2006.12.8(fri)![]()
太平洋戦争開戦日の今日
私はまったく戦争を知らない世代ですが、まだ自分たちの親は少なからず経験をしています。
私のなくなった父も南方の戦地に赴き、いつ死んでもおかしくない状況の中、幸いというかマラリアにかかり
一足先に帰国が許されて生き残ったのです。
私の両親はあまり戦争当時のことをあまり語りたがらなかったので、詳しいことは知りません。
そんな私たちの世代は自分たちの子どもたちにはそれこそ何も伝えることはできません。
でも経験しなくても、自分の身内だけの話だけではなくても、自分が知ろうとすればどんな形ででも
知ることはできるでしょう。
その一つに「映画」があります。
今日から公開される
『硫黄島からの手紙』なども戦争の悲惨さ、家族のきずななど重いテーマを描いています。
あのイーストウッド監督が指揮した硫黄島2部作の後半です。
アメリカ人が作った日本人の硫黄島をどうとらえているのか、とても楽しみです。
渡辺謙さんはじめ、日本人俳優の熱演が見ものです。
今日はその話じゃなくてドジの話でしたね
話は遡ること昨夜の話から、
主人と夕方街で待ち合わせをして、夕食をしようということになりました。
小さな割烹のお店に入って、「酢牡蠣」や「おでん」「きぬかつぎ」などをお酒のつまみに機嫌よく
飲んでいたまでは問題なかったのですが、そのうちカウンターだけの小さな店のこともあり、
隣に座った紳士とおしゃべりに花がさいて、その紳士のお仲間も到着してもう大変!
常連さんらしく、次から次へとめずらしいお酒が出てきて、私たち夫婦に注いでくださる。
35年ものの焼酎だとか・・40℃の焼酎だとか・・(お酒のことはよくわからない私に色んな講釈してもね・・・)
それでも”わ~おいしい!こんなの飲んだことない”などと持ち上げていただいていたら
そのグループの会長さん(常連さんでつくっている会らしい)にとても気にいられ、
”さあ次いくよ!”と二次会のお誘い、そして三次会までおつきあいしてしまった。
もうビールからはじまり、お酒、焼酎、ワイン、水割りと飲み歩いてしまった。
もうぐでんぐでん、歩くのも心元ない。
傘は忘れるし、コートは忘れるわ。
午前2時過ぎに帰宅したらバタンキューでした。
洋服も着替えず、化粧も落さずに眠ってしまいました。朝方5時ごろ目を覚まし、歯だけみがいて
また寝てしまった。
7時過ぎに主人が会社に行く時に声をかけてくれた
”ママ、今日朝から出かけるんやろ、寝坊せんようにね”
あ~あなんていう奥さんでしょ
ごめんなさい!パパ!m(u_u)m
そして今朝のことです。
高校時代の友人(男性)と会うことになっていたのです。
出張で福岡に来ていたとの事、今日帰る前に空港で2時間ほど再会することになっていました。
楽しみにしていて、ちょっとおしゃれしてお土産まで用意して出かけていったのです。
先に着いて喫茶店でcoffeeを飲もうと注文して先払いのためお金払おうと思ったら
ないんです! 財布が! エッ~~o(;△;)o
なんで・・?店の中でバッグを逆さまにして探すが、やはりない
ひとまずお店の方に注文待ってもらい、お店の方も”落し物ですか?すぐ連絡とりましょうかと聞いてくれましたが
”車にあるかもしれません。とにかくもう一度探してみます。”と返事をして店を出る
車に戻るが、やはりない! 真っ青!
現金はともかく、カード類や免許証・・・
バッグは昨日のままだし、夕べから財布使ってないし
(え~と、夕べ、だれかと名刺交換したときに財布出したな~?)
すぐに主人にTELして
”パパ、お金持ってきて!財布ないのよ。 いま空港にいるんだけど、だめかな?”
”えっ?どうしたん?なくしたの・・・?”
”わからないのよ。ひょっとしたら家に置き忘れたかもしれないけど、駐車場も出られないし・・”
”わかった。すぐに持っていってあげるから”
そこへ彼からTEL
ひゃあ~どうしよう。
なんかあまりに感激もなく、あわてふためいて会うことになりました。
事情を説明すると
”あほちゃうの 大丈夫なん?お金貸したろか?となつかしい大阪弁でからかわれながら
心配してくれました。
”○○らしいなあ~”
”そおう? いつもはそんなドジちゃうよ”
彼にお茶ご馳走してもらい(私が出すつもりだったのにな~)30分ほどしゃべっていたら
主人が到着
もう少し遅く来てくれればいいのに~(なんて勝手なこと思ってしまいました)
仕方ないお互いを紹介して(なんでも私の結婚式のとき以来らしい)3人で話すことに
あ~あ肩こった。
きっと彼のほうがもっと気を使っただろうな~(ごめんね。こんなはずではなかった)
1時間ほど世間話をして別れた。
なんか中途半端だな~
主人と家に戻ると、ちょこんとテーブルの上に財布がのっていました。
あ~あなんていうことでしょうね。