『忘れえぬ想い』の感想from映画生活 | アキラの映画感想日記

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映画を通した社会批判

2013-10-25の投稿

忘れえぬ想い

 

 

亡霊に寄り添う

 

改めて思う。ピーターカムの音楽は素晴らしい。最近じゃが耳に残るほど印象的な映画音楽は少ないが、あえて上げるならば彼の曲は多い。近年ではツイハークの『王朝の陰謀』やピーターチャンの『捜査官X』などで、もっと遡ればベニーチャンの『ジェネックスコップ2』やウィルソンイップの『香港ゾンビ』やサモハンキンポーの『ナイスガイ』など。彼がよく組む監督はラブストーリーのヒットメイカーである所のピーターチャンとイートンシン。アクションやサスペンスでの迫力のあるスコアもエキサイティングで魅力的だが彼の本領は泣かせで発揮される。この作品でもそんな彼の手腕でボロボロ泣かされてしまう。この作品は典型的な泣かせなのだ。いきなり冒頭で婚約者が事故死という悲劇のテーゼを直球でぶつけて来る。イートンシンお得意の湿度が高い絵作り。ひとり雨の中で戻らぬ婚約者を待つ女。突然の訃報。彼女がいかにして婚約者の死を乗り越えるのかというシリアスなお話。

 

バスの運転手だった婚約者のバスを直して主人公はバスの運転手を始める。それは『ソラニン』の主人公みたいな過去への執着。忘れたくない気持ちがそうさせる。でも運転下手過ぎ。どうやら彼女はペーパードライバー。日本だったら絶対にできない。バスの運転免許はハンパなく難しいから。どうやら香港ではバスもタクシーと似たような扱いらしい。会社に所属せずに流しで客を拾っている。死んだ恋人には連れ子がいて、彼女は家族に何を云われてもその子を手放そうとはしない。「姉さんはお金の事ばかり!」って自分の運転が下手だから子供を養う金すら稼げない奴が何を逆ギレしてんだ。「正義は勝つんだから!」って自分の無能さゆえに客がとれず業界の仁義を欠いた客の横取りをしておいて何を逆ギレしてんだ。この主人公は随分と無能な上に自己中。そのダメさ加減がとても切ない。そんな彼女を心配した運転手仲間や家族がせっかく手を差し伸べてるのに「自分の力で何とかする」って突っ張る。いや何とかできなかったから金に困るし子供もちゃんと育てられないのだろうが。そんな自己満足で子供を苦しめるなって感じ。それは死んだ恋人への想いがそうさせるのだろう。その呪縛が解けて初めて周囲の親切に素直になれる。だが簡単に忘れられる事じゃない。

 

やがて親身になってくれる運転手仲間と新しい生活を踏み出す訳だが、それはかつての婚約者との関係とは全く違う愛情。互いに失ったものを補い合うように慈しむ。男はギャンブルに溺れた事で捨てられた家族の亡霊に囚われ続けていた。同様に女はバスの事故で死んだ婚約者の亡霊に囚われている。それぞれに亡霊に対し「もう大丈夫だよ」と別れを告げられる日が来るまで。だから忘れえぬ想いとは、いつかは忘れたい想い。わざわざバスを直して運転手を始めたのはもう少しだけ亡霊と一緒に過ごしたいから。でもいつかは前に踏み出さねばならない。そうしなければ金も子供も人生も失ってしまう。でも辛過ぎてなかなかそれができない。この映画に描かれるのは、そんな風にわがままに亡霊に寄り添って生きる時間。主人公が自己中になるのは必然。みっともなく足掻くその姿を優しい眼差しで描く。それが何とも切なく胸を打つ。この手の悲劇って奴は直球でやられると冷めてしまう事も多いが、この作品に関してはそれがなかった。イートンシンならではの説得力ある演出のおかげだろうが、それ以上にやはりピーターカムの音楽が問答無用で見る者の心を鷲掴みにするから。