地域に関わる仕事や暮らしを具体的な体験を通してわかりたい。これは私自身が学生時代からやりたかったことの一つです。

 

やることも見つからないまま大学を出て、フリーターのような生活をしていた頃に、たまたま酒の縁で大分県別府市の旅館の大将と知り合いました。そのご縁で数年後に熊本の民放テレビ局に入ることになりましたが、実は20代後半までテレビのない暮らしをしていました。入った局は「熊本県民テレビ」という名前の地域民放だったので、まずは熊本県のことを知らないと話にならないと考え、熊本県内をひたすら取材して歩きました。

 

当時熊本県は何と!? 98市町村あったのですが、5年半ほどかかり県内を2周半しました。ニュースや番組を作るセクションだったので短い市町村紹介番組をシリーズ化しました。その名も「ふるさと自慢」。その番組をベースに市町村が企業並みのお金を出して、行政とテレビ局が互角の立場で協働制作する地域ドキュメンリーや本格的な地域住民と協働する手作りドラマなどを多数作りました。東峰テレビはこの民放でのノウハウをギュギュッと詰めて、決して番組づくりに追いまくられず、じっくりと未来を見据えた村づくりのためのテレビ局を構想しプロデュースしてきました。

 

テレビ局自体が老若男女の集う場となり、様々な仕事に携わる村民の皆さんやよそ者も一緒になって共同体、コミュニティ、協働・共感の場づくりをする活動を15年間続けてきました。そのお役目をする方々を「住民ディレクター」「住民プロデューサー」と言っています。番組をつくることは様々な村民の声を集めて編集することで「地域全体の姿」を描くジグゾーパズル作成のような作業になっていきます。

 

よくコンサルタントの方々が模造紙を使ってペタペタ短い言葉の紙片を貼っていくあの作業が住民ディレクターの場合は映像で観えるのです。人や鳥の声もし、山や川が見え、集落の実景に近い様子が映し出されます。テレビを通して多くの村民と共有したり、共感が生まれ、そこから村をどうしたいか、どうすれば良いか、を住民プロデューサーの人たちが組み立てていく。その時にコンサルタントやデザイナー、建築家など外部の方々の知恵を借りて村民が主体になって構想や計画を創っていく。住んでいる人々が中心に構築していく村づくりが生まれる可能性をテレビの活用で実現することを目指す東峰テレビです。その人材として住民ディレクター、住民プロデューサーという住んでる方々の力が必要です。地域おこし協力隊はキャリアが豊富な「よそ者」が住み込むことで地域住民と外部人材のブリッジ役として活躍の場が待っています。

 

東峰テレビでは現在、地域おこし協力隊を募集しています。役場の任期付き職員のこ立場で、契約は1年更新で、最大3年までは雇用が可能です。週休2日制。給料、時間外手当、社会保険、厚生年金が揃い、住宅や仕事用の車などが無償で貸与されます。詳細の条件等は下記をご覧ください。


*地域おこし協力隊募集要項(東峰テレビ担当)
*東峰テレビ
*株式会社 プリズム  (東峰テレビ運営会社)

15年前に東峰村に来て最初に驚いたのが宝珠石の存在です。宝珠石は西暦547年に天から降ってきた光る玉と伝えられ、隕石だったのではとも言われています。村にいくつかの伝説が伝わる修験道の始祖 役行者(えんのぎょうじゃ)の誕生や仏教が伝来した年に近い時代でした。宝珠(ほうしゅ)とは仏教で「願い事が叶う」という意味です。宝珠石を御神体として祀る岩屋神社にご案内すると誰もが独特の不思議なエネルギーを感じ、再訪する人が多いです。

 

中学を卒業してから夜行列車に乗り出稼ぎに出た東京から数十年ぶりに故郷に戻り、以来ずっとこの宝珠石を守り続ける岩屋神社の総代の武ちゃんは神社周辺のキャンプ場や竹の棚田は我が家の庭のようなもので今では岩屋神社の生きる守り神!? のような存在になっています。ちょっと頑固でとっつきにくい じい様ですが、仲良くなると何でも教えてくれるやさしい じっさまです。人口の少ない東峰村は武ちゃんのようにやさしい人の人口密度がとても高い村です。人間らしさ、心のしなやかさ、豊かな気持ちが溢れる人たち、「人間ていいな〜 🎵」と思わず歌い出しそうな小さな村です。

 

東峰テレビは修験道とは言いませんがある意味での人間修行の場です。宝珠石や行者杉がどっしりと根付く村の大地で生きるやさしい村人たちと仲良く豊かな暮らしを創っていけるかどうかが、東峰テレビの地域おこし協力隊の仕事です。受け取ったその暮らしぶりをそのまま誇張せずに素直に番組化することが東峰テレビです。老若男女は問いません。「人間っていいなあ〜」って感じられる東峰村をそのまま発信して同じく「人間っていいなあ〜」と感じる方々のために「生粋の東峰村産の人間的な物語」を創っていきます。

 

関心ある方は下記を参照の上で地域おこし協力隊へご応募ください。

https://vill.toho-info.com/10000/11500/post-801.html


東峰テレビ プリズム 

住民ディレクターへの招待状

 

 

テレビだけど「テレビではない」東峰テレビのことは中々わかりにくい。私自身が28歳から熊本県民テレビに13年半在籍し、テレビが企画力養成にとても役立ち、地域振興にもかなり有効な道具だということに気づいていったことが原点で、東峰テレビを創ったからです。


日本テレビ系列の熊本県民テレビでは当時、徳光さんのズームイン‼︎朝!、欽ちゃん24時間テレビ、巨泉、藤本義一の11PMなどを多数経験し益々テレビは一人一人の人生を表現し、その集まりである地域総体の姿を描き、そこに住むみんなでその数々の人生、地域の輪郭を共有するものとしては最強の道具と捉えはじめていました。


しかし、当時の熊本県民テレビの仲間たちに地域おこしや地域活性化に関心ある人は全くいなくて、ある日ある晩、私には全く意味がない番組制作の業務命令を上司から強制的に言われた瞬間に「もう辞めた」との本音が身体の芯から出て来て、そのまま言葉になりました。「わかりました、今夜,会社辞めます」。平成7年7月7日の夜でした。


翌日から、人材磨き、村おこし、地域づくり、地域活性化というテーマでの起業に向け準備に入り、翌年の春に個人事業から起業をスタートしました。この気持ちが今もそのまま続いていて、全国30都道府県、約100地域を行脚しテレビの番組づくりが企画力を鍛え、地域全体の姿を垣間見るちからがあり、変わりゆくその姿を住んでることで感じつつ、地域の未来構想を描き,実践する住民ディレクターという人材と地域独自のテレビ、東峰村でいうと東峰テレビを両輪に地域づくりのエンジンとして駆使していくやり方を練って来ました。


地域おこし協力隊はこの東峰村産の東峰テレビで一人一人が持つ資質を生かして地域の活性化に寄与する人生物語、地域の物語、大叙事詩を描いていくことが仕事になります。


こんなことに興味があればかなり面白い人生を東峰村で創造できます。老若男女を問わず、広く門戸を広げてお待ちしています。




“村民主役”の実現は並大抵のことではできません。主役になろうとする村民の意志と行動が求められ、その芽があってもその芽を育てる環境が必要、地域コミュニティの成熟度の課題があります。その課題をしれ〜っと乗り越える道具として東峰テレビがある珍しい村が東峰村です。村民みんなで創るテレビの所以(ゆえん)です。

 

テレビは主役になるべき村民が舞台に飛び出すきっかけとなり、自らの暮らしの舞台を映像で“見える化”していくことで自分の立ち位置を確認していけるメディアです。多くの村民の個性と舞台が番組という表現で総合、統合されていくと暮らしの現場の全体的な輪郭が見えてくる。「なんとかしたかね (したいね)」と考える人たちの活躍の場が生まれ、「テレビ」は「見る」だけのものではなく地域を動かす「エンジン」としての意外なお役目を果たしていくでしょう。

 

そういう発想から生まれたのが“住民ディレクター”という人物の発想です。その住民ディレクターやふつうの村民、まわりの応援団が“ふらっと”登場する番組が「新・ふらっと九州☆東峰村」です。

 

 

 

東日本大震災があった15年前の今日は東峰テレビ開局からちょうど3ヶ月の日でした。東峰村に住民ディレクターを核にした全く新しい光ケーブル放送局による地域コミュニティの創造活動がはじまり、全国の注目を集めていました。

 

要請も多かったために翌3月12日に全国から受講生を集めて住民自身によるコンテンツ制作と情報発信のワークショップを開催予定でした。たまたま東日本大震災が起こったときに東峰テレビ局でその中継映像を目の当たりにしました。津波から逃げ惑う人々が映し出されていました。映像とはいえ、まさに自分がそこに彷徨っているように大津波の恐怖に体がこわばりました。全国に即、ワークショップの中止を連絡し、しばらくの間、沈思黙考の日々が続きました。

 

東峰テレビも開局してゆとりが無かった事もありすぐには支援に行けせんでしたが、支援内容はすぐに決まりました。元々地域づくりを支援するため起業した私の会社
(株)プリズムがプロデュースした九州の人吉球磨地域の住民ディレクター活動で日経地域情報化大賞日経新聞社賞をいただいたご縁で震災前に大船渡市の漁師さん達の地域活動のリポートを応援するために派遣されたことがありました。そのご縁もあり大船渡市をスタートに陸前高田市、釜石市などの沿岸地域を歩きました。どこも現地に着くまでは大変な道のりでした。

歩いて回って確信を持って進めたのが、近い将来必要になる沿岸地域の情報発信のための拠点を少し内陸に入った市町村に創ることでした。探し回ったところ、釜石市からは40-50分と少しありますが二つの市からは20分もあれば行ける住田町の女性担当者が賛同してくれました。当時の町長も快諾いただき、住田町に住民ディレクター活動の情報発信基地を創りはじめました。震災から1年半後にプロデュースした具体的な姿がこの「仕組み図」です。

 

すでに私が全国行脚し、住民ディレクター養成とオリジナルメディア構築を進めていた拠点が約30箇所にはありました。その方々が全員で被災地支援を宣言する30元中継(30地域をネットで繋ぎ生配信をすること)を5時間行いました。この当時、まだzoomのような便利なものは当然ありません。ネット網もまだまだ普及してませんでした。アプリは当時はスカイプだったと思いますが、できる地域、人材がいるところをとにかく結んだのです。継続支援する全国ネットワークを見える化することが第一番の目的でした。復旧、復興の合間にちょっとでもゆとりができたら、いつでもこのネットワークに乗って貰えば全国に発信できる一つの入口、ステージがあることを伝えることが第1弾の支援活動でした。

 

15年経ち、その間私自身が熊本地震で家を失い、九州北部豪雨で東峰村も壊滅的な被害を受けました。その3年後に人吉球磨地域も豪雨被災を受け実際にいつどこで何が起こるかわからない時代です。住田町では担当者が代わり、トップが代わり現在の状況は把握してませんが、少なくても東峰テレビは健在です。東峰村は今後も全国の支援を持続できるように粛々と人材も仕組みも、そして一番大事なコンテンツ制作という情報の中身を充実するように総合的に磨き上げています。

 

九州北部豪雨から8年、また東日本大震災より半年早く東峰テレビは15年を迎えました。東北には通い続け、少し前から具体的な動きを模索して歩いています。15年で何かが終わるわけではなく、むしろこれからが大事な時期だと考えています。固定概念に縛られず、閃きを大事にして東北の方々の気質や地域性を理解しながらじっくりと共に歩いていく復興・創生へ向かう気持ちで本日も心から黙祷を捧げ、ゼロスタートします。

*プリズムについて *住民ディレクターという人材育成プログラム


二十歳の原点、今から20年前、小石原村と宝珠山村は数々の困難を越えて村と村が合併して全国一小さな村だった (合併地域の中で)ことから全国の注目を浴びました。当時 7市町村の合併を目指した両村でしたが、過疎や高齢化問題がお荷物と言われ、ある意味で見放され、ハシゴを外されたのでした。「東峰村」がその後、総務省や慶應大学の支援を受けていち早くデジタルを取り入れ、ICTの全国モデル地域となり、光ケーブルテレビ「東峰テレビ」開局、そして九州北部豪雨を高齢者の人間力と村落共同体のネットワーク力、大地に育まれたアナログの力で逞しく復旧、復興し今に至っています。

テレビドラマ制作を模索していた東峰テレビが「その前に必要なのはアイデンティティーを取り戻すこと」と喝破し、産地直送ドキュメンタリーを村民と制作スタッフの共創体制で進めることになりました。9/5(金)正午から「ふらっと九州☆東峰村」のスタジオドキュメンタリーからスタートです。5回シリーズ、最終的には30分ドキュメンタリーを制作予定です。

乞うご期待を!!

ドキュメンタリー「東峰村物語」は「ふらっと九州☆東峰村」で生配信9/5(金)正午から
https://www.tohotv.jp/flatkyusyu

 


東峰テレビが今年の11月で15年目に入り、いよいよケーブルテレビでもありながらケーブルテレビではない様々な機能を村内外に発信する時代に入りました。環境は整いました。この話は今はもしかしたら「ホリエモン」や「立花孝志」さんらと話すと最も理解されるかもしれません。あのお二人はオワコンと言われるテレビの持つまだまだ秘められた力の大きさと飛んでもない怪物のような怖さを体験的によく知っておられます。ホリエモンは一時あるテレビ局を買収すると言って大変な目に遭いました。立花さんはN党の党首として一見メチャクチャな動きですが、実は一貫した志があることを兵庫県知事選で表しました。

私は熊本の小さなローカル局、熊本県民テレビに酒の縁で間違って入ってしまって、大変な目に遭いましたが、「受領は倒るるところに土をもつかめ」に学んでその厄介なテレビを逆にとことん使い倒すとどうなる?と考え、当時の98市町村を2周半歩き回り「テレビで地域おこし」を13年半やり続けました。一方で日テレの三羽烏と言われていた業界スターたちとも深く関わり、日テレの番組も随分させてもらいました。その後、全国初の地域おこし番組を次々と企画、プロデュースしました。また、局の相棒の要請で熊本県独自のTVドラマの監督も経験し、ここにも地域おこしの芽を発見しTVドラマで地域おこしを大胆に進めました。

これら民放での凄まじい地域おこしの経験を全部投入して作ったのが東峰テレビです。立場上は村営のケーブルテレビですが、開局の準備から日常の番組制作・テレビ局運営を村おこしに成るように総合プロデュースして来ました。その一つに2014年、「軍師官兵衛」のタイトルでNHKが大河ドラマを1年間放送することにヒントを得て、このNHKドラマを1年間追走する東峰テレビの生番組「官兵衛で國創り」を敢行、年間50本の生放送を全国の都道府県、市町村の住民を繋いで行い、最終回は26時間テレビまでやりました。

このドンキホーテのような「テレビで地域おこし」は見事に開花し、総務省表彰やNHKの感謝状、何より全国の住民のネットワークがしっかりと紡がれました。新年3日(金)の正午から「ふらっと九州☆東峰村」のドラマコーナー「今昔物語」でこの一部を紹介します。熊本県民テレビのもう一人の相棒で番組のMCを務めてくれている丸田さんに進行をお願いしました。この追走番組が後に寺島しのぶさんが住民ディレクターとして主役となった「たからのとき」のNHK地域ドラマの制作に繋がります。寺島しのぶさんが丸田さんや小林さん、弘枝さんが座っているあの「ふらっと九州☆東峰村」のMC席で演技をしていたのです。1ヶ月間、東峰テレビはNHKの貸切状態でした。

では、1月3日(金)の正午からご覧ください。これからの東峰村、東峰テレビの千夜一夜の話はそこからはじまります。

東峰テレビ 
ふらっと九州☆東峰村


総務省地域情報化アドバイザーに任命されてからすでに14年になります。随分ご無沙汰をしていましたが、8月28日(水)に久しぶりにアドバイザー会議の事例報告の一番目に登壇しました。内容は東峰テレビの14年間の変容・成長ぶりと2022年から2年間、福岡県のDX拠点を東峰テレビの2階に整備してもらったので「デジタル寺子屋」という新たな高齢者のグループ・コミュニティが生まれたこと、その他に住民自身による地域変革に至る様々なチャレンジが起こり、オリジナルTVドラマ制作に至ったことを凝縮してリポートしました。

地域情報化アドバイザーは2007年に始まった国の制度で全国に222名、今ではDXやAIなどの専門家をはじめとしてオープンデータ、自治体システム、テレワーク、セキュリティ等、多様な分野を専門とするアドバイザーがいます。私のような「住民ディレクター養成とオリジナルメディア創出による地域活性化」というのはかなり珍しい存在で、一期生ですので多くの同期生はすでに重鎮になっていて未だ現場で走り回っているのも稀なようです。私はこれから全国行脚第2周目を目指しています。

この日の私の一番の目的は若手の総務省職員の皆さんがこのような住民ディレクターによる「住民自身の力で地域を活性化する方策」をどのように捉えるか?関心があるか?でした。総務省の若手も最初は地方へ派遣されるようで地域の実情を知り、地域住民との交流を通して何とか力になりたいとの気持ちを持っているZ世代が結構いるのだなあと気づきました。

東峰テレビのオリジナルTVドラマの動きへの関心もかなり高く、このような若手をどんどん村に誘い込んでいくことは今後とても大事になると感じました。岩手、千葉、広島の三人のZ世代と話し込みましたが、次に福岡の私が繋がり、列島の地域連携を進める手法として各地のオリジナルTVドラマを横展開するのも面白そうです。まずは東峰村に世代をどんどん呼び込みましょう。

東峰テレビHP
prismHP


ドラマ爆発!!と銘打って昨年末からスタートした東峰村のオリジナルドラマ制作活動。こんなにじっくりと取り組んでいるのは初めてです。民放時代も地域おこしを意識していましたが、やはりどうしても日程に追われる形になりやすく、「ドラマそのもの」とドラマ制作によって「地域おこし」になっていく活動の比率がドラマ制作寄りにならざるを得ませんでした。東峰テレビでやろうとしている「TVドラマ制作」はプロと素人、知り合いの知恵とパワーを結集します。地域おこしとしての威力が半端ないこと間違いなしです。プロデューサー冥利に尽きる仕事になる予感はとても強いです。

一方でこの活動期間を通して、あらためて少子高齢化対策としての交流人口、関係人口増加という課題は「すでにおられる人たち」をいかにして繋いでいくか、また「見える化」するかだという確信は深まります。TVドラマを制作するということは当然素人だけではできず、制作者の力が必要です。しかもTVドラマはふつうの番組とは違って特殊な能力が不可欠になるので、その経験者が多ければ多いほど助かるのですが当然、膨大な資金を要します。

今回のオリジナルTVドラマはこの難しい課題もみんなの知恵で乗り越えてそのプロセスさえも地域活性化に繋がるアクションとして取り込む発想です。恐らくこのノウハウに関しては東峰テレビの他には無いと言って良いほど鍛えてきました。修験道の里でもある東峰村に修験者ならぬふつうの人たちの霊力が蘇るドラマのフィールドを創造します。これからの動きはこのblogでできるだけ継続的にお伝えしながらTVドラマ制作と地域おこしを実践していきます。乞うご期待!! 
参照;東峰テレビHP  プリズムHP  


「テレビドラマを作ろう! 」というタイトルで平成5年に熊本県免田町を舞台に熊襲復権というテーマでプロデュースしました。熊本県民テレビに13年半在籍中にテレビドラマは平成元年に初監督作品を、その後、今日までに「テレビドラマ風」というものまでを入れると6本作りました。

しかもそれぞれに手間暇かけて、住民を巻き込んで、というか共同で作るという手法でやってきたのでドラマづくりはどうしても人間のことを考えるきっかけになり、自分を知り、個々の人々にも様々に影響を与えながら、結果的には地域活性化に繋がる貴重なノウハウだということが全身でわかっています。

来春をめどにこの東峰村で作ろうとしているTVドラマはこれまでの人生で主に田舎や過疎の町村などで学んだことをベースにして都会の人間にも「なるほど!!]」「そういうことか」と思っていただけて、かつ何といっても村や村民に隠されている秘宝のようなパワーを爆発させる企てがあります。

信じるかどうかはやって見せるしかないとのいつものことで準備を進めています。今日をスタートに久しぶりにこの場でこのTVドラマの顛末をその時その時に書いていこうと考えています。70年間、準備にかかったといっても過言ではありませんが、今日から新しい人生を生き始める気持ちでいます。

この動きを伝えるためのツールとしてやっと久しぶりにプリズムのホームページを開きました。こちらもよろしくお願いします。