(ネタバレあり)
ドラマは西暦996年です。「長徳の変」の続きです。

定子(高畑充希)が髪をおろしたことは内裏に広まり、一条天皇(塩野瑛久)はショックを受ける。

任地に赴くことを拒み逃亡する伊周(三浦翔平)を実資(秋山竜次)らが捜索し、やがて発見するが、出家したため任地に赴けないという。しかし出家していないことを見破られ捕らえられる。

母(板谷由夏)も共に出立するが、それは一条天皇から中止させられる。

ききょうは定子のおそばにいることを望むが、定子に拒否される。

二条邸に火をつけ、定子が死のうとするが、ききょうに止められる。

道長が左大臣、実資は中納言に昇進する。

懐妊した定子を守ることができず落胆するききょう(ファーストサマーウイカ)を励ましたいまひろ(吉高由里子)は、中宮のために何かを書いてはどうかとアドバイスする。
ききょうが「春はあけぼの」と書き始める。
その書き物を定子が読んでいる。

ドラマでは定子のために枕草子が書き始められたとされている。
ききょうは「献上された紙を使って枕詞を書かれたらいかがでしょう」と言う。

越前へ旅立つ日が近づき、まひろは道長(柄本佑)に文を送り、道長に会う。
中宮様を追い詰めたのは道長様ですかと、宣孝に言われたことを問いただす。
道長は「そうだ、だから何だ」と答える。
それよりその後にお別れ記念チョメチョメをしたのかな?


紫式部も父と一緒に越前へ行き、そこで周明(松下洸平)と出会う。
何のために周明という宋人がでてくるのだろうか?


【枕草子の執筆動機および命名】
ドラマではまひろに勧められ、定子のために書き始めた。そして枕草子のあとがきの跋文(ばつぶん)にある「枕」とは枕詞と結論付けている。

枕草子のあとがきというべき跋文(ばつぶん)において、
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宮の御前に、内の大臣の奉りたまへりけるを、「これに何を書かまし。上の御前には史記といふ文をなむ、書かせたまへる」などのたまはせしを、「枕にこそは侍らめ」と申ししかば、「さは得てよ」とて給はせたりしを、……
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と書かれている。

これを素直に解釈すると、
中宮(定子)が、内大臣からもらった上質な紙に「何を書こうかしら?」と清少納言に相談し、「一条天皇は史記を書き写してるようだけれど……」と。それに対して清少納言が、「それなら枕でございましょう」と答えたのです。
すると、「ではあなたにあげるわ」と中宮は紙を清少納言にくださった。
となります。

これをきっかけに、清少納言は枕草子を執筆したというのが定説ですが、この「枕」については、学者間において論争が続き、いまだに解決を見ていません。
「枕」とは何か?これを明確にしたら学会に革命を起こせます。


【清少納言はなぜ少納言なのか?】
これも結論が出ていない疑問。
一般的には夫や親など近親者の役職名をつけるが、清少納言の身内に少納言の職についたものがいない。

第15回放送において、
定子は「清、小納言。今よりそなたを清少納言と呼ぼう」と名を与える。
高階貴子(板谷由夏)はききょうの父が清原元輔(大森博史)、夫が少納言だと命名について感心するが、ききょうは「元夫は少納言でもございません」と答える。
しかし、「素敵な呼び名ですわね。是非、それでお願いいたします」と満面の笑みを浮かべる場面がある。
ドラマでは完全にごまかしている脚本になっている。

「光る君へ」の時代を考察する(第二十回)