舅が亡くなりました |   kitchen aki 美味しい毎日

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kitchen akiを始めて早や6年、たくさんの方に出会い、助けられここまできました。ゆっくりマイペースでやらせいただいているのに、こんなに続けられて感謝の毎日
相変わらずいろんなことに好奇心いっぱいのakkoさんですが今はなかなかできません。
 

2011.4.11

今日松江から戻ってくる予定でした。

春休みもやっと終わり、ばあばのおつとめもおわり


昨夜のこと、主人から電話

ちょっと嫌な予感


”おやじの病院から電話が入って、どうも危ないらしい。呼吸が浅くなってるらしい。

とのかく今から行ってくる”

”何かあったら電話するから・・・”

12時過ぎでした。


寝るに寝れず、長女夫婦と長話をして待つも連絡なし。

ようやく寝たかと思ったとたん、電話が鳴り、


”だめやった。今から病院から葬儀社に移して葬儀の準備にかかるから・・・・”

”ママもそのつもりで帰ってきて”


ほんと急でした。


松江に来る前に病院にお義父さんの顔を見たばかりでした。

もちろん、そのときの様子も決して元気というわけではありませんでしたが、


弱られたなあ~とは思いましたが


私が松江にいる間に東京にいる主人の弟さんも福岡にこられて

3日間毎日見舞いに行かれたとか・・・


安心して東京に戻って間もないことでした。



息子たちの顔も私の顔も見れて安心されたのでしょうか・・・・



あまり苦しまずに逝かれたとか・・・



晩年は病との闘いで苦しみの方が多かったように見えます。

それでも最後まで俳句の本を詠み


息子たちのことを気にしていました。特に弟さんには結婚もしていないことも

あり、その老後をずいぶん気にかけておられました。




結婚してからずっと厳しい義父でした。

よく衝突もしました。



主人に

”おとうさんと私どちらか選んで!”と無茶なことも言いました


”僕は親は捨てれん”と一言




それからあきらめました。


なんとか話をあわそうと俳句も始めました。


その俳句も20年になり、私のライフワークの一つになりました。



近年は主人より私の方がしゃべりやすいのか、よく話をしました。


主人の定年後は義父のことはほとんど主人に任せてしまって

あまり会うこともなくなっていました。



主人から愚痴を聞くことが多くなりました


”ママの苦労わかったわ・・・”





それでもそれでも


大切な父だったと思います


お金の苦労はなかったでしょうが老後は決して幸せといえなかったのでは

ないでしょうか


義母が歳若くしてアルツハイマー症となり20年以上の闘病生活でした


老後になってひとり生活を余儀なくされ、頑固になるのもわかるような



93年の人生の幕が閉じました。



いつかまた会えますねと声をかけたいです。



明日からの仕事はすべてキャンセルさせていただきました。

すみません