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永栄潔氏の『ブンヤ暮らし三十六年: 回想の朝日新聞』をいま読んでいるが、この中に氏が受けた新人研修の話が出てくる。大新聞の研修なら何日もじっくりやるのかと思ったら僅か二日間で、そのうち一日半は写真に関することだったという。
デジカメ時代の今と違い、当時の新聞写真は1枚とるごとにフィルムを巻き戻しフラッシュを焚いたら電球を交換しなければならない。だから、現像・定着の手順、撮影技法などに時間の大半が費やされたのである。
そして氏は、撮影技法の教材となった『過去の紙面を飾った”いい写真”』を見て、それまで漫然と見ていた新聞写真に、さまざまな工夫や機転が施されているのを知り、”目から鱗だった”と述べている。
例えば、登校途中の小学一年生がトラックにはねられて死亡した事故。病院に運ばれて子供の姿はないが、ランドセル、草履袋、靴、そして子供の未来を奪ったトラックは現場に残されている。それらを一枚の写真にどう収め、交通事故の撲滅に結び付けるか。
筆者はその「いい写真」を見て、「これは生け花に近い世界で、頭のひらめきとセンスが必要だ」と感じる。同時に「新聞写真への不信感がいっぺんに芽生えた」と書いているから、この写真を撮った記者が現場に残されていた子供の持ち物などを意図的に動かしたと確信したのだろう。
また、配属されてまもなく小学校の入学式を撮りに行かされたとき、現場をありのままに撮った氏の写真は撮り直しを命じられる。男の子も女の子もお母さんもバラバラで、校門も写っていないから使えないというのだ。
こんどは先輩記者についていくと、先輩は入学式の帰りの親子に話をつけ、「はい、そのお母さんは正面を見て、そちらのお母さんは桜を見上げて、キミはお母さんとこっちの手を握って、草履袋はこうやって持とう」などと指示を出す。
そうして、「待ち遠しかった入学式に向かう母子」といった風情を創り出す。
新人だった永栄氏は早くから校門で待ち構え、こっちからあっちからと20枚も撮った。しかし、手もつながずに道を行く大人と子供だけの写真しかなかったのだ。”工夫”しないと入学式の写真一枚撮れないのである。
朝日新聞に限らず、新聞やテレビなどのマスコミではこれが”当たり前”なのだ。
記事も映像も報道とフィクションの境目があいまいで、そこに思想や思惑が加わるから事実は大きく歪められる。報道しない自由も使えば白を黒にすることなど容易である。
実は、この話は例の朝日新聞珊瑚記事捏造事件を取り上げた『驚かななかったサンゴ事件、いまは驚き』に出てくる。朝日新聞は落書きが自作自演のねつ造だったことを認めて謝罪の社告を出し、写真部の記者は解雇、社長は引責辞任となった。
ただ、永栄氏はこの時に会社が「写真の加工やヤラセを許さない」とまで言うのは綺麗ごとにすぎると感じたと述べている。
氏が新人時代に叩き込まれたこととあまりにも違うからだろう。
解雇になった記者は「写りをよくするため、ストロボの柄で『K・Y』の文字をこすったが、文字自体は撮影前からあった」と最後まで言い続けたという。
自分は「いい写真」を撮ろうとしただけと言いたいのだろう。
永栄氏は書いていないが、朝日新聞は当初この記者の釈明を信じ、「撮影効果をあげるため、うっすらと残っていた部分をストロボの柄でこすった」として謝罪記事を掲載した。ただ、会見での突っぱねるような対応が反感を買うなど、当時の世論(≒マスコミ)はそれを許さなかった。
そして、朝日新聞の社内調査委員会は「証拠はないがこの記者が彫ったことは間違いない」として捏造を認め、上記のような処分を発表したうえで改めて謝罪した。この記者は不起訴となったので真偽はいまも不明だが、世論に押された朝日新聞はそれで終息を図ったのである。
「サンゴ汚したK・Yってだれだ」の見出しで記事と写真が掲載されたのは平成元年4月だから、もう30年近くたつ。しかし、朝日新聞は「写真の加工やヤラセを許さない」どころか「NHK番組改変問題」「吉田調書」に関する誤報などを繰り返してきた。
その間「慰安婦報道問題」という大きな節目があったのに、むしろ開き直ったように森友学園・加計学園でのねつ造報道を繰り返し、「戦後最大の報道犯罪」とまで言われている。
しかし、K・Y事件で朝日新聞を厳しく追及し謝罪に追い込んだ程の世論の盛り上がりはない。
それどころか、当時、捏造を厳しく追及したはずのマスコミはモリカケでは朝日のねつ造報道を後追いしている。朝日新聞を厳しく追及し続けているのは産経新聞くらいで、他は新聞もテレビもラジオも火のないところに火を付け、煽ってきた。
そうなった理由は様々あると思うが、「いい写真」を創ろうとするマスコミの”当たり前”がベースにあるのではないか。そして、安倍政権誕生以降、その”当たり前”のハードルをさらに下げてきたのが朝日新聞だ。
まずはこいつを何とかしなければ。
(以上)
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ブンヤ暮らし三十六年: 回想の朝日新聞 2015/3/28永栄 潔 (著)