(ネタバレあり)
ドラマは西暦986年のままです。

歴史的な出来事としては、一条天皇が即位したことと、
道隆の子・尹周と道兼の後継者争いが既に始まっていたことくらいでしょうか?

花山天皇が出家して譲位したため、まひろの父為時は失職します。

一条天皇が即位します。
即位式の時、高御座(玉座)には生首が置かれていました。
さすがにドラマではその様子は写せないですね。
これは史実だと思われます。歴史書「大鏡」にもしっかり記録されています。


兼家が摂政になり、家族を次々と昇進させます。
摂政になると衣装が変わるようですね。


まひろ自ら父の就活の手伝いをするとともに、自分の立ち位置も悩みます。

道長はまひろにプロポーズしますが、
身分の差で道長の北の方(正妻)にはなれない。
妾(しょう)にしかなれない。それはプライドが許さない。

実際にはこれはないでしょうね。道長の家と紫式部の家は近所だったので、面識はあったと思いますが・・・

でも、だからといって倫子との結婚を申し出るってどうゆうこと。


ドラマでは先週道長とまひろがチョメチョメしましたが、もし妊娠したらどうする気だったのでしょうか?
一生妾として生きていくつもりだったのでしょうか?
この時代避妊などというもったいないことはしません。。

この頃の日本の人口は600万人弱と推定されます。兵庫県の人口より多くて、

千葉県の人口より少ないくらいという感じでしょうか?
少しでも人口を増やしたい時代です。

道長は記録にあるだけで13人の子供が確認できます。(2人の妻から12人、4人の妾から1人)。

ただこの時代幼少期に亡くなった子の記録がないので、実際はもっと多かったと思います。

今日本で問題になっていますが、この時代麻疹が流行っていたといわれています。
今と違って「はしか」はやっかいな疫病で致死率が高かったようです。(5%~30%くらい)。

赤痢などもはやっていたようです。

 

「光る君へ」の時代を考察する(第十回)