東京都写真美術館にて開催していました
没後50年 木村伊兵衛 写真に生きる
に行ってきました
■エントランス看板
会場は恵比寿の東京都写真美術館
5月12日(日)までの会期でしたので
終わってしまいましたが、
とても記憶に残った展覧会でしたので
ご紹介させていただきます
■フライヤー
■木村伊兵衛さん(1901ー1974)とは
1901年東京下谷生まれ。
学生時代から写真に親しみ、1924年には自宅で写真館を開きます
1929年から花王石鹸広告部の嘱託。
その頃からライカを使ったスナップショットを撮り始め、「ライカ使いの名手」として名前が広まることになります。
日本写真家協会の初代会長。
幅広いジャンルに作品を残していて、アマチュアの指導者としても活動をされていらっしゃいました。
■作品紹介
展覧会場は撮影禁止なので
フライヤーに掲載されている作品から
印象に残った作品を紹介
●《板塀、追分、秋田 1953年》
日本の古い記憶を思い出せる作品
フライヤーの表紙からスキャニングさせていただきました
雑誌「芸術新潮」1989年7月号で
「写真家が選んだ昭和の写真 ベスト10」
という特集記事がありました
当時活躍されていた43名の写真家たちが昭和の写真のベスト10を選びその結果を元にした特集です
ちなみに、その写真家たちは、アイウエオ順だと、秋山庄太郎、浅井慎平、荒木経惟、石内都から始まり、最後は森山大道、横須賀功光、渡辺兼人、渡部雄吉まで
その第1位が、木村伊兵衛さんの「秋田シリーズ」でした
その記事の中でも紹介されていた作品の一つです
(ちなみに、同じ同数の1位で濱谷浩さんの『裏日本』、3位は荒木経惟さんの『センチメンタルな旅』、林忠彦さんの『日本の作家』、森山大道さんの『にっぽん劇場写真帖』、東松照明さんの『〈11時02分〉NAGASAKI』の4点でした)
●《秋田おばこ 大曲 1953年》
フライヤーの裏面から
女性の眼差しがとても印象的
それまで、木村さんは文芸家や歌舞伎役者のポートレートなど
都会的な作品が中心でしたが
打って変わって、日本の地方の秋田を題材にした作品を世に出します
●《那覇の市場、本通り、沖縄 1936年》
フライヤー裏面から
雑多な活気溢れる、市場の雰囲気がダイレクトに伝わってきますね
戦前の沖縄はこんな感じだったのですね
沖縄へ行って、市場の風景や、芸者さんなどの作品を残しています
●《ミラボー橋、パリ、フランス、1955年》
フライヤー裏面から
ヨーロッパへも行ってます、アンリ・カルティエ=プレッソンの影響を受けていたのは有名な話ですね
ところでここはパリのミラボー橋
ミラボー橋といえば、アポリエールが作った、彼とローランサンとの間の恋の詩が思い出されます
”
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると
(後略)
”
訳 堀口大學
白い服を着た女性が一人歩いています
遠くにはエッフェル塔が
エントランスのところにも使われた作品
橋という場所は、別れや出会いの舞台によくあう場所だと思いました
広い空と川面がありますものね
●《王府井の酒場にて、北京、中国、1973年》
フライヤーの裏面から
中国へも数多く取材に行かれているようです
日常の庶民の暮らしを作品に残しているようで
彼らや彼女たちの笑顔はどこの国の飲み屋にもあるものですね
もう終わってしまった展覧会ですが
行ってよかった展覧会
色々な幅広いモチーフの作品が見られて
木村さんて篠山紀信さんみたいに
なんでも撮っているのですね