最下位ひとりぼっち 2 | ジャズと密教 傑作選

ジャズと密教 傑作選

空海とサイババとチャーリー・パーカーの出てくるお話です

(前回の続き)

― 熱は?

― さあ。

― とぼけるな。君は仕事柄あちこちで検温してもらえるだろ。

― 頼んじゃいないよ。それに、なんだあれは。いきなり頭に変なもの突き付けて。撃ち殺されるのかと思った。

― ははは、それは嘘だろ。弾は出ない。せいぜい水鉄砲だな。

― 測って熱があったら鉄砲の水で冷やすのか。

― ははは、うまいね。

― あれね、測るたびに数値が大きく違うの。

― ほう。

― 36.8°もあった時は暑いせいかと(真夏だった)思ったけど、測るたびにぜんぜん違う。一日のうちでも5度台だったり6度台だったり。

― そうなのか。

― まるで変温動物にでもなった気分だ。気温との相関関係はないけどね。

― いや、機械の方で気温と相関関係があるのかも知れない。

― なるほど。測っている場所の気温に影響されるということか。

― まあ、非接触型簡易体温計の精度はそんなところか。

― 正しく測れないなら意味がない。

― 技術的なところは仕方がないし、それに37.5°の線を超えたり近づいたりしなければいいわけだから。

― そこなんだけど、あの機械、実は37°までしか測れないって噂だよ。

― それこそ嘘だ。

 

多分みんな信じていない。そういうことを気にする人ほどあんな機械なんて信用していないけど、なによりも面倒だから異常値なんか出ない方がいい。自分のところで発覚して欲しいことじゃない。そう思っている。

 

指示のまま、出た数字をただ欄に記入する。意味のよく分からない作業項目がひとつ増えただけだ。防がなくてはという意識からは遠い。一事が万事そのようなことなのではないか。

 

決められたことはやっていますよという責任回避主義だと実効性は疑わしい。マスクもアルコールも検温もなんとかディスタンスも。

 

これこれをきちんと履行してさえいれば大丈夫などと誰が言った。政府広報か行政担当者か。言いなりであれば隙が生まれる。そうして淡々と感染を広げていく。もう誰が感染しているんだかいないんだか。

 

初めはえらいこっちゃと緊張していた異常な事態の認識もしばらく経つと慣れ、飽きてくる。気を付けなくちゃと言っていたはずがGo Toとか扇動されるや楽しんで来ますなどと無防備に浮かれ始める。

 

しかしながら、こんな庶民の行動原理のようなことだってバッタの大群と違って相手は目に見えないのだから仕方がない。色の付いたウィルスが向こうの方からバッタのように飛んでくるのが見えたら誰ひとり外に出るなんてやつはいないだろう。

 

見えないものは無いとでも思うか。出掛ければそこかしこに敵は漂っている。分かっているはずなのに目に入らないゆえ決死の突撃も平気でやってのける。まあ、人の感覚とはそんなものか。

 

― 未知であり物理的にも不可視の存在を相手に右往左往しているわけだ。

― その右往左往に乗じて利権を確保拡大しようとする連中がいる。

― その話になると力が抜けるよ。

― 同感だ。

― 実は物を持ち上げるのに力が入らないんだ。

― そっちの話か。感染してるんじゃないか

― すぐに疲れちゃうし。

― 感染してるな。

― そうか。せめて年のせいにして欲しかった。

― ・・・・。