「スーパー起業家」といってもショッピングのスーパーではありません。スーパーマンのスーパーです。この赤い車はイタリアのレーシングカーで有名なフェラーリのロードカーでいわゆる富裕層のものでした。いや今もそうでしょう。その真っ赤なフェラーリで颯爽とわが東峰テレビ局に現れたのが「むら工場」の社長、岩下洋陽さんです。

 前から話しは聞いてましたがいきなり散歩?散車??のお誘いです。日曜日なので色々と用事はありましたが「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ!」の諺に従って乗せていただきました。どこへ行ったのかはまたのお楽しみに。さてこのわが村の「スーパー起業家」岩下社長は勿論「住民ディレクター」の一人です。フェラーリを乗り回すむら工場の社長は一体何を撮っているか??。8月5日から9日までの5日間は住民ディレクターフリー体験コースです。自分で日程を組んでいただき、1泊でも二泊でも5日間通しでも体験してもらえます。

 岩下社長もお忙しいのでどの日にちにお願いできるかわかりませんが合宿に全面協力いただきます。意気投合すればフェラーリに乗せてもらえるかもしれませんよ!!27日からの第一弾、地域プロデューサーコースは満員御礼が出ましたので入れませんが、元気興しメディア合宿第二弾、第三弾の日程はとうほうtvイベントガイド、こちらへ。

 

 昨日の講演会で熊本県民テレビ時代の「花咲か一座の豪快TV」という「番組」というよりも「地域おこし実践活動」の話が再々出ました。花咲か一座は異能の力や技術をもったよそ者集団が約半年間市町村に入り込みます。地元でやろうとしてできなかった農家や商店、ボランティアの方々の活動を異能の集団がサポートしながら一緒にそのことを実現していくチームです。そのプロセスをKKTスタッフが撮影し半年後に1時間番組にするという地域おこし応援番組でした。

 半年間よそ者が地元の方と組んで劇団を創ったり、筏釣りのメッカを創りはじめたり、昔から伝わる祭の名物をばあちゃんらと研究して復活させたりと地元の方の夢をすべて実現していきます。番組は淡々と撮影するのですが当然間に合わなくていつしか地元の方々にカメラを渡してしまって任せることになっていきます。これが「住民ディレクター」の始まりです。

 膨大な時間と手間をかけてわずかな予算でやってましたから気風のいい旅芸人の座長からはしょっちゅう「そげなもんはNHKがやることばい。民放でやるもんじゃなか」と言われていました。その片岡長次郎さんは故人ですが、24時間テレビでも気持ちがいいぐらいスパッと協力していただきました。問題が起こると清水の片岡演芸道場に呼び出されましたがズバッとこちらも本音を語りますので意気投合してあっというまにトラブルも解決しました。なのでトラブルではなくてよりいいものにするための議論だったと感じます。

 実現するための実践をやり続けることが本当の実戦家でしょう。昨夜はその花咲か一座のメンバーをお願いした徳永社長、綱田さんがいました。そして深夜に人吉の花咲か一座本田節さんからコメントが来ました。実に20年ぶりの話しでもあるのですが今でも即気持ちが通じるのです。素晴らしいプロジェクトチームが熊本にはあります。

@花咲か一座をこよなく愛する人吉市ひまわり亭の本田節さんとひまわり亭。


 昨夜はレストランの予定人数がいっぱいになってアットホームな講演会になりました。久しぶりにこれまでやってきたことを少ししゃべり、参加された皆さんの質問や感想に耳を傾けていると見事にその方の現場が映像を見るように鮮明にイメージされます。IT関係から病院、農業、会計士や社労士、公務員、雑誌編集長等様々な分野の方から出る質問のすべてに即答できるのはやはりあらゆる現場をやってきたからだな、と一人感じていました。

 違う分野の方々のそれぞれの課題を一緒になって考えるこういう機会はまさに「新しい公共」の場です。熊大生が終了後に「勉強になった」と言ってましたが本音を感じました。実践、実戦の人生でした。ゆりかごから墓場まで、といいますが本当に様々な現場に入り一緒に仕事をしながら発信すべきことや仕組みを創ってきました。

 昔、俳優の鶴田浩二さんが「傷だらけの人生」という歌謡曲を流行らせましたが、講演中に「実戦だらけの人生」との言葉が見えました。実戦しかなかったといっていいほど現場で考え実践してきましたからすべて人間の暮らしに基づく理屈があります。机上の空論ではなくて人生の理屈が本当に必要な情報発信の仕組の基本理論になるはずです。講演会は参加者と一緒に行動する前提でやれるとこうやっていくらでも発想が浮かびます。面白いですね。まずは使えるTVの使い方を実戦的に考えます。

とうほうTV元気興しメディア合宿第1弾、地域ICTプロデューサー鍛錬編は定員を超えましたので締め切らせていただきます。次回は8月5日から9日までのオーダーメイド合宿は受付中です。住民ディレクター体験コースですので初めての方には目からウロコ状態になるとおもいます。


 随分長い間やめていた講演をまたやりはじめました。熊本からです。講演というのは「良い話しでした。面白かった」で終わって実践につながらないことが本当に多かった時代がありました。御礼はいっぱいもらえても実践しないのではプロデューサーとしては意味がありませんでした。なのである時期からやめていました。

 今夜久しぶりに講演していてある日ある晩突然、テレビ局をやめることになった平成7年7月を思い出しました。そうか、今日も7月だ!!?あれから17年立って熊本に戻ったようなもんだ。再スタートしたのはテレビ局をやめて起業した時に一番に応援してくれたくまもと経済の徳永社長のお誘いを受けたからです。すべて信頼関係が元です。

 そして今夜久しぶりに講演をして感じました。今はもう実践している方々が呼んでくださる時代になってしまいましたね。実践、実戦の話しが直球で伝わります。2500人の小さな東峰村の実践は十分九州標準、日本標準になっています。とても面白い時代になりました。懐かしい顔ぶれもいっぱいで「元気興しメディア合宿」への反応も即あって実践が勝負の時代を強く感じられました。熊本の皆さん、ありがとうございました。新しい動きへの手応えをばんばん感じていました。

@立って喋っているのは平成二年にくまもと県民テレビでわたしが企画・プロデュースした地域おこし番組「花咲か一座の豪快TV」の一座メンバーになってもらった綱田さん。彼は豪快TVがきっかけで小国町に住みふさ切り大根を使ったバレンタインチョコレートを開発、その後様々な事業を興してきた。約15年ぶりの再会はごくごく普通に「やあ!」って感じでした。これなんですね、創造的な人間関係は。

 


 東峰村の大雨も一息つきましたがまだ避難所のいずみ館には避難のまま二名が過ごしておられます。合楽集落の伊藤さんたちです。「伊藤さん」ばかりが三世帯の集落ですが一番奥の伊藤さんは土砂が家の中に流れ込み大変になっていて今は息子さんの家に避難しておられるそうです。取材にお邪魔すると賑やかで倉庫がからっぽになるほど必ず山ほどの野菜をくださるばあちゃんです。

 ちょっとお姉さんの伊藤さん(写真)はもの静かで昨日も避難生活について村に大変感謝されていますが畑のことが気になる様子でした。下川商店でリンゴやバナナ、ゼリー等を買って持っていきましたが御礼をいわれるばかりで手を付けられません。この伊藤ばあちゃんにもいっぱい野菜や菓子をいただきます。大事なわたしのばあちゃんです。台風が過ぎたら一度家に帰られるのでしょうがこれまでに経験がない大雨は本当に怖いですからゆっくりとしてほしいですが。

 もう一人の伊藤さんは(手前)やはり一人暮らしでちょっとご病気で身体が動きにくいのでやはりいつも心配です。いつもわたしがお邪魔するとニコニコと話しを聞いていただいています。いずみ館は村民スタッフのひろつぐ君のお母さんが務めておられるので安心です。


 とうほうTV村民スタッフの「ときんちゃん」こと辻富貴男さんが遂に「とこ」と「ばんこ」を完成させてわが東峰テレビ局に持ち込んでくれました。

 ときんちゃんは大工さんで8ミリフィル時代から今に至るまでの映像機材にも強く貴重なフィルム、ビデオをいっぱいもっておられます。大工の腕もピカイチで小石原焼の民藝運動の中心になった小石原の工芸館の建設にも一役買っています。今回の「とこ」と「ばんこ」はわたしが生まれ育った兵庫の加古川では床几(しょうぎ)といいますが夏に庭先において近所の人が浴衣姿で集まって酒を呑みながら語り合う場の必需品です。うちわと蚊取り線香が似合うので美空ひばりの金鳥蚊取り線香のCMにはよく出ていた光景です。

 で、ずっと前から床几が欲しいという話をしていたら本当に身近にある材木で作ってきてくれました。普通なら良い値段がするものですので恐縮ながら東峰テレビ局の大道具??として使わせていただくことになりました。さっそく27日からの地域プロデューサー合宿にて使い初めをしたいと思っています。そのうちにとうほうTVのテレビショッピングで「ときんちゃん」の「ばんこ」や「とこ」「ipad三脚用安定フレーム」?!などなどとうほうTVの売れ筋商品になるでしょう。



 昨日早朝から二日間みっちり東京である仕事をしてました。皿山の窯元婦人の成美さんには「山を当てに東京に来た」とコメントしましたがそのようなものです。「山がもし当たったら銀座でも赤坂でもお連れしましょう」、と書いたら早速サングラスを買ってくるとのことですがこれはどういうイメージでしょうか??銀座はサングラス?、ま、というわけで山を当てる最後のところで登場してくれたのがわが八百万人の事務局長高橋明子さんです。

 都内でこれとこれをして何時にはここへ行ってこれとこれをする。って言っておけばその全行程を見事に用意してくれました。しかも本人のサポート付き。わたしの苦手なパソコンの分野はしゃかしゃかとやってくれたので何とか時間までに用意できて全部クリアしました。東京での仕事お任せコースです。パソコンやるなら電源が借りれるあそこ、コンビニでコピーするならどこそこ、何時までに○○に着くならあそこなら地下鉄でもタクシーでもOK・・、というわけで全部揃っています。これはしっかりビジネスです。

 ネーミングはカッコ良くするでしょうが、東京ビジネスフルコース便のようなものです。何て書くと次回からは福沢諭吉さんを何枚か用意しておかないといけませんなあー。実際、わたしならこうやって仕事にしていきますがね。今やっているプリズムの仕事だってもともとはこんなものでまさか仕事になるなんて?!と皆さんが考えもしなかったことをやってしまったんですよね。


 企画プロデュースを仕事にして15年になります。わたしの場合、正確に書くと企画・プロデュースです。企画したことを実現するからです。

 企画とプロデュースはそれぞれ仕事としてはひとつひとつ独立してますが企画だけして放っておくのはしません。企画は実現するためにあるので実現するまでをやります。「実現するまでをやる」ことがわたしのプロデュースです。逆から見ると「実現しない企画はしない」、です。企画・プロデュースとして一体なんですね。

 テレビ局時代の後半の半分ぐらいの頃(14年間もテレビ局にいましたから7年程でしょうか)から企画・プロデュースが仕事でした。平成8年に起業してからはすべてが企画・プロデュースです。その頃からいつも企画は常時「50」は温めていましたが順次実現するので、当然新たな企画が次々と生まれます。そしてまた次々と実現していきます。今は「50」どころではなくなっていますが実現のスピードが上がってますから同時にいくつもやっていきます。

 よく聞かれます。企画の源は?プロデュースの仕事ってどういうこと?企画の源は身体を動かすことであり、プロデュースは身体を動かすことです。同じようで違い、一体です。結局OJT(仕事の現場で鍛える)でしか伝えられないのでイベントや合宿で身体の動かし方をお伝えするのです。たくさん機会を設けていますのでぜひ東峰村に身体を運んでください。

@元気興しメディア合宿:プロデューサー編