捨てに行った。
僕の職場は、女の人だけ終礼あとにごみ捨てに行くルールがある。
僕の隣の方も、同じようにごみ捨てに行った。

その時に僕は、
頑張って何かしたいと、思いながら、

のど飴の包みを持って、その人のところに近づいた。

「あの」

その人は、え? と僕を見る。


「喉がほんと、調子悪くて困ってて、これ本当に助かりました、ありがとうございます」


僕は、たぶんそうやって誰かを今まで困らせてきたんだろうな、と思う。

「」

その人がなんて言ったのかは覚えていない。

たぶん、ありがとう、とか、どういたしまして、
っていう、普通の言葉だったと思う。


表情はよく覚えている。多分一生忘れない。

いつも見ていた、他の先輩とふざけている時の顔じゃない、

心の底から柔らかくなっているような表情だった。


「……たくまさん、それを言うために、わざわざ?」

一部始終を近くで見ていた別の先輩がきょとんとしている。

僕はとまどい、

「あ、えーっと……」

と、のど飴の包みを見せた。

「あー……ついで、って事ですか?」

「えー……はい」

「……どっちがですか?」

僕が答える前に、横から元気の良い声がした。

「それがだろ?!」

その人は、のど飴の包みを指差し笑っていた。




#9/8


池袋では、夕方から雨が降っていた。


「池袋Adm」というライブハウスで握月のライブをした。

疲れたけど、久しぶりに会う友達とか

前から握月を見せたかった友達とか

その日始めて握月を見るのに、なぜか写真をいっぱい撮ってくれる人とか
なんかいろいろな人たちの前で歌っていた。

今回は僕のギターの弦は切れなかった。


「高架線の歌、好きだよ」

見に来てくれた友達がそう言ってくれた。

僕らにこの歌を作らせたのは、どうしよもなく最低で
良いこと無しに近かった青春の日々。

ありがとうね。


店長の豊島さんという人はアフロだった。

眠そうな目で笑ってて、また来なよ、って言ってた。

次出るときはもっと良くなってやる。



お店を出る頃には雨が止んでいた。


明日からまた仕事かー、と思ったらげんなりしたけれど、

雨で潤った街の灯りやアスファルトや車のライトを見ながら、

4人とも、なんとなく笑いながら帰路に着いた。



#9/21


田舎から友達が会いに来た。

秋葉原でうだうだと缶詰しか置いていないバーで、
やきとりを摘み、ビールを飲みながら喋った。

そのうち、缶詰しか置いていないそのお店が嫌になって、
もうひとり、田舎からこっちに来て働いている友達に電話をした。

最初は出なかったけれど、しばらくしたらあっちから電話が来た。
「ひさしぶりじゃん」と、懐かしい声。
後ろでは女の子の声。

「だいじょうぶ?」

「大丈夫」

「飲まない?」

「良いね」

そんで、その友達と一緒に、そいつの住んでいるとこの近くの、
お酒を呑むお店が多い街に電車で行った。

着いたら、どこのお店も赤ら顔の人達がワイワイと溢れていた。

そいつはまだ着いてないのでしばらく友達と待った。
繁盛している餃子屋さんの近くでまちぼうけ。

しばらくすると電話が来た。

電話で言われたとおりの、踏切の前に歩いていった。

電車が横切ったあと、そいつがとことこ僕らに向かって歩いてきた。

「ひさしぶりじゃん」

いっぱい話せるとこがよいので、美味しくて席の少ないお店に入るのはやめた。

名前をあまり聞いたことの無いチェーンの居酒屋で、3人で赤ら顔で談笑。

昔の話がいっぱい。

今の話もいっぱい。

これからの話もいっぱい。


「12月よろしくな」

うん、と言ってそいつと夜の帰り道で別れた。
僕と田舎からきた友達は、そいつの結婚式に12月に行く。

終電がないので歩いて家に帰った。

「微妙に腹が減った」

と呟いた友達の為に、家の近くの安いラーメン屋に入った。

家に帰って缶ビールや缶チューハイを飲んで話をした。
その友達も彼女とそのうちいつか、みたいな話をした。

悲しい話も聞いた。

彼を支えている女の子や、田舎の彼の友達のことを想像した。


その友達が眠ったあと、枕に頭をうずめて、僕が普段歌っている歌の事を考えた。

さっきまで聞いていたゆらゆら帝国の「空洞です」という曲が頭の中をぐるぐる。

いつ眠ったのか覚えていない。