過激なタイトルで驚かすつもりはないのですが東西両陣営が激しく対立した冷戦時代。米国の傘に守られた日本の中で政権を取る見込みのなかった左翼陣営が無防備や国益を毀損しかねない主張を行っていたことは、彼等のアイデンティティを確立する上での意味はあったかもしれませんが時代は変わり、ソ連はロシアとなり、今、中国が新しいパワーとして台頭する中で、過去のマントラを唱え続けることほど危険なことはありません。政権与党民主党にその危うさをみます。「政治は血を流さない戦争であり、戦争とは血を流す政治である」毛沢東の言葉。「古い」という意見もあるでしょうがそういう考え方を思想基盤に持っている隣国と接していることを忘れてはならないと思います。

 ウケ狙いで「尖閣諸島に自衛隊を派遣しろ」という議員がいるそうです。一見勇ましく聞こえますが威嚇ごっこの果て今回の漁船と同じような行為があったらどう収拾するつもりか?ビデオを公開するという話が出ています。今、公開してどうなると読んでいるのかな?公開するなら衝突時点でするべきでしょう。ただでさえ信用を落としている検察「編集している」と言われるのがオチ。戦争って始まりは計画されたかどうかは別にしてみんなごく些細なことから突入します。「だったら立ち向かうだけ」?全面戦争になって勝算はある?一昔前ならともかく今の中国と全面戦争になったら多分勝てない。頼みの米国もあてにはならない。「国破れて山河あり」だったらまだしもどちらも無くなると思います。彼の国は自分より弱い相手には極端に残酷、そういう国民性を持ってます。これといった危機感を持たずに戦後60年。奇跡といってもいい。日本に今必要なことは国防意識だと思います。

「孫子の兵法」は冒頭で「兵は国の大事。死生の地、存亡の道なり」と述べ、戦争を始める前、(これは血を流す戦争はもとより、血を流さない戦争でも同じ)に、よくよく自分と相手の分析を行うべきだと主張してます。先ず国民の意思を為政者に統一させる内政の正しさ。これが実行されていないと有事に国民は政府の命令に疑いを持ちます。これだけみそくそに言われてる政府に国民はついて行くでしょうか?

孫子はこの他「天」「地」「将」「法」をあげていますが「天・地・将」は省略して「法」について述べると軍や官吏の指揮命令系統。これらの切り口から自国と相手国の総合的な国防力を比較して、戦うべきか戦わざるべきかを決めることが一番大切なことだと教えています。

司馬法という兵書には「国大なりといえども戦を好めば必ず滅ぶ」と述べています。中国政府の幹部がこの教えを読んでいることに期待したいと思います。

  暑い日が長かったせいか、寒暖計の指し示す気温よりも肌寒く感じる今日この頃。車に乗っていても気がつけばエアコン止めて僅かに開けた窓からの風を楽しんでます。ただ、このような季節の変わり目は体調を崩す人が増えます。隣のオバちゃんも入院しているようで娘さんの話では最初は検査入院ということだったのがもう3週目に入ります。大事に至らなければいいのですが・・・
 ところで、心身の力や根気がなくなってしまうことを「精根尽きる」と言いますが、疲れが溜まると集中力がなくなり、気力も失せてしまいます。昔の人はきまって言ったものです。根が尽きたら「コン」のつくものを食べなさいと。
 「コン」のつくものとは、ダイコン、レンコン、ゴボウなど、いわゆる「根菜」。食物繊維が多く体内浄化に役立ちます。でも消費量は減っているといいます。最近の若い人って「エラ」の張った人が少ないと思いません?なるほど見た目は小顔でグラビアに載ってても不思議の無いような美形。私の幼少の頃だったらどの子もみんなクラスナンバーワン。それほど美形が多い。これってひょっとして「噛まなく」なった事も影響してるような気がします?推測ですが顎に限って言えば「劣化」してきているのではないでしょうか。人間ってかむ回数が増えることで血行も良くなり、脳や身体の代謝も促し、自ずと疲れもとれてきます。また食物繊維には腸内環境を整え改善する作用もあるため、大腸がんなどの疾患のリスクを軽減することも知られています。美形もいいけどやっぱり健康。そんな事いうのはやっぱり「オジン」なんでしょうね
  取り上げないでおこうと思ってましたが週末から週明けにかけて新聞TVは尖閣列島ばっかり。正直、これは勝てません。一党独裁。何より選挙制度の無い国。上が右向けといったら下は一斉に右を向く。あまり好きではないのですが東京都知事が「やくざと一緒」といったそうです。そういう国を自分達と同じと考えるのが先ず間違い。でもそういう政治家を選んだのだから選んだ以上は任さなければ仕方ありません。思うことはいろいろありますが敢えて言いません。これは「売らんかな」のマスコミも言える。追求することで結果、国益を損なうようなことは避けるべきだと思います。何故なら彼らも日本国民の一人なんですから。それは先の第2次世界大戦で政府に迎合し国民を戦争に行くように煽った自分達を考えれば分かるはず。
 こんなの載せなけりゃいいのにと思う記事がありました。一連の事件に対する鳩山前総理の発言だそうです。「尖閣諸島問題に関し自分が首相であれば温家宝首相とダイレクトに話をして問題の解決にあたることができた」この人、米軍沖縄基地問題を途中で投げ出して当時の幹事長と一緒に「敵前逃亡」しました。3ヵ月後、直前までサポートするといってた現政権を批判。今度は以前の幹事長を担ぎ上げ内閣を倒そうとしました。何故?と聞いたら「彼に恩があるから」と答えたそうです。同じ政権与党の前首相が現首相をあからさまに批判する。ブッシュがオバマを否定するのを聞いた覚えがありません。大統領選でオバマとデッドヒートを繰り広げたしたクリントン女史も政権内できっちり手腕を発揮しています。あの小泉氏でさえ安倍。福田。麻生氏の批判はしなかった。なぜならそれは国益に反するから。私達がよく口にする「それは内輪の話。人が見てるでしょ」日本人はそれを「対面」といいます。対面を保てないような人はすぐ弱みをつかれます。国家もおなじじゃないでしょうか?バラバラだと組しやすし。いくらでも突いてくる。今回の中国の一糸乱れぬ連係プレー。対抗する日本。支離滅裂。司法も立法もバラバラ。一番気の毒なのは行政。(海保)「何があっても手は出せない。ただ、じっと見てるだけ」なのだろうか。
  通院介助中、病院でケアマネに会いました。利用者さんの状況確認だと思います。病院出た途端、利用者さん「ワシあいつ嫌いやねん。オジンさんあいつ社長に言うて替えてもらえんやろか?」「どうしてですか?若いけど真面目な感じで私は好感持ってますけど・・・」「そうみえるやろ?そこが嫌なんや」「そんなぁ。今時ちゃらんぽらんな人が多いのに真面目に仕事に取り組む。いわば稀有な存在ですよ」よくよく聞いてみるとどうも高齢者を意識するあまりなにかにつけ「くどい」ようです。利用者さん曰く「アホにものいうような言い方をする」。良くいえば念が入ってるというのでしょうがそれが時として相手を見下しているように取られる。かといって2度3度念を押さないと理解、納得してもらえない人が多いのも事実なんですが・・・そこはケースバイケース。画一的な接し方は禁物だと思いました。総じて思うのですが他人から見て高齢者という人でも気持ちは実年齢より10歳も20歳も若い人が多い。以前話したと思いますがおふくろが初めてデイに行った時、「どうやった?楽しかった?」と聞いた私に「年寄りばっかりでちっとも面白なかった」と答えが返って来ました。オーナーさんから聞いていた年齢層からみるとウチもバリバリの「年寄り」です。これも以前話したと思いますがTVでレポーター?がマイク持ってよく初対面の人に「おじいちゃん」とか「おばあちゃん」と呼んでるのを見ます。そして話す言葉もゆっくりでわざと噛み砕いたような簡単な単語を選んでます。これも呼ばれたご本人はどう思ってるのだろう?案外「お前みたいな不細工な孫持った覚えない!」って思ってるかも?
  早朝からの大雨。祝日ということもあって仕事早々に切り上げ休みました。夏の疲れが出てくる頃です。やることはいっぱいあるのですが息抜きも必要。ちょっと早いのですが雨音を聞きながら請求書を作ってました。コーヒー飲みながら頂き物のクッキー食べてたらそのパッケージに目が行きます。 Dareカナダのメーカーのようですがシナモンデニッシュと書いてます。この手のクッキーにありがちなしつこい甘さもなくシナモンの香りもコーヒーによく合います。

 「Dare」映画の中でよく出てくる言葉です。字幕を追いかけてみてもその都度同じ単語なのに「訳」が微妙に違います。これは英語だけではなく語彙の少ない手話でもたびたび言われる「意訳」。翻訳家のレベルを思わせられます。ちなみに個人的には戸田奈津子さんの翻訳がいい。「Dare」。先日見た「セックス&ザ。シティー」の登場人物のセリフにも頻繁に出てきます。Don't you dare touch him! 。(彼にちょっかい出さないで!)Don't you dare!。(ふざけないで!)How dare you?! 。(なんてことするの!)How dare you use my manolo blahnik heels! 。(よくも私のマロニブラ二クのヒール勝手に履いたわね!)マロニブラ二クがどれほど有名なブランドかは知りませんが分かる人にはかなりのものなんだと思います。ほとんどが無くても意味は通じるけどより強調したい時。相手をののしる時によく使ってますがこのDare。もともと名詞では「勇敢」とか「挑戦」という意味で使われているようです。(そうでなければ菓子メーカーの名前には使わない)会話によく出てくるということはその持つ意味も幅広く、翻訳家をしても前後のつながりを考えないと正確に訳せないのじゃないか?分かりにくい単語ですがつい言葉の中に挟みたくなる。そういうものなのだと思います。
ちなみに同じようにアメリカ映画によく出てくる言葉に「Oh my God!」がありますがこれもその都度「お~私の神様」と訳してたら文章にならない。それより役者の表情で読み取るほうがいい。最近は飛ばして訳してるようです。
Dare_2
  お彼岸です。お寺さんがお参りに来ました。「先日は失礼しました」「?」「斎場の近くで・・・」「やっぱりそうでしたか。」この20日、よく似たスクーター(マジェスティー)にすれ違ったのですがフルフェイス被っておられるので顔が分かりません。念のためにと車窓から会釈だけして通り過ぎてしまいました。「あの日はお葬式でしたが地元の斎場がいっぱいだったので市をまたいで来ました。」「そういうことってあるでしょうねぇ」「はい。喪主さんは多少出費がかさみますが・・・親戚の多い家系で休日のほうがいいだろうと決めたようです」。斎場(火葬場)というのは市が運営してます。ですから近くても市をまたぐと市民ではないということで費用が割高になります。一日ずらして地元で執り行うかそれとも参列者の利便を取るか。「地獄の沙汰も金次第」というのはこういうことをいうのかな?そんなこと考えながらお布施とお茶。それと朝のうちに買って来たおはぎ。を出しかけて気がつきました。(値段のシール外すの忘れてる)坊さんの後ろで慌てて外そうとするのですがこれがピッタリ密着していてはがれません。(チキショー!なんでこんなにはがしにくく貼り付ける!そもそもこんなの金額入れなくてもバーコードだけでいいのと違う?)そうこうしてるうちに読経が最終章にかかります(毎月聞いてますからフレーズおぼえてます)「えーい!まぁいいかっ!」値段ついたまま出しました。
  ついでといったらなんですがいくら残暑が続いてるとはいえ「お彼岸」。ぼたもちを敢えておはぎというぐらいですから秋。秋の七草の筆頭に出てくるのが「萩」続いてススキ(尾花)。桔梗。撫子。葛(くず)藤袴。女郎花(おみなえし)。全部言えます。えらいでしょ?頭文字とって「ハスキーなクフ王」とおぼえてます。
   仕事の話。「それなりに」売れていた某所自販機。数日前、設置先であるお得意さんから「数件向こうに同一商品の機械が1台設置された。共食いになるのと違う?」と連絡が入りました。目と鼻の先、早速どこの業者が設置したのか調べてみると近在の業者ではない。以前会議で取り上げられた業者です。遠方ですが最近になってかなり伸ばしてきている新興業者。この業界。もともと数十メートル以上近接して置かないという了解事項はあるのですがぺナルティーがあるわけでもなく業者間の良識に根ざしたもの。「絶対」ではありません。メーカーの営業担当に問いただしました。「そういうことを野放しにしていると売り上げ増には繋がらず、結果メーカーの信用も落ちる。早急に善処して欲しい」担当を飛び越して課長。部長にまで話ましたがらちがあきません。メーカーからするとどちらもお得意さん。アチラ立てればコチラ立たず。販売実績でいうと当然向こうのほうが上。かといって私が泣き寝入りするはずも無い。それ故1週間たって未だ「調整中」。しかしこういう話は長引かせてはいけない。なによりお得意さんの不信を買う。今朝、メーカーに「ウチの機械引き上げ撤去する」と電話しました。もちろん事前にお得意さんには了解を取り付けてます。来週の午前中に引き上げて他メーカーのマークの入った自販機設置します。入れ代わりに入るのは今のメーカーが最もライバル視しているメーカーです。以前から「少しでもいいから扱って欲しい」と営業マンが熱心に来ていました。名刺が何枚もあります。「そのうちいつか・・・」で逃げていたのですが現メーカー(主力)の対応次第でその他の機械もマーク替えを視野に入れます。業界ではよく「製」と「販」は車の両輪。そしてそれは「信頼関係」という潤滑油で回る。といいます。製販ではないのですが私とお得意さんの関係ももまた信頼で持ってます。取引を開始した時から期待を裏切らないことを大前提に考えてます。そしてそれは平時には分からない。危機。緊急時にどれだけのことが出来るか。時々はこういうのも必要なのかもしれない。
  手話サークル。初級クラスの講師さんの提案で交流会がありました。席が偏らないようにと抽選にしてどのテーブルにも初級中級上級が満遍なく位置するように配慮されてます。この講師さん。数ヶ月前まで私の前の席に座っておられた方。ご子息が最近売出し中の俳優さんでご本人もなかなか社交的な人です。初級といっても習い始めてもう3ヶ月。指文字も数字も簡単な文章も出来る。教え方が上手なのでしょう。。私が始めて3ヶ月の頃は公私とも多忙だったとはいえこれほどは出来なかった。いずれ追いつき追い越されるのは必至。手話も本腰をいれて勉強しようと思います。
 人生の節目や転機で口にされることが多い「初心」という言葉。能楽の大成者、世阿弥が語った「初心忘るべからず」という言葉は「初めの志を忘れるな」と一般的には解釈されていると思います。私もまたそういう使い方をしてきましたが当の世阿弥は少し違った観点ででこの言葉を説明しています。 世阿弥にとっての「初心」とは、人生の試練の時にどのようにしてそれを乗り越えたのか、その方法。いわば戦略です。それを忘れずに新しい事態に対応しなさいと言っています。
 また世阿弥は「前々の非を知るを、後々の是とす」とも述べています。以前の試練や失敗を思い返し、それを知ることが人生の糧となり後の成功につながるという意味で早い話、「失敗は成功のもと」と同意だと思います。
 ちなみに世阿弥は、上手くいった時、自信(自惚れ)が生じた時、その時こそ人生の試練の時だとして気を引き締め修行を重ねなければ、次の段階に進むことはできない。これも「勝って兜の緒を締めよ」という戒め。

 自分の未熟さを認識しながら、新しい事態に対応していく、その心構えこそが「初心」であり、それを忘れずにいればこそ前に向かって次なる挑戦へと進んでいけるというものです。
♪ボクには夢がある。希望がある。そして・・・持病がある。(某保険会社のCMより)
  どんな作品に出ていたのか知りませんが元俳優の押尾学という人に裁判員裁判で判決が下りたそうで懲役2年6ヶ月。この判決が重いか軽いか。或いは妥当なのか。争点となったのは保護責任者遺棄致死。判決ではこの「致死」の部分が認められなかったようです。「有効な手段を選ばなかったから死に至らしめた」という検察側と「やっても間に合わなかった」という弁護側。結果、致死罪については弁護側の意見が取り入れられたといいます。10分程度で死亡したという押尾被告の供述を被告と電話で話した知人の証言などから、田中さんが心肺停止状態になったのは約1時間後だったと認定。119番すべきだったのに保護責任を果たさなかったとして、遺棄罪が成立するとしたといいます。裁判というものはそういうものだと思いますが聞いていてやりきれなさが残ります 。
  弁護側の主張。人が生きるか死ぬかという時に間に合うかどうかで119番するのを判断するでしょうか?近くにAEDがあれば飛びつくだろうし。無ければ人工呼吸する。救命処置で電話が出来なければ誰かに頼む。今時小学生でも携帯持ってます。100歩譲って弁護側の言うように田中さんが10分で亡くなったとしてもその間、適切な処置をとっていたら間に合っていたかも?「これは呼んでも無駄」と判断を下した。その根拠は?言うとおりなら非常に冷静な人だと思います。 逆に検察の言う1時間も放置していたのならそれもまた恐ろしく冷酷な人だと思います。
  どんな結果になろうと今自分が出来る「最善」を尽くす。最後の1分1秒まで。上手く表現できないけどそれって人間の本能だと思うのは勝手な思い込みですか?・・・私は裁判員にはなれない。正常な判断ができないと思います。

Sh3b0257 

  昨日NHK「ためしてガッテン」という番組を見ました。早くからこの番組、見ようとチェックしてたのですが昼間自販機の交換。集金などもあり忙しく時間に追われほとんど忘れかけてました。上手い具合?に阪神が横浜に大差をつけられていて野球を見なかったので途中からですが見ることが出来ました。サブタイトルが「認知症!介護の新技で症状が劇的に改善する」最近のTV番組は共通してセンセーショナルなタイトルをつけたがる。その挙句最後まで見てどうってことない平凡な内容にがっかりすることが多い。今回も最後まで見たのですがどうやら「新技」というのはセンターシートとバリデーションのことだったようです。期待するほうが悪いのでしょうが現場の人なら良し悪しは別として以前から大抵の人は知ってるし実際に適用している人も施設も多い。仮に知らなかったとしても真面目に取り組んでたら「人が人を介護する」んですから進む道は自ずと同じ方向になります。気になったのはこれも演技かと思うのですがゲストの人達がちょっとした事にいちようにオーバーに驚く。そういう「指示」があるのでしょうがいかにもわざとらしく見えます。でも番組全体の印象としては上手くまとめてあるように思います。印象に残るのはやはり実写の部分。ぼかさずちゃんと顔をだしてその表情の変化を追う。ほんの少し前まで「認知症」(特にアルツハイマー)をカミングアウトするというだけで驚きだったことからするとこの病気も随分身近になり文字通り「認知」され、市民権を得たように思います。でももっと本当に驚くような、目からうろこが落ちるような「新技」。そういうのを期待するのは贅沢なのだろうか?発症のメカニズム自体解明されてない故かどれもこれも消極的な対処療法に思え、いつも見終わった後すっきりしない。こういう状態がこれから先もずっと続くのでしょう。ついでといってはなんですがいつも言うように何故「認知失調症」でなく「認知症」なのか?この日本語。絶対変です。