時間を少しでも有効に使ったら?と朱里がバイトを紹介してくれた。


確かに来年のこの時期は就活で忙しいだろうし、何より彼に逢えない時間を嘆くぐらいなら、


朱里の言う通り気を紛らわせた方がいいだろう。


『ほんと?やる気になったんだ!じゃあいいとこ紹介してあげる。明日19時にここ行って!』


メールと一緒に地図のURLも届いた。一人で行け、ってことね。


『わかった了解、ありがとう』


・・・それにしても、バイトの面倒まで見てもらって。先生といい朱里といい、私は人に甘えすぎかな?




「いらっしゃいませ」


指定の場所は、渋谷の駅から10分ほど歩いた所にある、細い路地沿いの地下のバーだった。


「あ、あの・・・私・・・」


「あ、もしかしてバイトの?」


「は、はい」


「朱里ちゃんから聞いてます。どうぞ奥へ。事務所にご案内します」


さすが、おしゃれなバーで働く人ってカッコいいんだなぁ。立ち振る舞いもなんかスマートで。


・・・にしても、朱里『ちゃん』って。朱里も顔が広いなぁ。


「あれ?小島?」


どこかで聞いたことがある声だ。バーテンの格好をした、どこかで見たことのある爽やか系青年。


「お前だったんだ!新しいバイトの子って。すげー偶然!テンション上がった!うわーよろしくな!」


店中のお客さんやカップルの視線を感じる。


ここ、静かでおしゃれなバーですけど。


「・・・た、辰巳くん・・・」


さすがは杉本ゼミ空気の読めない代表。


即座に私を案内してくれているスマートバーテンさんが、無言の視線でキリッと制圧する。


KY代表の彼は、まるで飼い主に怒られて震えている犬のような顔になった。


クスクスッとではあるけど、久しぶりに心の底からおもしろいと思って笑っている自分に気づいた。


「あんな奴もいるから、リラックスしてね」


笑顔のスマートバーテンさんにどうぞ、と通された部屋でお給料やシフトのシステムなど色々と説明を受けたけど、心の中では私はもう既にここで働く気になっていた。


明日の夜から、ちょっと毎日が楽しくなるかもしれないな。




『そうなんだ。辰巳と同じバイト先か、偶然だね』


『うん、びっくりしちゃった。でも、なんだか楽しくなるかもなって』


『菜緒の楽しそうな声、久々に聞いた気がするな』


『そう?そんなことないと思うけど』


『あっ、ごめんそろそろ。また明日な』


『うん、わかった。おやすみなさい』


先生と電話できるのは夜、ほんの少しの時間だけ、先生の方から掛けてきてくれた時だけだ。


きちんと聞いたことはないけど、たぶん、奥さんが子供とお風呂に入っている時間だろう。




はぁ、と軽く息を吐いて、窓の外を見た。寒いからだろうな、綺麗な夜空。


『星に願いを』が鳴った。


『言い忘れてました。

ミラクルバーテンダー・菜緒、頑張れ!』


「ミラクルって何よ」


クスッと笑いながら返信を打った。


『先生を虜にするミラクルカクテル、作ってみせます!お楽しみに』


本当に作れたらいいけど。そんな魔法のカクテル。




今夜は久しぶりに良い夢を見そうだな、と思いながら、ベッドに入った。






夜遅くにメールが入った。


「星に願いを」のオルゴール。彼からの着メロだ。


『大丈夫?』


・・・一応気づいたんだ。


『平気だよ』


『ごめんな』


『でも、さ・・・イヴは、どうしてダメなの?』


勇気を振り絞って聞いてみた。


『今年は、どうしてもその日にしか買い物に行けないんだ』


買い物?そんなの、いつでもできるじゃん。


『なんで?ちゃんと教えてほしい』


この返事は、少し間があいた。


『妻の予定のつく日がそこしかなくて』




それからは、クリスマスの話は一切しなかった。


どんな事情があったのかはわからないけど、


やっぱり私たちの関係に彼の奥さんや子供が出てくるのは、違う。


そんなの、私たちじゃない。




先生が触れないことは私も触れちゃだめだ。


彼に舵取りを任せて、私はその船に乗るだけがいいんだ。


大海原をゆっくり、ゆっくりと進む船に、気持ちよく身を任せて。





トヨタやソニーといった国内一流メーカーのマーケティング戦略を分析する杉本ゼミは、


内容もさることながら若さと真面目で誠実な先生の人柄が受け、学内でも5本の指に入る人気のゼミだ。


講義とは違い、ゼミはより近くで先生の近くにいられるので、私はこの時間が大好きだ。


みんなは知らない、私たちの関係。


先生と生徒を越えた、二人の関係。




「せんせーい、クリスマスはどうするんスか?」


出たこの質問。この空気の読めなさはさすが辰巳くんだ。


「ハハ、決まってるだろ、家族サービスだよ」


先生も、なにもそんな笑顔で答えなくても。


「さすが~ステキ~」


「やっぱり結婚するなら先生みたいな人がいいなぁ~」


先生は本当に女子のハートを掴むのがうまい。


でも、狙ってやっているわけじゃないから、文句が言えない。


「ホントは、彼女とデートだったりして!」


朱里だ。なんでそんなこと言うのよ!!思わず目が見開いた。


みんなにバレたらどうすんのよ・・・・・・でも、先生は何て答えるんだろう。


「だと、いいんだけどな」


ニッコリ笑って先生は言った。


「我が家の小さなプリンセスの、誕生日なんだ」




知らなかった。


いや、そもそも二人でいる時は、先生の家庭の話など持ち出さないのだけれど。


でも、去年のクリスマスは、夜数時間だけ逢ってくれた。


二人で、イヴの夜をささやかにお祝いした。


そうなんだ、先生の『イヴに逢える?』という言葉は、


『25日は逢えないから』の意味が隠されてたんだね。


ちゃんとサインを出してくれてたんだ。


自分が、それに気づいていなかっただけなんだ。




「知らなかったみたいね」


後ろから、いつもの足音と共に朱里の声が聞こえてきた。


「うん、まぁ・・・」


「ま、しょうがないよ」


「うん・・・」


「腑に落ちない?」


「・・・だって」


「子供がらみだよ、きっと」


「でも、去年は逢えた」


ハァ、とため息をついた。


私じゃなくて、朱里が。


「不倫だよ?わかってる?」


言葉が出てこない。


「ワガママ、言っちゃいけないのよ」


「・・・」


肩をすくめた朱里は、私の背中をポンッと押して、何も言わず歩き始めた。


心なしか、朱里も元気がないように思えた。




先生に、ちゃんと言わなきゃな。


知らなかった、言ってほしかった、寂しい、逢いたい。


でも、それでも、先生がすき。


だから、私、頑張るよって。