豊臣兄弟! 第16回「覚悟の比叡山」
戦国時代最も悲惨だったと言われる信長の比叡山焼き討ちの話です。ドラマのあらすじ1571年(元亀2年)になります。織田信長(小栗旬さん)は、浅井長政(中島歩さん)を攻める構えをします。藤吉郎(池松壮亮さん)には宮部城主・宮部継潤(ドンペイさん)を調略せよと命じます。藤吉郎と小一郎(仲野太賀さん)が直談判すると、藤吉郎の子を養子にさしだすなら織田につくと条件を出します。しかし子いない藤吉郎は姉・とも(宮澤エマさん)の万丸しかいません。当然激怒されてしまいます。森可成が、宇佐山場で討ち死にしたとの知らせに信長は比叡山を取り囲みます。延暦寺にたてこもった朝倉・浅井軍とは膠着状態のまま、2ヶ月の時が過ぎました。見かねた将軍・足利義昭(尾上右近さん)が織田と朝倉・浅井の和睦を呼びかけ成立させました。この結果養子の話もなくなり一同安堵しますが・・・最終的には宮部継潤の養子となる。(この万丸が後に秀吉の跡を継いで二代目関白・豊臣秀次になるわけです)しかし、信長は義昭への不信が増し、延暦寺に書状を送り、従わない時は女・子どもだろうが皆殺しにしろと明智光秀(要潤さん)に命じました。明智光秀が返事に詰まっていると、藤吉郎がとっさに延暦寺攻めの役目を願い出ます。これは、女・子どもを救うための申し出でした。しかし、本堂に火がつけられ、中から現れたのは明智光秀。藤吉郎がふと本堂な中を見ると、そこには無数の女と子ども、僧兵たちの屍が折り重なっていました。あまりの凄惨な光景に言葉を失う藤吉郎。明智光秀は褒美として近江の坂本への築城を許されましたが、足利義昭は激怒。戻ってくるよう命じます。信長は藤吉郎に切腹を申し付けるも、宮部継潤が信長につくことになり、命を救われる。万丸の件についてはちょっと感動過ぎる脚本でした。(この戦いでの死者は、『信長公記』には数千人、ルイス・フロイスの書簡には約1500人、『言継卿記』には3,000-4,000名と記されている。)(最近の発掘調査などにより、比叡山焼き討ちに関する考古学的再検討が行われている。最近の調査では、明確に比叡山焼き打ちで焼失が指摘できる建物は、根本中堂と大講堂のみで、この焼き打ち以前に廃絶していたものが大半であったと指摘されている。そのため僧侶、家族の多くは坂本周辺に下っていたため、大量虐殺が行われたという説は、誇張が過ぎるのではないかと指摘されている)