寄り添い合って生きていた
この世界に残されて
とある男寡の婦人科医(42歳のオッサン)の所へ初潮を迎えたばかりの少女が転がり込む。ロリ系ポルノ的な展開だなと思った事を大いに恥じた。この少女は両親と妹を失っている。この婦人科医は妻と息子たちを失っている。この映画は時代背景を明示しないで話が進む訳だが、どうやら描かれている時代は戦争直後でナチス暗黒時代からソビエト暗黒時代への移り変わりの時期のようだ。それぞれに家族にも見えた連中は赤の他人で生き残った隣人同士が孤児を引き取り家族のように身を寄せ合って生きている。そんな中でオッサンや少女の中に互いへの恋愛感情が全くなかったと云えば噓になるが(少なくとも独占欲は働く)それよりも大切な人たちを失った穴を隣人同士で必死に埋め合おうとしているのだ。ここには災害ユートピアに近い感覚がある。もし平穏な時代に、こんなオッサンの所に少女が転がり込めば世間は邪推を働かせてバッシングの対象にされるが、それぞれに家族を失った喪失感を埋め合わせようと親子になろうとしていると隣人たちは察しています。ボイラーもなく寒く貧しい生活の中で、やっと手にした温もり。ひとつのベッドで温め合うが男女の交わりとは違う。
この作品で描かれるもう一つの闇はスターリン政権。戦時中はナチス政権下に組み込まれ戦後はスターリン政権下に組み込まれたって意味じゃハンガリーは日本より悲惨です。どうやら主人公たちは元々ユダヤ人資産家のようでホロコーストを生き延びた後は社会主義政権による資本家狩りのターゲットにされかねない状況に陥ります。いわゆる盗聴や密告や暗殺が身近にも起こり始める。ポーランド、バルト三国、東ドイツ、チェコ、ルーマニアと東欧の国々がロシア嫌いになったのも、この時代のトラウマがあるから。ただ本作ではそれほど比重が置かれてる要素ではない。むしろ今作に登場する"生存者"に比べて現代を生きている我々は何と浅ましいのだろうと感じさせるような内容です。かつて鈴木清順の初期作品『すべてが狂ってる』で戦中世代が若者を育てる為に生存者同士で寄り添い合って生きているのに対して戦後世代が「如何わしい関係」だの「不倫」だの罵詈雑言を投げつけていた。さもしい了見。有名人の下半身にしか興味のない下世話な大衆の価値観。痛みを知らない人間は甘え腐った結果として何処までも浅ましくなる。この手の想像力がない連中にだけは絶対になりたくないものです。