
斎場御嶽
沖縄へ行ってきました。
南城市にある斎場御嶽(せーふぁうたき)での体験は信じられないほどの衝撃でした。
世界文化遺産にもなっていて、「琉球開びゃく伝説にもあらわれる琉球王国最高の聖地」とパンフレットに書いてあります。
南城市の解説
※ 世界文化遺産「斎場御嶽」へいらっしゃるお客様へ

有名なのはこの写真の拝所で、三庫理(サングーイ)というそうです。
もっとも写真にありませんが柵が手前にずらっとあって近づくことは出来ないし、もちろん岩の間を通って向こう側へも行けません。
ただ、それを残念にも感じませんでした。
残念でなかったのは6つある拝所の始め、大庫理(ウフグーイ)での体験からでした。大庫理にも柵はありますが全体が三庫理より狭いので石の壁から5m程まで近づくことが出来ます。
近づくだけで高揚感のような、異界に来たような、不思議な感覚でそこが特別な場所であることが身体全体で分かります。
そこで目を閉じ手を合わせてみます。
数秒の間があって体が左右に揺れるように回るように動き出しました。
しばらくそこにいると、次から次へ岩に近づく人はいて、ただ挨拶のように手を合わせても何もないようでしたが、数秒そのままにしている人は身体が揺れていました。
信じられないような経験でした。
硯刻家 五代 名倉鳳山 硯展 心の器
髙島屋日本橋店で開催中の個展です。
パンフレット
心の器 というサブタイトルがありますがパンフレットにはこう書いてあります。
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墨は広く平らな丘で水と出会い
ゆっくりと落潮を伝い海へと流れる
その単色にして無限の色を秘めた美しさと
心を落ち着かせる香り
手から伝わる墨堂の感触を楽しみながら
自然と心は鎮まってゆく
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実は以前、名倉さんに自分が持っていた中国の平らな硯を研いでもらったことがあります。
全く墨が下りなかった硯が見た目は変わらず磨れるようになりました。
磨る時、墨が硯に吸い付くように感じました。
その感触は墨を通して硯という石が磨る人の雑念を吸い取ってくれるようでした。
会場には実際に墨を磨れる硯もおいてありました。
大山忠作襖絵展
先日、二本松市にある大山忠作美術館へ行ってきました。
開館15周年記念特別企画展 大山忠作襖絵展 成田新勝寺所蔵襖絵「日月春秋」
襖絵は4点です。

成田新勝寺にはこのように納まっているそうですが、普通に拝観できる場所ではないそうです。

会場ではこのように。大きな作品です。

「日」
パンフレットンの解説には1981年「現代日本画家素描集⑰」からの抜粋として
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画想の基盤は感動的印象「マニラ湾の夕照―空も海も真紅に染まり、巨大な太陽がぐらぐらとゆらぎながら西の海に沈んでゆく」
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解説はもう一つあり、長女の大山采子さんが会場で話されていました。
戦争に出征しフィリピンから台湾へ4隻の輸送船で移動の途中、乗船していた2隻目がアメリカ軍の攻撃で沈没したものの、船の破片につかまり海に漂い一夜を明かし翌日沈没を免れた船が戻って来て救助され九死に一生を得た経験があったそうです。
夕日はその時だそうです。
絵はその光景が描いてあります。
船に乗っているのではなく、陸上からでもなく、海面に浮かぶ身体から見る夕日が感じられます。
これは戦争画とは言えませんが、大岡昇平の小説のように戦争を経た経験が人の感情の深部に降りて行った絵画でした。

「光池游々」2003年
鯉は大山先生の代表的なモチーフですが、襖絵の「日」を見た後みると、ここにも同じ世界を感じます。
大山先生は大正11年生まれだそうです。父は大正10年生まれで一つ違いですが美校へ入るのに一浪しているので同学年で同じように学徒出陣していました。

箪笥の底に畳んで持っていたのを先日見つけました。
先日、全共闘世代のアートコレクターのことを考えていて、その世代の周辺を考えている中でどうも戦争へ行った人達に対して一種コンプレックスがあるのを感じました。
九死に一生を得た経験があれば何でもできるような感覚を持てるのかも知れません。
或いは、死んだ人の分も何かをしなければ と思うかも知れません。
従軍した人は戦争の後、感覚的には半分くらいの友人がいなくなったのでしょうか。
しかし平均寿命に近づくことも同じことと気が付きます。
長谷川潾二郎展
明日までですが、銀座の画廊で長谷川潾二郎の作品を観ることができます。
こちらのサイトに詳しい紹介があります。
生誕120年 長谷川潾二郎展 銀座のギャラリーで開催します。この機会にぜひ風景画・静物画に触れてください。R6.9.22~9.30入場無料
個人的には風景画が好きです。
竹林 31.5×41.0
ジーンときます。
絵を見てこういう体験ができる機会はめったにありません。
心の底からお勧めします。
東山魁夷展と近代美術館を巡って 表現のコピー感ともう一つの表
三浦さんの個展の後、美術館を2つ回りました
始めが山種美術館で「没後25年記念 東山魁夷と日本の夏」
実は移転してから初めてです。
券を買うのに行列で、入ってみるとそれほど広い美術館ではなく、入場制限をしていたのかも知れません。
以前、国立新美術館であった展覧会のブログを書いたことがありますが、若い頃は想像も出来なかった感覚を驚きながら発見します。
緑潤う 1976年(昭和51)
この絵を見て、右手前の緑の塊が島のように見えたからなのか、突然、ヘルムート・リケ氏の父・藤田喬平の筥の作品への評論を思い出しました。
『見た目に訴えるように、鎬を削って追求していく、自意識の強い西洋の芸術表現の中で、藤田の一連の作品は、独断的な海のうねりの中で、休息と調和の島のように思えた。』
東山魁夷の表現からは、風景を見る画家の意識が描いている風景と一体になっているような、言い換えると、画家の意識が消えていくような感覚を受けます。そしてこの絵を見ている自分も、意識が絵の中で消えていくような、言い換えると、絵が心に沁みるような快感があります。
それから、東京国立近代美術館へ行きました。
所蔵作品展 MOMATコレクション(2024.9.3–12.22)
大学入学前の予備校へ通っていたころはよく行きました。
昔の展示作品の順番を記憶で辿れそうですが、今は美術館の在り方そのものが変わっていました。
鑑賞している人は数十人という感じで、殆どは白人系のインバウンドです。
並んでいる作品を観ながら、以前に書いた「縮小する日本美術の独自性」というブログを思い出していました。
「縮小する日本美術の独自性」はそういう名の論文です。明治時代、近代的な西欧列強に伍する近代的な日本という国を人為的に作ろうとする中で、文化的にも西欧に対抗出来る「独自の日本美術」が主張されたことがありました。それを周辺諸国との関係の中で見直そうというものです。
美術館の展示は海外との関係の中の美術という印象がありました。
展示には時々美術館がコレクションしている西欧の絵や工芸があります。
それらを観ていくと全体として西欧との関係の中で近代の日本美術が生まれた印象を持ちます。しかし西欧のコレクションが原本のような位置関係にも見えます。
ここに 東山魁夷の「緑潤う」をヘルムート・リケ氏の解説と共に展示される光景を想像してしまいました。
インバウンドの人達にも伝わると思います。
作品の背後にある思想と、本質的なもう一つの日本が理解出来ると思いました。
「縮小する日本美術の独自性」の論の中には、日本は古代からの美術品が残る稀有な国、と書いてありました。
そのことを、日本人の左脳優先の脳の仕組みから考えると、日本人は美術品を左脳的「理解」として受け入れて右脳的「感情」としては受け入れていないからだと想像出来ます。
受け容れ方は独自なものです。
何故、古い美術品が残っているのかというより、何故、壊さないかと考えると「理解」ならば古い美術品を持っていて、新しい美術品が増えてもそれも「理解」して敢えて古い美術品を壊す必要はありません。「感情」ならば好きであったものの他に好きなものが出来れば結果として過去のものは嫌いになります。
日本の近代美術は西欧の表現の右脳的「感情」を左脳で「理解」することでした。そして作品に見える「理解感」は古代とは言えないまでも、古くから現代までの日本美術の中に続いているように見えます。
理解感は「コピー感」とも言え、何か本質に直に接することが出来ない屈折感を生んでいますが、この「コピー感」こそ日本の美術の避けられない本質的属性に見えます。
そして屈折感は美術だけではなく、日本の社会的や政治的なフラストレーションとして被さっているのを感じます。ドラスティックに変化できない日本社会には何かが足りないとイラつくのは、右脳的「感情」と左脳的「理解」を何かが違うとうすうす感じながら、同じものとして「理解」して同じものにしてしまう自己欺瞞が底にあります。
美術家は、以前 彦坂尚嘉氏のYouTubeをブログに貼ったことがあってその中で氏も言っていますが、美術大学の受験勉強はひたすら右脳を使って見ることの訓練で、その経験から意識的に刺激を右脳に切り替えることが出来る美術家は日本人に、スポーツの熱狂が一瞬で覚めるように、右脳的「感情」がないことを実感として知っています。
日本の近代美術は大雑把な言い方ですが、明治から戦前は近代国家の確立のようなもので、戦後からは個人の確立のようなものに移ってきたように見えます。
その個人の表現の突然変異のようにして、東山魁夷と藤田喬平の作品は生まれました。
意識が消えて行くような表現は、右脳的「感情」がないことの告白のようなもので、深い意味で西欧に伍するものですが、西欧が作った美術という枠組みから外れています。
それが「個人の表現」ということになっています。
それは美しい誤解ですが、美術館へ来る多くの人はただ心が惹かれているように見えました。
平成の始めの頃の父の個展の雰囲気を覚えていますが、そのある種、高揚感のようなものはそれ以降なくなってしまいました。
経済情勢はありますが、それは日本の美術にとって偶然美術の世界史に飛び出したような幸せな瞬間だったと思い返します。
現代アートが始まって今はまだ、近代美術に当てはめれば明治の段階のように感じます。
再び幸福が来るかはわかりませんが、突然変異はある確率で起こり続けることはあっても、美しい誤解と重なる瞬間が来るのは不可能のように感じます。
ただ立ち会えた記憶が色あせることはありません。
三浦 泉 さんの絵
三浦泉さんの個展を見てきました。
うしお画廊
三浦 泉 展
ー山、刹那に立ち現れるものー
会 期:2024/09/02(月) ~ 09/07(土)
休廊日:会期中無休
時 間:11:30〜19:30(最終日17:00)
「山、現れる」油彩 キャンバス 130.3×162.2cm
10年以上前、みゆき画廊で個展をされた時の小品を一点持っています。

「かなた」
画像では分かりませんが、道に見えるものと月に見えるようなものも描いてあります。
購入の動機は、三浦さんが内視現象を体験しているのが感じられたからでした。
今回初めて直接お話しすることが出来ました。
話題はいつもブログに書いていることと同じです。
予備校時代の石膏デッサンは右脳で見る訓練で、その右脳で見ることの先に、意識の編集で意識出来ない内視現象が意識の編集力が弱くなった時に現れる、ということです。
ゴッホやセザンヌが描いていたものは本当に彼らが見えていたものです。
三浦さんは内視現象という言葉は初めてのようでしたが、やはり内視現象を見えていました。
短時間の会話の中でしたが、最後に自分が問題にしていることを話していました。
ゴッホやセザンヌが描いたものの意味は当時も理解していた人はいるはずです。
しかしそういう意見が広く伝わらなかったのは、彼らが生きた時代から始まり今もその渦中にいる、脱宗教の時代を私達が生きているからです。
理性で生きていこうとする時代です。
ネットで三浦さんを検索すると「個を超えた自然」あるいは「気」という言葉で紹介されています。
これが正解のような気がします。
200年位経って今よりもっと「理性」の限界が問われる時代になった時、内視現象も右脳の認識も当たり前になる時が来ると信じています。
今回三浦さんとお会いして同じものを見ている人と知ったのはうれしいのですが、変な「戦い」に引き込んでしまったような心苦しい感覚が心に残っています。
スポーツ選手の神経スピードと自己破産
いつの間にかオリンピックは終わっていました。
日本の選手を応援する気持ちはありますが、実況を見ることは結局一度もありませんでした。
スポーツに興味が無いのかというわけではないのですが、メイウエザーの試合の解説動画は見たりします。
しかし勝敗云々ではなくて、この動画の2:21に出てくるビクッとする動きは何ともいえません。
メイウェザーの超絶テクニックを解体します。カネロ・アルバレス戦より 脅威のスピードとボディワーク
映画のマトリックスに出てくる神経スピードはあるような気がします。
マトリックス - ネオvsモーフィアス戦闘訓練 【吹き替え】
きっとスポーツはそんな神経スピードの積み重なりなのでしょうが、神経スピードそのものが見える場面はあまり出会いません。
とは言え、剣道なんかは速すぎて分かりませんが(笑)
トンネル内であわや大事故..レーサーの半端ない反射神経 #f1
こういう動画を見ると、自分の神経スピードが速くなるような気がします。
高速道路で逆走の車も避けられそうな気がします。
しかし、勝敗としてのスポーツを見ることが気が重い理由は他にもあります。
なぜメジャーリーガーは引退後5年で8割「自己破産」するのか
ローマ時代の格闘奴隷と本質は同じように見えます。
自己責任にコーティングされた現代の格闘奴隷です。
上手い話しにのりやすいという指摘の前に、日本のようにそもそもスポーツに熱狂しないのが正解のような気がします。
右脳的空間の体現
左脳の感性的な認知から生まれる「間」を考え続けています。
明治時代から西欧の音楽に接して、初めて右脳的な空間を知った私達は「理解」としての右脳的空間の知識を得ただけで実は体現は出来ません。
ただ理解と体現の区別も出来ません。
そんなことを思いながら8月15日が来ていつものような記事を見ました。
靖国神社への奉納や参拝「中国を傷つける」 新華社が批判「残忍な軍国主義の象徴」
中国国営通信新華社は15日、岸田文雄首相が靖国神社に玉串料を奉納し、国会議員が参拝したことを報じ「日本の当局者による参拝や奉納は常に批判され、中国と韓国を含む各国の国民感情を傷つけてきた」と批判した。
新華社の配信記事は靖国神社を「残忍な軍国主義の象徴」と指摘した。(共同)
今までと全く違う思いが浮かんできました。
中国の批判は、日本が戦争で戦争犯罪をされた相手を自分のように非難し続けないことを批判しているように見えます。
物分かりが良く「理解」して非難を自分自身に向けていること自体を批判しています。
半ば無意識にしかし半ば意識的にされている犯罪を覆い隠す作業を批判しています。
右脳的空間の体現として。
「間」という静寂
藤間勘十郎文芸シリーズ語りの世界Vol.1 「偐紫田舎源氏」
先日、友人に誘われ観劇してきました。
解説はコピーが出来ないのでリンクを見てください。
江戸期の戯作者・柳亭種彦の「偐紫田舎源氏」の朗読劇で、三味線・箏・鳴物の生演奏が劇中音楽になっていました。
人の声と和楽器の音で出来た劇で、全て我々にとって左脳への刺激で成り立っています。
以前、モーツアルトのクラリネット協奏曲の和音の一節が空間の高まりと魂の飛翔のように感じさせてくれることを書いたことがあります。日本の伝統芸能と同じような劇の中で、日本なりの同様の効果をもたらす装置は有るのかと思いながら観ていました。
劇が終わり銀座の方へ連れだって歩きながら気が付いたことがありました。
和楽器の演奏には「間」があります。声も音もないその瞬間、劇場の空間を包み込む「間」があります。
それは劇と筋書きを追う心と日常の心を繋ぐような、魂の達観と呼べるような装置です。
魂の飛翔を幻想と達観しながら空間に漂うような空白で静寂な瞬間です。
以前、龍樹を書いた時の文章を思い出しました。
龍樹は「言葉」を使って思考することそのこと自体の曖昧さと限界を、そう主張することなく、主張して、まるで描いた絵を消した後の残像を見ているように、心を支配している言葉を否定して消した瞬間の空白感のような場所が、ブッダが説いた世界だと言っているようです。
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如来の本性なるものは、すなわちこの世間の本性である。如来は本質をもたない。
この世界もまた本質をもたない
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観劇の後の会食の中、ブロードウェイのダンサーの話しがありました。彼らは宴席を設けてもサラダしか口にしないそうです。今の公演を終わった後に役がなくなる危機感をいつも持っていて、それはKPOPも同じ構造だそうです。
話題は例えば学校のクラスで2番3番の女子を集めると言われるAKBから「推し」に移っていき、「推し」とは言わず贔屓かも知れませんが、実は同じようなことは江戸時代の歌舞伎の世界からあったそうです。無名時代からの贔屓はその役者がトップになっても大事にしてくれるそうで、その為にどの子役を贔屓にするか目が問われるそうです。
宝塚、旧ジャニーズ、AKB・・・どうもブロードウェイに比べるとレベルが劣っているかもしれないと思っても「推し」の中で問題にされることはないように見えます。
比較は意味がありません。
結局、感性的な認知の右脳と左脳の問題です。
左脳の感性的な認知から「間」と「推し」が生まれています。
武満徹が書いた本のタイトルは「音、沈黙と測りあえるほどに」でした。
「SILENCE・MA」 というタイトルの作品の構想が浮かんでいます。





