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第二次安倍政権が憲政史上最長となったことを受けて、NHKニュースで何日かにわたり特集が組まれた。ここでご紹介できるほど内容は覚えていないが、この取材を元にしたと思われる特集記事『安倍政権を誰が支える?』がNHK政治マガジンに掲載されている。
サブタイトルに『なぜ復活できたのか「チーム安倍」の正体とは』とあるように、12年前の突然の辞任でどん底に落ちた安倍総理が再チャレンジできたわけや、そうして生まれた政権がなぜ「最長」となれたのかに迫っている。なかなか読み応えがあるのでぜひ。
NHK政治マガジン2019年11月27日特集記事
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/26401.html
以下、読んだ感想を述べてみたい。
安倍総理の復活劇や政権を支えてきた「チーム安倍」については当ブログでも何度も取り上げてきた。
例えば、安倍総理を囲んで正副官房長官と秘書官が毎日、短時間でも会議しているとご紹介してきたが、記事によるとそれはいまも続いているようだ。
(引用ここから)
官邸内の意思決定はどのように行われているのか。
ことし9月の内閣改造で就任した官房副長官、西村明宏に尋ねた。
第2次政権の発足以降、衆議院議員では4人目となる副長官だ。
官邸では、秘書官などを交えた闊達な議論が行われていると説明する。
「政権が長いから、秘書官の皆さんも気心が知れていて、総理に言いたいことをけっこう言っている。非常に自由な議論が行われ、その中で総理が決断するプロセスがある。みんなで同じ方向を向けるのが、政権の強さの源ではないか」
(中略)
安倍、菅、3人の官房副長官と秘書官は、原則として、毎日1回、一堂に会し、食事などを取っている。いわば「チーム安倍」ともいえる存在だ。
しかし、安倍の周辺だけで政策を決め、自民党全体での議論が乏しいのではないか。
「党側と官邸はきちんと意思疎通をしている。ただ、その意思疎通が記者団に見えないから、国民には分かりづらいかもしれない。実際、私も党の方と毎日行き来しながら話しているから」
(引用ここまで)
田崎史郎氏の『安倍官邸の正体』によるとメンバーは安倍総理の他に菅官房長官、3人の官房副長官、今井首席秘書官の合計6人だとしていたが、その頃より参加する秘書官が増えている。
二人の副官房長官が新任なので、経験豊富な秘書官も参加するようになったのだろう。
この「チーム」が安定した政権運営を支え続けてきたことが長期政権につながっていることは間違いないが、上記記事が明かすもう一つのポイントが麻生、菅、甘利という安倍総理の盟友トリオ、名付けて「3人組」の存在だ。
このネーミングは中国の文化大革命の首謀者「四人組」を連想させ、どことなく悪意を感じる。
ただ、記事からはこの3人のチームが安倍総理の復活と長期政権の実現に大きな役割を果たしたことがよく分かる。
病のためとはいえ政権を投げ出した形の安倍総理があのタイミングで総裁選に再度チャレンジする意思を固めたのは、三宅久之さんなど「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」のメンバーなどの強い後押しがあったことも大きい。ネットの存在も大きかった。
しかし、総裁選という政治闘争では、自民党の議員たちの支持が集まらなければ話にならない。
ここでみじめな負け方をすれば、政治生命を絶つことにつながりかねないからだ。
記事は、そこで中心となって活動したのが麻生、菅、甘利の3人の盟友だったという。
(引用ここから)
なぜ、立候補したのか。その始まりは菅義偉だった、と甘利は語った。
総裁選挙の半年ほど前のことだ。
「菅さんが私のところに相談に来て、『安倍さんをどうしても、もう1回表舞台に引っ張り出し、この国の指揮を執ってもらいたい』と。わたしも、どん底まで落ちた人がまたトップになるのって痛快だな、これ以上の再チャレンジってないだろうなって」
承諾した甘利と菅は、連日、甘利の事務所で打ち合わせを重ねた。
その後、麻生が加わり、3人のチームが誕生する。しかし逆風は想像以上だった。
(引用ここまで)
この逆風は彼らの必死の努力と、日本を取り巻く海外情勢の変化、市場や世論のの期待感、「民間人有志の会」やネットでの応援の盛り上がりなどにより追い風に変わる。
そして、天が安倍復活を演出したとしか思えない逆転劇により安倍総裁が誕生したのである。
記事はこう続く。
(引用ここから)
そして12月の衆議院選挙で圧勝し、自民党は政権を奪還した。喜びに沸く自民党の開票速報本部で、甘利は安倍から政権構想を明かされる。
「2人きりになった時、『人事どうします?』と聞いたら、ひと呼吸置いて、『甘利さん、閣内で経済の指揮を執ってくれ』と。『党はどうします?』と言ったら、『閣内に人材を集めたい。内閣主導でいきたい』という話だった」
安倍は、ことば通り、麻生、菅、甘利を、それぞれ副総理兼財務大臣、官房長官、経済再生担当大臣と、内閣の骨格ともいえる枢要なポジションに配した。
そのうえで、石原伸晃や林芳正ら総裁選で戦った相手も閣内に集めた。
そして内閣発足当日の夜、安倍は初閣議で緊急経済対策の策定と補正予算案の編成を指示。
年明けには、休眠状態だった経済財政諮問会議を再開させ、経済再生に向けた検討を始めるとともに、日銀と政策協定を結び、新たな金融緩和策が始まった。いわゆる、アベノミクスだ。
(引用ここまで)
「閣内に人材を集めたい。内閣主導でいきたい」といいながら、総裁選を戦った仲間のうち、石破氏だけ党幹事長として遠ざけたのは必要な人材として認めていなかったことになる。
それはともかく、こうしてこの3人が政権の骨格となるが、この3人の結束が安倍政権にとってどれほど重要だったかは次の記述からよく分かる。
(引用ここから)
「3人組」
麻生、菅、甘利の3人は、結束を維持するため、菅の提案で2か月に1回程度、ひそかに食事をともにした。
甘利は、こう自負する。
「長期政権につながる人事配置は、はじめからできていた。つくづく思ったのは、『実力がそこそこあるやつが3人そろったら、政権って維持できるな』ということだね」
ところが、甘利の当時の秘書が建設会社から現金を受け取っていた問題が浮上。(最終的には不起訴処分)2016年1月、甘利は責任を取って辞任し、3人組の一角が崩れた。
「『トライアングル』というのは、それぞれ協力し合ったり、けん制し合ったりする良い距離が取れるけれども、麻生、菅、2人の関係がうまくいくといいなと。俺が間に入れなくなったんで、総理に2人の間に入る役までやらせてしまった…」
甘利が去って以降、麻生と菅は、衆議院の解散戦略などをめぐって、たびたび意見を異にし、永田町では2人の不協和音がささやかれることになった――
(引用ここまで)
あまり信じたくないが、甘利氏がここまで言っているから麻生副総理と菅官房長官があまりしっくりいっていないことは間違いないようだ。
氏が政権から遠のいたことが、ここまで政権にダメージを与えていたとは思わなかった。
野党があまりにもだらしないことが長期政権のもう一つの大きな要因だが、彼らとマスコミが組んだねつ造に近いスキャンダルが政権の屋台骨に亀裂を生じさせていることも事実なのである。
そうなると、甘利氏の脱落で一角が崩れた『トライアングル』が、今はどこまで修復されているのかが気になるが。
記事は最後に「桜を見る会」やモリカケを取り上げて、長期政権の「驕り」や「緩み」を指摘している。
モリカケは朝日新聞のねつ造だし桜も旧民主党のブーメランだから、「NHKよお前もか」と言いたいところだ。
しかし、「桜を見る会」に関して総理が「長年の慣行とはいえ、年を経るごとに人数が多くなったことは反省しなければならない」と述べたように、「驕り」はともかく「緩み」や「疲れ」は感じているようだ。
だから、記事でも引用しているように、歴代最長任期を更新した日に安倍総理は「薄氷を踏む思いで、緊張感を持って歩みを始めた初心を忘れずに政策課題に取り組んでいきたい」と述べたのだろう。
残り2年の任期は私たちが考えているより、ずっと大変なのである。
(以上)
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