呼吸が浅くなる。

 胸の奥が、ひとつ多く脈打つ。


 向かいのマンションの窓。

 その奥でスマホを掲げる影があった。

 光の反射のせいで、輪郭は曖昧だ。


 だが――確かに“誰か”がこちらを見ていた。


 主婦は震える指でカーテンを少しだけ閉じ、

 ベッドの端に腰を下ろした。


 スマホの画面には、先ほどの通知。

《見ていた》

 

 誰が?

 いつから?

 何を?


 問いが浮かぶたび、心臓が強く痛む。


 夫が残していったタブレットを開くと、

 自動ログインされたままの監視アプリが

 静かに光った。


 “まだどこかで動いている。”


 そう思うと、足元から冷気が這い上がるようだった


 アプリを起動すると、

 薄暗い映像が画面にじわりと浮かんだ。


 廊下。

 玄関。

 リビング。

 そして――寝室。


「……え?」


 主婦は息を飲んだ。


 寝室の映像に、

 “今、この部屋にいる自分”が映っていた。


 ただし――

 それは、ほんの数秒前の自分でも、

 鏡に映った姿でもなかった。


 どこか角度が違う。

 部屋のどこにも存在しない位置から撮られた映像。


 “ありえない視点”。


(これ……誰が見てるの?)


 喉が渇く。

 手が震える。


 画面の端に、見慣れないアイコンが点滅した。


 《第三者アクセス》


 知らないメールアドレス。

 知らない端末名。


 レンズ越しに自分を覗き込む、

 見えない“誰か”の気配がした。


 その瞬間――。


 アパート全体が、小さく揺れた気がした。

 風でも地震でもない。

 もっと近く、もっと個人的な“揺れ”。


(やめて……やめて……)


 胸の奥が叫んでも、画面は止まらない。


 映像の中の自分が、

 ゆっくりとカーテンへ歩いていく。

 まるで、

 “鏡の向こうの誰か”に導かれているようだった。


 カーテンをそっと開ける映像の自分。

 現実の自分も同じようにカーテンをつまんでいる。


 その動きが――完全に重なった。


 映像の奥で、

 向かいのマンションの窓の光が再びついた。


 誰かがいる。


 その誰かは、

 自分と“同じタイミング”でカーテンに触れた。


 ――鏡越しに、自分が別の誰かになっているよう  に。


 主婦は思った。


(私……見られてるの?

 それとも――“見させられている”?)


 そのとき、タブレットの画面が暗転し、

 一行のメッセージが浮かんだ。


 《次は、あなたの番です》



📩次回予告


封筒を追う視線。

監視する者と、監視される者の境界が揺らぎ始める。


そして第10話――

少女の“もうひとつの罪”が、ついに姿を見せる。


👄影の正体を語るのは、

 鏡のこちら側か、向こう側か。