ワイロとアンコールワット | New 天の邪鬼日記

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小説家、画家、ミュージシャンとして活躍するAKIRAの言葉が、君の人生を変える。

0801微笑2クメールの微笑み

「あなたは違法入国です」
ラオスのルアンパバーン空港で、オレは耳を疑った。
「あなたのパスポートには入国スタンプがありません」
オレは審査官からパスポートをひったくり、1ページずつ入念に調べる。
ない……本当にないぞ。
ベトナムのハノイからバスに乗り、陸路でラオスに入国した。国境は混乱を極め、入国税2ドルを払い、パスポートを受け取った。国境の入国審査官が入国スタンプを押し忘れたのだ。
「罰金200ドルです」
審査官は冷たく言い放つ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。スタンプを押し忘れたのは彼らのミスです。なぜオレが彼らの過失に対して罰金を払わなくてはならないのですか」
「法律ですから」
「法律って言うのは人々を守るためにつくられたもので、困らせるためにつくられたものじゃないはずです」「ではもう一度、国境にもどってスタンプをもらってきてください」
くそっ、理詰めでいっても無駄なようだ。作戦を変えよう。
「ぼくはラオスという国に感銘を受けました。大自然にあふれた国土と人々のあたたかさは、アジアでも最高のものでしょう。これだけすばらしい印象を受けながら旅してきたのに、最後に裏切られた気分です。帰国したらラオスのすばらしさをたくさんの人に伝えますから、あなたの権限でなんとかなりませんかね?」
数々の国境で辛酸をなめてきたオレは、小声でささやく。
「50ドルでどうです?」
「わたしの権限で法律は変えられません」
「わかりました。100ドルでどうです?」
「なんとかやってみましょう」
むっちゃ悔しかったが、国境までまた1週間もかけてもどるのもばからしいし、滞在許可は明日までだし、飛行機の時間は迫ってるし、泣く泣く100ドルのワイロを握らせる。
わずか1分後には神々しい出国スタンプがパスポートに押されて返ってきた。
変えられんじゃん、おまえ法律変えられんじゃん!
第三世界を旅しているとよくあることだが、このような罠には気をつけよう。国境を越えるときは必ずスタンプを確認するように。
0801いい人アキラカンボジアの「いい人」
「まだやってたの!」と言われても「いい人」プロジェクトはつづいているのである。カンボジアでもやはり「AKIRA」は有名だった。冷蔵庫メーカーで。

さてさてカンボジアのシェムリアップに着いたオレは、バイクタクシーに乗ってあこがれのアンコールワット(寺院都市)に向かった。
アンコールワットに昇る朝日を見るために世界中からたくさんの人々が集まってくる。
0801アンコ日の出

この老いぼれ遺跡がどうしてこんなに人気があるのだ?
回廊をゆっくりと散策しながら心が不思議に落ち着いてくるのを感じる。
0801アンコ壁画

壁面のレリーフにはヒンドゥー教の神話「乳海攪拌」や「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」などが緻密かつ巨大なスケールで描かれている。
ふん、また天国と地獄のモチーフか。
上中下の3層は天上界、地上界、地獄をあらわしている。これはアジアだけでなく、世界中でよく描かれる世界観だ。退行催眠や臨死体験などのデータでわかってきたことだが、地獄などは存在しない。死後自分の人生を回想するときに他人を苦しめたその痛みを追体験させられる。それがいわゆる地獄と呼ばれてきたのだろうが、それも一瞬のことで、そのあとは誰もがまっさらな光の存在に返るのだ。
0801アンコ積み石恐山でもチベットでもアンコールワットでも人は願い石を積む。

アイヌの長老がオレにこう語ったことがある。
「天国も地獄も、この世にあるんじゃよ」
まさにそのとおりだ。地獄絵図というのは生きてる人間に罪を犯させないようにするためのを「脅し」にすぎない。
今までそう思って地獄絵図を笑っていたが、まったくちがう思念が急に湧き上がってきた。
「このレリーフは、あの世でもなく、この世でもなく、オレたちの意識の階層をあらわしてるんじゃないのか?」
神話や文学、絵画や彫刻、音楽や踊りなど、すべての芸術は、具現化された意識そのものである。
ならば天国や地獄はあの世でもなく、この世でもなく、オレたちの意識のなかにのみ存在するんだ。
つまり天国や地獄はオレたち自身がつくりだしている。
そして意識しだいで、つくることも消すこともできる。
オレは人間の意識がどこまで拡大できるものなのか?
その広大無辺な可能性を命がけで追求してきた。
たぶんこの旅は死ぬまでつづくだろう。
おお、ひさびさに哲学的な思いにひたってしまった。これもアンコールワットの魔法だなあ。
あんまり居心地がいいので、レンタサイクルを借りて2回もいってしまった。
なにしろ「アンコール」ワットだからな。
0801アンコオッパイなぜかオッパイだけがこすられてピカピカだ。

「クメールの微笑」で有名な「アンコールトム」もじつにいい。巨大石造の微笑みにはアジアの優雅さが凝縮されている。ダビンチのモナリザを超えるのはクメールの微笑しかないよな。
0801微笑1

ガジュマルの木に呑みこまれそうな「タ・ブローム」の遺跡は自然(=神)と人工物(=人間)の葛藤を感じさせる。すべての文明はいつか自然に呑みこまれる。にもかかわらず人間は神を模倣しつづけることをやめない。もともと文明も芸術も「反自然」な行為なのだ。
0801タプロームタブローム

オレがもっとも気に入ったのは「ベンメリア」の遺跡だ。アンコールワットとは別の場所にあり、シェムリアップ市内から80キロもはなれている。
ここはもう遺跡というより「廃墟」といったほうがいい。崩壊した石がごろごろころがり、子供のころ河原で石を飛んで歩いたように遊べる。
0801バンメリアバンメリア

けっこうオレは遺跡マニアである。
遺跡の中には異質な時間が流れている。それらの寺院や都市ですごした古代の人々の想念が流れこんでくる。たとえそれがいけにえの恐怖におびえる想念であったとしても、どこかゆったりとした時間感覚だ。
今まで世界中の遺跡を見てきたが、こんなことがいえるかもしれない。エジプトやマヤの遺跡は数学的、天文学的、男性的、知的だが、アジアの遺跡は文学的、哲学的、女性的、感覚的である。エジプトやマヤの遺跡を見ているとくたくたに疲れてしまうが、アジアの遺跡はのんびりと瞑想にふけったりしながらくつろげる雰囲気がある。
砂漠とは対照的に、豊かな熱帯雨林に恵まれた東南アジアの文化や人々はおだやかな優雅を感じさせる。西洋では排斥される「あいまいさ」や「ゆらぎ」をサバイバル技術として受け継いできたアジアの大らかさにあらためて感服する。
むだな血を流さず、対立を避け、ことを丸く治める。
ううむ、ワイロもアジアのサバイバル技術なのかあっ!?
0801アンコ馬