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昔のドラマのロケ地を探そう!

懐かしい昔のドラマのロケ地を探して紹介しています。

第2話より。良介(明石家さんま)は美樹(岩崎宏美)に釣りをしたいと電話をかけるが、釣り船が休みだったため、逆に美樹が良介を飲みに誘う。

飲んだ後に繁華街を歩く二人。

1987年

 

ここは川崎市川崎区のJR川崎駅東口にある仲見世通り商店街。

二人が歩いていたのはこの辺り。正面はJR川崎駅方面になる。ここにあった「仲見世」の文字が入ったアーチ看板はなくなっているが、東口駅前広場側にはまだ残っている。

2022年

 

 

背後は国道15号第一京浜方面。

1987年

 

たまたま男と飲んでいた一枝(手塚理美)が2人を見かける。

1987年

 

一枝の頭上に映っていた居酒屋の看板が現存。

2022年

 

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第1話より。木更津から東京の勤務先にフェリーで通っている良介(明石家さんま)は、隅田川にかかる清州橋の上で偶然釣り船に乗った美樹(岩崎宏美)に声をかけられ、川崎港のフェリーターミナルまで送ってもらった。

 

フェリーを待つ間雑談をする二人。

1987年

 

1987年

 

ターミナル内の歩道橋の上で美樹は良介を釣りに誘う。

釣舟宿の名刺を渡す美樹。

1987年

 

 

このフェリー乗り場は川崎区浮島町にあった日本カーフェリー浮島ターミナル。東京湾アクアライン開通により、川崎~木更津間の運航は廃止、その後 2005年にはすべての航路が廃止になったため、現在は物流センターとなっている。
なお、近くにはアクアライン経由で木更津行のバスも発着している浮島バスターミナルが出来ている。
2022年

 

2022年

 

当時の航空写真より、赤丸内が日本カーフェリー浮島ターミナル。赤点部分が3枚目画像の二人がいた歩道橋の上。

 

現在の航空写真。

 

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第1話より。前に住んでいたマンションの管理人から郵便物が届いていると電話がかかってきたため、受け取りに行く良介(明石家さんま)。正面が良介が住んでいたマンション。このマンションは前作の男女7人夏物語で良介が住んでいるマンションとして登場している。

1987年

 

2020年

 

 

久しぶりにこの辺りに来たため、現在アメリカにいる桃子(大竹しのぶ)が以前住んでいたマンションの前を通りかかった。

1987年

 

2022年

 

 

橋の上で桃子のことを思い出しながら夜景を見つめる良介。

1987年

 

清州橋より、正面に見えている橋は隅田川大橋とその上を通る首都高速9号深川線。

2022年

 

 

突然隅田川上の釣り船から美樹(岩崎宏美)が良介に声をかける。

1987年

 

現在の護岸と階段。その背後のマンションは良介が以前住んでいたマンション。

2016年

 

 

美樹は木更津に帰る良介をフェリーが出ている川崎まで送った。

1987年

 

背後の橋は清州橋。

2016年

 

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第1話より。

貞九郎(片岡鶴太郎)の知り合いの紹介で、貞九郎と良介(明石家さんま)、俊行(山下真司)の三人は、美樹(岩崎宏美)、一枝(手塚理美)、ひかる(岡安由美子)の三人と野球場で待ち合わせをする。

1987年

 

お互い同士を知らないためスタンドにそれらしい三人組がいないか探す六人。

 1987年

 

1987年

 

1987年

 

川崎球場は2000年3月に閉鎖改築され、2001年からアメフトや軟式野球をメインにした現在の施設「川崎富士見球技場(富士通スタジアム川崎)」が、順次営業を再開している。

 

当時の航空写真より。赤点Aが良介たちが座っていたところ。Bが美樹たちが座っていたところ。

 

現在の航空写真。

 

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大泉サロンの続きです。

周辺を詳細に紹介しようと思ったのですが、大泉サロンについては、当事者同士のいろいろな事情があるので(詳しくは「大泉サロン」で検索してください。)場所が特定できた最低限だけを書いておきたいと思います。

 

書籍やネットの情報からいくつかの場所にしぼり、1972年の住宅地図で確認したら、載っていました。

「竹宮」そして、右下斜め向かいに「増山」とあります。地図の右上隅に鉄塔の記号もあります。

 

 

 

 

「念願の共同生活の場は、増山さんの自宅から徒歩30秒。道を隔てた、斜め向かいにあった。それを始めて見たときのショックは忘れられない。まず間違いなく築30年以上は経っている外観だった。のちに『大泉サロン』と呼ばれるこの長屋にはアパート名さえもなかった。この名もなきオンボロ長屋からすべては始まったのだ。」(竹宮恵子著「少年の名はジルベール」より)

 

表示が「竹宮」になってますが、竹宮さんが萩尾さんを誘った形での共同生活なので賃貸契約は竹宮さんで結び、表札や郵便受けの表示も「竹宮」になっていたのではないでしょうか。(住宅地図の表示は調査員が踏査で表札や郵便受けの表示を見て確認しているそうです。)

(中川右介著「萩尾望都と竹宮恵子 大泉サロンの少女革命」の中でも、「家主ではあったけど、出入りについてはチェックしてないし、ほんとうに自由なコミューンみたいな感じでやってました。(1997年の竹宮さんの語録)」と、「家主」と発言していることが紹介されています。

 

1975年1月の航空写真より。大泉サロン、右下が増山さんの実家。全体の航空写真を見るとまわりはほとんど畑です。

 

 

現在の航空写真。2軒ともすでに建て替わっています。特に大泉サロン跡地の建物は少なくとも2度目の建て替えが行われています。増山さんの実家があった右斜め上に2軒対角に民家がありますが、これは当時の頃から現存しているものです。その先に鉄塔が映ってますね。

周辺は住宅が建ち並んでいますが、一部畑は残っています。また画像には映っていませんが、下側(南側)にはバス停から大泉サロンに向かうため、当時彼女たちが歩いたキャベツ畑の中の一本道が現在も農園の中に残っています。

 

 

こちらが当時、「キャベツ畑の中の一本道」として語られている通路で現在も残っています。

(萩尾望都著「一度きりの大泉の話」)に、「バス停を降り、畑とキャベツ畑の道を10分ほど歩くと住宅地で、そこが長屋、住まいでした。1971年の秋にキャベツ畑の道で子猫を見つけました。目も開いていません。ピーピーと泣いています。拾って帰りました。皆、飼うのを賛成してくれました。『バタ』と名づけました。」という記述があります。まさにその道ですね。

 

キャベツを始めいろんな作物が栽培されているようですが、現在は通常の畑ではなく、体験農園となっています。当時はこの通路を進むと最初にある民家が増山さんの実家で、現在は手前側の当時キャベツ畑だったところに多くの民家が建っていますが、当時は増山さんの実家も左側に映る民家のように見えていたのだと思います。

 

「2階の増山さんの部屋のベランダの窓を開けると、遠くの常緑樹の木立と、家の前に広がるキャベツ畑がみえました。へぇ、都会の東京にも広いキャベツ畑があるのだなあ、大泉っていいところだなと思いました。『一度きりの大泉の話』」にも書かれています。

 

 

大泉サロンと呼ばれた二階建ての二軒長屋の建物について、竹宮さんが「それを始めて見たときのショックは忘れられない。まず間違いなく築30年以上は経っている外観だった。『少年の名はジルベール』」と述べているように、当時出入りしていた多くの方がかなり古い建物だったと語っており、もしかしたら戦前に建てられた建物かもしれないと思っていましたが、意外にも古い航空写真で確認する限り、共同生活を始めた当時はまだ、築数年ほどしか経っていなかったようです。

 

1963年6月の航空写真より。1970年に二人が共同生活を行う7年前のものです。建物どころか道路もまだきちんと出来てないようです。どうして数年でそんな劣化したのか謎ですが。

上の現在の航空写真に映っている増山さんの実家の斜め上の、鉄塔との間の2軒の民家がこの頃も存在していたことが確認できます。

久しぶりの書き込みが、ドラマロケ地ではなくて申し訳ありません。

ちょっと気になった場所があったので探してみました。

 

ファンやマニアの間では「大泉サロン」、「女性版トキワ荘」と呼ばれている、伝説のアパート。

漫画家の竹宮恵子さんと萩尾望都さんがデビューしたての頃、萩尾さんのペンフレンドだった増山法恵さん(のちに竹宮さんのブレーンとなる方)の実家斜め向かいあった二階建ての二軒長屋の片方で1970年から1972年までの二年間共同生活を行い、同年代の他の女性漫画家やそのたまごたち、そしてファンや編集者が出入りしていた場所です。

書籍やネットなどを調べると、場所は西武池袋線大泉学園駅からバスで10分ほどにある練馬区南大泉の小関バス停から徒歩1分から10分程度とバス停からの距離は情報によってまちまちですが、広大なキャベツ畑の中にあり、近くには鉄塔があったということは共通しています。

しかし、大泉サロンのあった実際の場所は新しい道路が出来、民家が立ち並んでしまっていて全く分からないというものばかりです。そこでいろいろ調べてみたら、具体的な場所を特定できました。

 

 

ここが大泉サロンと呼ばれた2軒長屋のあった場所で、別の民家へと建て替わっています。

7年前の画像では別の建物が映っているので、この民家は2度目の建て替えを経たもののようです。

背後に鉄塔が映ってますね。

2022年

 

こちらは斜め向かいにあった増山さんの実家あとに建っている現在の建物。

表札も「増山」ではありません。

周辺は住宅が建ち並んでいますが、左側道路突き当りにまだキャベツ畑が広がっています。

2022年

 

特定までの経緯を記事にして近いうちにUPしたいと思います。

 

第5話より。陽太郎(砂塚秀夫)は社長の春野(奥村公延)に頼まれ、一人娘の夏子(児島美ゆき)を自宅で預かるが、夏子は陽一(小林文彦)と百合(安東結子)が持っているポンポコ玉に興味を持ち、何か秘密があると何かと2人を探り出す。

 

そんな夏子をからかってやろうと2人はポンポコ玉を使って夏子と陽一を入れ替えるいたずらを企んだ。

 

入れ替わったことに気付かず外出する陽一に入れ替わった明子と後を追う百合と夏子に入れ替わった陽一。

1973年

 

ここは横浜市緑区桜台の商店街。右の店舗が入居しているのは桜台ビレッジ2ブロックで店舗はすべて入れ替わっている。

2019年

 

 

1973年

 

背後に映っていたガソリンスタンドは当時の日本石油桜台給油所で現在はマンションになっている。また、その背後の集合住宅は公社桜台団地。

2019年

 

 

鏡に映った自分だと知らず陽一がいると思い、近づく夏子。

1973年

 

鏡があった店舗は和装小物店の増美屋で現在は幼児向け学習塾となったている。

2019年

 

 

夏子に入れ替わった陽一を見て、自分が2人いると、びっくりする陽一に入れ替わった夏子。

1973年

 

百合と夏子の背後に映っていたのは当時のスーパー「ホームマート」建物は同じだが、現在はオーダー家具店になっている。

2019年

 

 

自分が2人いるとあわてて逃げて行く陽一に入れ替わった夏子。

1973年

 

2019年

 

 

第12話より。いつも明子(小林千登勢)の尻に敷かれている陽太郎(砂塚秀夫)のため、陽一は明子に入れ替わり優しくしてやろうと、百合に協力を求める。

明子の買い物に同伴した百合は明子と陽一を入れ替えさせるため明子の買い物かごにこっそりポンポコ玉を入れた。

 

かごの中のポンポコ玉が突然光りだしたためビックリする明子。

 

こちらは桜台ビレッジ1ブロック前

背後に映っていた中華料理店「裕美」は現在は進学塾となっている。

2019年

 

 

明子が光ったポンポコ玉にビックリして買い物かごごと投げ捨てたため、それを拾ったタカ子(塩沢とき)が陽一と入れ替わってしまった。

 

陽一と入れ替わったタカ子。

1973年

 

右側に映っていた店舗は寝具店の「かめや」。現在は喫茶店となっている。

2019年

 

 

第14話より。陽一と百合は中華料理店の前で子供がうずくまっているのを見かける。

1973年

 

2019年

 

 

中華料理店の前でお腹をおさえてうずくまる詐欺師の尾上(品川隆二)の息子、大五郎(内海敏彦)。

 

この中華料理店も11枚目の画像と同じ「裕美」。現在は進学塾。

2019年

 

 

大五郎に事情を聞く2人。

1973年

 

1973年

 

上2枚の背後の店舗は喫茶店の「チェリー」。現在は整骨院となっている。

2019年

 

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第12話より。いつも明子(小林千登勢)の尻に敷かれている陽太郎(砂塚秀夫)のため、陽一(小林文彦)は明子と入れ替わり優しくしてやろうと考えた。

 

陽一に頼まれた百合(安東結子)は買い物に出かける明子に同伴しこっそり明子の買い物かごにポンポコ玉を入れる。

階段を降りる百合と明子。

1973年

 

この階段は横浜市緑区桜台にあるもので当時のまま残っている。

 

 

陽一と百合が何か企んでいることに気付き尾行してきたタカ子(塩沢とき)から逃げる百合と訳が分からず一緒に逃げる明子。

1973年

 

2人が隠れていたのはこの階段の下になる。

2019年

 

 

第14話より。詐欺師の親子、尾上(品川隆二)と大五郎(内海敏彦)の作り話に同情して涙を流す百合。

1973年

 

ここも同じ階段。

2019年

 

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河井邸と立花邸の向かいの空き地は頻繁に登場する。

第1話より。引っ越しで出たごみを燃やすため空き地にやって来た陽一(小林文彦)と百合(安東結子)。

1973年

 

1973年

 

百合はゴミの中から汚いぬいぐるみを見つけた。実はこのぬいぐるみこそ不思議な力をもった謎の生き物「ペケペケ」だった。

二人はペケペケから青と赤の玉をそれぞれもらうが、その玉を使うとお互いの体を入れ替えることができるという不思議な玉だった。

1973年

 

第3話より。近所の子供たちと野球をする百合。

1973年

 

第4話より。ポンポコ玉の秘密を探ろうと空き地から潜望鏡で河井邸と立花邸を覗くタカ子(塩沢とき)と夏子(児島美ゆき)。

 

現在の空き地跡。ここは町田市内の住宅地。

住宅が立ち並び当時の面影は全くない。

2020年

 

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第2話より。授業中、百合(安東結子)にいたずらをして担任に怒られたゴンタ(樋田康)は逆恨みして、放課後に百合を懲らしめようと探していた。

 

陽一(小林文彦)に事情を話し体を入れ替えてくれと頼む百合。

1973年

 

百合を探しているゴンタ達。

1973年

 

ここは川崎市宮前区土橋の道路。まだ空き地が多かったこの辺りは民家やマンションが立ち並んでいる。

2015年

 

 

1973年

 

2015年

 

 

二人はペケペケからもらった玉を使い体を入れ替える。

1973年

 

2015年

 

 

入れ替わるシーンを目撃し驚くタカ子(塩沢とき)。

1973年

 

2015年

 

 

百合を見つけたゴンタたち3人。ちなみに真ん中は子役時代の元ずうとるびの江藤博利。

1973年

 

2015年

 

 

百合が入れ替わった陽一は3人をやっつけてしまう。

1973年

 

2015年

 

 

3人をやっつけたシーンを目撃し陽一に好意を持っているルミコ(飯村美代子)が駆けつけてきたが、陽一の中身は百合のためルミコが誰だかわからない。

1973年

 

背後の民家やマンションは全て建て替わっている。

2015年

 

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