ビ・バップの誕生 | ジャズと密教 傑作選

ジャズと密教 傑作選

空海とサイババとチャーリー・パーカーの出てくるお話です

(2012.2.19)


2度3度と足を滑らせながらなんとか起き上がるとチャーリーは足下のぐったりと伸びきった、たった今、生涯を終えたかえるの姿を見た。

「ああ、なんてことをしちまったんだ」チャーリーはマーマデュークの目を閉じた小さくも偉大な体を抱きかかえて帰宅すると、鍋に湯を沸かしてマーマデュークをそこに放り込んだ。せめて供養のために食ってやることにするよ。かえるの肉は血行にいいっていうしな。そう言いながら、鍋に野菜と調味料を加えた。はて、血行にいいのはみみずの方だったかな。そう考えながらチャーリーは鍋をかき混ぜた。

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見違える演奏だった。メロディ・ラインは斬新で、随所にシンコペーションが置かれ、リズムのうねりを呼んだ。今までにないハーモニー感覚が、コードの流れを美しく表現した。会場に響き渡った音色は艶やかで張りがあった。

ついしばらく前に泣きそうな顔で逃げ出して行ったあの若造の演奏とは思えなかった。別人ではないかと皆が何度もチャーリーの方を見た。間違いない。忘れるものか、あの日の出来事を。

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見ない顔だった。初めて楽器を持ってそこに現れたその若者はおどおどしながらステージに上がり、自信なさそうにぼそぼそとアルト・サックスを吹き始めた。どうだろう、少しは認めてもらえるだろうか。そう考える間もなく、チャーリー・パーカーはこの上ない残酷な仕打ちに打ちのめされることになった。

その場の皆が笑い出し、演奏は途中で止まった。ドラムを叩いていたジョー・ジョーンズはシンバルをチャーリーに向けて投げつけた。
「おい小僧、遊びでやってるんじゃないんだ。邪魔をするならとっとと帰れ」
若者は下を向いて涙を隠し、足早に店を出て行った。もう二度と来ることはないだろう。誰もがそう思った。

打ちひしがれたチャーリーは、家に閉じこもった。あるとき、近所の原っぱに出かけて行き、寝ころんで空を眺めていた。田んぼのかえるがうるさかった。


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彼のソロが終わると割れんばかりの拍手が起こった。彼の次のアドリヴ奏者は少しやりにくそうに演奏した。曲が終わると、ジョー・ジョーンズが駆け寄ってきた。「おい、シンバルにサインをくれないか」
モダン・ジャズの歴史にビ・バップの誕生した瞬間である。

チャーリーは呟いた。マーマデューク、お前のおかげさ。