小さな記事ですが大阪で民家のたんすの中から高齢者の遺体が見つかったという事件がありました。生きていれば91歳の男性。6~7年前に亡くなっているのに長女は死亡届を出さなかったと言います。やっぱり逮捕ということになる。どういう罪名かなとみると「詐欺」容疑。隔月に振り込まれる厚生年金30万。通算して1千万近くを不正受給していたといいます。58歳。無職。亡くなった父親を隠し同じ屋根の下でずっと暮らしていた。近所から不審に思われなかったのだろうか?知人が来訪して来たら緊張でたんすの前から離れられないのじゃないだろうか?親が亡くなった。病院?自宅?葬儀社を探す。役所に届ける。医師や看護師は隣席していなかったのだろうか?自分に置き換えて考えるのですがどうも合点がいきません。死亡と判断された時、「届けないでおこう。」と考えたのだろうか?それほどに隔月の30万は魅力なのだろうか?。無職というからにはそのお金で生活していたのでしょう。ひょっとして介護していたのかな?だとしても死んでからも親の脛をかじり続けて生きる理由は?その年齢から仕事を探しても見つからないのか?それでも生きていたい。生への執着。そこまでして生きる価値ってなんだろう?。人間には寿命がありますが精神的な寿命と肉体的な寿命は必ずしも一致しません。「やり残したことがある。何とかして生きたい」と願っても体のほうが寿命を迎える人もいますし精神的にはとっくに終わってしまってる人でも肉体的にはまだまだ元気な人もいる。悲しいけど今回の「事件」は後者にあたると思います。強いのか弱いのか?したたかと言えば強いのでしょうが生きる意味を見出せないと言えば弱い。気の毒だけどこの人には罪を償っても生きる場所は無い。人は親の腹を借り、誰かの助けで生まれます。でも死ぬ時は自分ひとりで死ななければいけません。積極的な終わり方。これがなかなか思ったようにいかない。口減らしの発想から生まれた楢山節考のように姥捨て山に行くか「悟り」を切り開いて即身仏と言うのもあります。密教的な教えですが精神的に完成の域に達したところで生存活動を終え肉体を乾燥させる。いわゆる「ミイラ」ですがこれは非常に過酷な「行」で誰しもができるものではなくごく一部、選ばれた人に許される行為。大方の人はやっぱり寿命のズレに悩むのでしょう。悲しい生き物だと思います。
中国の民主活動家・劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞しました。(監獄にいるのですから授賞式には出席できません。奥さんも監視下にあるそうですから代理受賞も難しいと思います。)授賞式には米国のオバマ大統領や欧州各国から劉氏の釈放を求める声が高まっています。日本の首相、菅氏は「人権についてノーベル賞委員会が評価をした」とマスコミの取材に小さくコメントしています釈放要求については言及していません。微妙な関係にある中国政府をこれ以上刺激したくない。萎縮した判断が働いているのだと思います。もし私が取材スタッフだったら「アメリカや欧州諸国の代表のように彼(劉暁波氏)の受賞を祝い釈放を要求しないのですか?」と聞くと思います。ご存知の方も多いと思いますが菅氏は市川房江氏などと行動を共にしたバリバリの「市民運動家」出身。政治家の家系に生まれ育った2世3世議員とは思想的にも一線を画す部分を持った人だと思っていました。個人的にはあまり好きではないのですがそういう「思想」を持つ人なら今回の受賞。一番に声明を発表するのではないか?現在のところそうでないところを見ると市民運動と言っても所詮自分に危害が及ばないところで吼える「革命ごっこ」。信念もなくただ「体制に反対」するだけの運動だったのかと思います。それ故か「煽動」するのは上手いけど「反対」される側になってからの彼の言動の軽さ、おとなしさに「器」の小ささを感じさせられます。確立された理念を持ってないのでしょう。
めっきり秋らしくなりました。秋という字は「とし・とき」とも読み歳月や時間の経過を表すこともあります。「一日千秋の思い」は「一日が非常に長く感じられること」を表し「春秋」と言えば「年月」あるいは「年齢」を表します。
雨の中走り出すと後ろから「傘ありますからよかったら駅までご一緒しませんか?」困っているのが目に入ったのでしょう。30過ぎの美人。多分初級の生徒さんだろうと思うのですがほとんど初対面。突然だったので驚いて「ありがとうございます。でも方角が逆なんで・・・」としかいえませんでした。彼女。もし娘さんならこれまでいい環境に育ってきてる。奥さんならきっといい家庭を持っている。昨日に続いて「印象に残る言葉」を聴きました。帰宅した頃にはほとんどびしょぬれ。普段なら腹を立てるところなのですが不思議と清清しい気分でいられる。感謝。
酒林は毎年掛け替えられるものでしたが時代の変化とともに今では酒蔵の看板のようなものになってしまいました。
現在では新米で造られた新酒が出回るのは新春以後になりますがそれでも昔の名残か「酒林」は秋の季語となっています。日本酒。それほど好きではないのですが新酒のこの時期だけは別。ボジョレのワインなんかよりずっといい。
お盆からこっち渋滞が嫌で電車で帰宅するようにしてます。おふくろの誕生パーティー。手作りのケーキ。ろうそく何本立てようか?と笑いながら今年始めての「栗ご飯」をいただきました。駅まで送ってもらい、いつもより遅い快速に乗ると日曜の夜、まばらな乗客の中で上着を着ないでYシャツだけの自分に気づきます。来る時は半袖にすればよかったと思っていたのに今、ジャケットが欲しいと思う。そういえば先週のこの時間はまだ薄明かりだった。日も短くなってきている。夏が長かった分その帳尻あわせでもないでしょうが今年は短い秋になるような気がします。秋が終われば冬。そうやってまた1年。いつまでこういう暮らしが続けられるかな?
朝からの雨が昼を過ぎても上がりません。どうしようか?と迷ったのですが社会福祉大会。行ってきました。一部と二部になっていて一部は式典。来賓の挨拶に続いて感謝状の贈呈。壇上に表彰される人達が列席している中に見覚えのある顔が数名。手話サークルの人もいます。傍らでは同じサークルのメンバーが通訳します。(顔ぶれだけ見てたら内輪の集まりみたい)「善行者」「社会福祉功労者」そして「善意銀行高額預託者」次々と表彰されて予定通り終了。そして二部。「かづきれいこ女史」の講演。サークルのトップ講師が通訳します。前半といっても1時間半。長丁場です。多分台本なんてものは無いと思います。もしあったとしても覚えられるとは思えません。ですからぶっつけ本番。見ていて思ったのですが耳で聞き眼で見たことを通訳する。当たり前ですが聞いたことを通訳してる間に話は先に進みます。通訳に集中しながらも耳は今話してる事を聞き理解しなければ次に通訳できません。特に話し手は各地で講演している方ですから時折ジョークを交えながらも自分のペースでどんどん話していきます。言葉の速さと手指の速さ。「目は口ほどにものを言う」といいますが「手」は「口」には勝てません。どうやって離されずについて行くか。短縮して意味が分かる部分は短縮する。ジョーク。口で言う言葉を手話に直訳しても通じません。頭の回転の速さはもちろんですがそれに運動神経。(反射神経)体力もいる。改めてこれはすごいことだと思います。普通、マンツーマンで話す場合、相手の言葉を理解してそれに対する受け答えをすればいい。これなら知ってる単語つなぎ合わせても何とかなります。でも通訳はとてもじゃないができない。後半の30分は実演。ここで初級の講師をやってる方と交代しましたがこれもまた難しい。実演に目が行き通訳はそっちのけ。置いてけぼり状態。聾の人も両方は見れません。いい勉強しました。まだまだ先は長い。

