そして、今朝未明に気がついたのは、河上徹太郎と河上肇を混同していたことだった。
確かに、「吉田松陰」を執筆したのは徹太郎。
でもその、徹太郎によって述べられた儒教的骨子を得た吉田松陰と、比較された河上肇がいて、
この二人をごちゃ混ぜにしていた。
同じ河上だから、、?
いくつになっても、おっちょこちょいだ。
もう一生治らないな。
これからの一年の目標は、落ち着くこと。
そして、河上肇に同調を深くするために、河上徹太郎著の「吉田松陰」をちゃんと読むこと。
決めました。
ハッピーバースデイ ワタシーっ!