最近、「ハゲタカ」、「官僚たちの夏」とTVで興味を持ち小説を読むことが続いています。


どちらも小説が俄然面白いと思うのは私だけでしょうか?


小説は、背景情報や人物のその時の心理状態や意図が描写されているので、一見すると情熱的な態度の裏側にある複雑な心境や作為などが理解できるし、色々な情報を組み合わせてそのシーンの意味を自分なりに解釈することができる。これが楽しいですね。


一方でTVの方は、小説よりも情感に訴えられ、感動するシーンも多いんですけど、背景情報も限られ、表現がストレートすぎて解釈の幅が狭いんですよね。もちろん、役者の格好よさとかは小説では味わえない楽しみですけど。


以前、島田紳介がテレビで伝わる(使われる)コメントは数十秒と言っていたことを記憶しています。

そんなことを考えると、


TVは限られた情報と時間で表現者の最大限のメッセージを受け取るだけの媒体(最近のTV中心のお笑い芸人の芸風もこれを象徴していると思います)


小説は様々な背景情報から受け取る側がその意味を読み取る余地のある媒体


という違いがあるのでしょうか?


そんな観点からすると、


考える力や構成力、想像力を豊かにするためには、本を読むという習慣は欠かせませんね。


特に長い時代背景や人間描写の多い、歴史小説は世の中の道理、変わらない人間の性を理解するには良い題材なのでしょう。リーダーの方が歴史小説を読まれる理由がよく分かります。


TVと小説を比べてみて、改めて小説(文字情報)の大切さを実感しました。


最近若者の本離れが進んでいますが、是非TVドラマとの連動で読書をする流れを作ってほしいものです。

あ、ちなみに「ハゲタカ」、「官僚たちの夏」はTVドラマも小説もいずれも面白いですよ(*^ー^)ノ


そして、私は大のテレビ好きであることも付け加えておきます(*^o^*)


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先ほど、TBSで放映していた、「20世紀スポーツ名勝負 ライバル伝説光と影」を見ていました。


4つのエピソードが紹介されたのですが、特に江川と西本の強烈なライバル心は興味をひかれました。


ドラフト外で入り、やっとの思いで巨人のローテーション投手になりかけていた西本。


そこに騒動の末に、ローテーションに入るのが当たり前だと思っていた怪物江川の入団。


西本は全く違うエリートコースを歩んできた、江川に強烈なライバル心を燃やすことになります。


興味深かったのが、お互いが、相手が先発している時に、「打たれろ、負けろ」と祈っていたというエピソード。


「相手が負ければ、俺がその分評価される」、「エースは一人しかいない、だからこそ俺が這い上がる」


最初は正直違和感を感じました。同じチームメイトなのに何て小さいことを言うんだと。


以前、野村監督が晩年の現役時代に、代打を出され、「打つな、失敗しろ」と念じている自分を見て、もう限界だと感じ、引退を決意したというエピソードを聞いていただけに余計に違和感がありました。


でも、最後の江川の、「他の投手であれば勝ってくれと普通に応援するのに、西本にだけはその気持ちを抱けなかった」、「西本がいなかった俺はもっと手を抜いていた」という言葉でで納得しました。


妬みと向上心の違い


江川と西本の感情は決して妬みではなかった。お互いが向上するための原動力だったんですね。


西本は、ドラフト外で入ってきた男が、当時のスーパースターの江川に勝つということが向上の原動力だった。


エリート街道を歩んできた江川は、他の人があきらめるのに、自分に勝負を挑んでくる西本に、彼のプライドが刺激された。


そんな互いを高める関係だったのですね。


スポーツの世界に関わらず、ライバルの存在というのは重要ですね。


ただ、相手を蹴落とすのではなく、「こいつに勝ちたい」という気持ちを持ってお互いが真剣勝負をして、結果を出していく。


「あいつがなぜ俺より偉いんだ?」とか「あいつばっかりなぜチャンスをもらうんだ?」と愚痴る前に、


俺が絶対上だと証明してみせる位の気概が必要なのかも知れませんね。


皆さんには、闘志を燃やせるライバルがいますか?


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この3連休は暑かったですね~メラメラ


私も家から出るのがついおっくうになって、家で本を読んだりしていることが多かったです。


たまに、外に出るとすでに学生は夏休みですね。練習帰りの学生や浴衣を着てどこかのお祭りに出かけようとしている女子高生など見かけます。彼らは8月一杯までがお休み。うらやましいですね。


ふと、私の学生の頃の夏休みを思い出すと、、、


小・中学生の頃は、夏期講習で塾通いの毎日。


高校・大学に入ると、部活で朝から毎日のように汗まみれになって練習。練習が終わると楽しみは、腹いっぱいメシを食べることぐらいで、すぐにバタンキュー。


あまり、甘い思い出がないような、、、


でも、この炎天下の中で、走りまわっていた自分が今となると信じられません。


何か、楽しい思い出はないだろうか、、、、


あ、そう言えば学生の頃は、束の間のオフに短期のバイトをしてました。思い出すのは、工事現場のバイト。

周りで働く人は、パンチパーマに、ソリが入り、昔地元でブィーブィー言わせていたような元ヤンの方ばかり。


最初入った時は、自分が大学生で気軽にこの仕事を選ばれていると思われたのか、口も聞いてもらえず、たまに

口を聞いてくれると、「おい、○○(大学名)ボーイ、ジュース!」とパシリにされたり、ちょっとミスするとすごい迫力ある声と顔で怒鳴られたりしました。こ、こわい、、、何て職場を選んだんだろう、、、辞めてしまおうか、、、


ただ、このままで辞めたらどうなるかわからない。とにかくこの人達に信頼してもらおう。最初にあったバイト気分も抜け、とにかく、元気に笑顔で仕事をしました。


2~3日続けていると、少しは根性があると思ってくれるのか、次第に距離が縮まり、「○○ボーイ」から「○○ちゃん」に呼び名が変わりました。


昼休みにはパチンコに連れていってくれたり(別にやりたくなかったんですが、、)、ヤンキー時代の武勇伝(怖すぎて聞きたくなかったんですが、、)を話してくれたり、ヤンキーの正しい車の運転なるものを教えてくれたり(要は乱暴な運転ですが、、)、格好いい作業着を一緒に買いに行ってくれたり(別に欲しくなかったのですが、、)


いずれも自分が望んで教えて欲しかったことではないですが(笑)、その世界の流儀みたいなものを色々と教えてもらいました。

教えてもらったこと以上に、何か自分と違う世界で生きてきた方に同じ仲間として認めてもらった?ことが何よりも嬉しかったですね。


それ以来でしょうか、私はどうも現場に行って現場の信頼を得るということがとても好きなんです。

以前メーカーに勤務している時も、工場に足を運び、一緒に作業を手伝い、現場の方と話をするのが、大好きでした。


「自分と異なる世界に飛び込んでこそ、初めて新しい何かが生まれる」


「郷に入っては郷に従え。現場には、現場の世界があり、それを肌で知らないうちは信頼関係ができない。」


以前、中国市場の進出を加速している企業の人事部長に、「海外で通用する人材かどうかは何で見極めるか?」と質問したら、「能力の高さはもちろんだが、それ以上に彼らと一緒に食堂で同じ席で同じものを食っているかどうかが大事」とおしゃっていました。


やはり、現場との信頼関係があってのリーダーシップであり、経営なんですね。


それから、20数年が経ちました。知識も経験も増え、一端の事も少しは言えるようになったとは思いますが、


あの時学んだ、信頼の原点はいつまでも忘れないようにしたいですね。


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