映画『残灰に』の感想 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

残灰に

 

 

オタクを虐めて焼き殺す

何ともシンプルながらに挑発的な女学園ミステリーでした。サウジというとアラブ圏の中では映画文化が育っていなかったが米国でシェルオイルが開発された事で石油利権の消失に危機意識を持ち近年になってから急速に商業化したりアニメや映画という文化ジャンルで世界に通用するコンテンツを産もうと躍起になっている国で、たまにマンスールみたいな新鋭が登場し『少女は自転車にのって』みたいな傑作を生んだりもしています。この作品も割と切れ味が鋭くて引き込まれた訳だが『カトリックスクールの怪異』ってフィリピンのB級ホラーを連想させられました。サウジのムスリム文化って中東周辺国よりマレーシアやフィリピンに近い印象があります。フェミニズムの面では急速に欧米化が進んでいる訳だがブルカやへジャブを被らない女性を公共の場に出したくない層も多く火事の現場で女生徒を逃がすか否かで口論になったりもします。ただ本作においては男尊女卑よりも階級社会的な理不尽に対する憤りを強く感じます。

 

この作品の主人公は優等生で女校長の娘。学園内には典型的な不良生徒がいてガリ勉のオタク少女を3人がかりでいじめている。そんな学校で大規模火災が起きてオタク少女が何者かに閉じ込められて焼殺される。この事件に対し女校長は真っ先に不良少女3人組を疑い退学にして警察に突き出す訳だが彼女は最初から真犯人が誰であるかを知っていた。まるでポンジュノの『母なる証明』を思わせる切れ味の鋭さです。いや、むしろ身内を守る為に権力を振り回すみっともなさはブラジル映画『私の息子』を連想させられます。そんな女校長の隠蔽工作は正に権力で真実を圧殺するような低所得層への脅迫で成立しています。この力関係の非対称性が何とも残酷でアンフェアな格差社会を物語るようです。それは西洋化に伴う倫理欠損への糾弾にさえ見えてしまいます。だが文化的に真善美を失っていない子供たちはその悪徳に耐え切れない。クリジャーノフ版『罪と罰』で強調されている通り真実は損得勘定を覆す。つまりは「欺き通せば優位性を保てて得」という価値観に対して真っ当な真善美が残っている文化圏では「欺き続ける辛さに耐えきれない」という感情が優先されるのです。これこそが人間性であり文化でありグローバル化とネオリベ化によって西側社会から失われつつある倫理です。この少女の決断を愚かだと笑うような日本社会は明確に誰も幸せになれない地獄です。そんな社会は即刻滅んだ方が良い。この女校長の存在は正に文化を文明で踏み潰しつつある愚かなる西洋的価値観を象徴しているかのようです。