舟木一夫が中野サンプラザで選んだ曲①

舟木一夫と「君だけを」

～2023.4.25中野サンプラザでの選曲～

舟木一夫さんが東京・中野サンプラザで2023年4月25日に行ったラストコンサート第一部「輝さんのおもかげ」のオープニングで歌ったのは、1964年2月15日にリリースされた西郷輝彦さんのデビュー曲「君だけを」(作詞・水島哲、作編曲・北原じゅん)でした。舟木さんはステージの冒頭で、「なんで輝さんの歌を並べたかと言うと、彼がこのサンプラザの舞台に本当に立ちたがっていた。そんな彼のことを考え、是非、彼の持ち歌でやりたかった」と語りました。

　西郷さんは故郷・鹿児島県谷山町でジャズドラマーとして活躍していた長兄の影響で、将来は歌手になりたいと思う一方、石原裕次郎さんや小林旭さんらに憧れて映画俳優になりたいとも思っていました。西郷さんの“物語”は「西郷さんの一周忌を前に」に詳しく書きましたので、ご覧になってください。西郷さんは結局、東京・浅草のジャズ喫茶で歌っているところを長田幸治ディレクターに見いだされて歌手の道に進むことになりました。

　西郷さんが長田さんに「どういう曲を歌うんですか」と尋ねたところ、長田さんは「今、舟木一夫っていう歌手が凄い人気だろう。あの路線で君らしいものを歌ってほしいんだ」。西郷さんは正直に答えます。「いや、それはちょっと…。僕はロックを歌いたいんです」。長田さんは「一発当てれば、あとは君の好きなようにやれるから…」と譲りません。17歳だった西郷さんは1964年2月15日、クラウンレコードの新人歌手第1号としてデビューしました。

　芸名の「西郷」はもちろん、郷土の英雄・西郷隆盛から拝借したものです。「君だけを」はたちまち60万枚を超す大ヒット。「君だけを」と8月1日発売の4枚目のシングル「十七才のこの胸に」(作詞・水島哲、作曲・北原じゅん)で日本レコード大賞新人賞を受賞しました。水島さんは当時、読売新聞文化部記者という異色の作詞家。女性の新人賞は「アンコ椿は恋の花」(作詞・星野哲郎、作編曲・市川昭介)をヒットさせたコロムビアレコードの都はるみさんでした。

　西郷さんにしてみれば、いかにも青春歌謡といった本来の希望から外れた「君だけを」の大ヒットにはいささか戸惑ったと思いますが、はるみさんと揃って第15回NHK紅白歌合戦に初出場。「十七才のこの胸に」を歌いました。その後、出す歌出す歌が次々に大ヒットし、やがて橋幸夫さん、舟木さんとともに「御三家」と呼ばれるようになりました。もっとも、若い頃はお互いに超多忙で、雑誌での対談以外、しっかり会話をするチャンスはほとんどなかったと思います。

　私が知っている限りでは、舟木さんは芸能界で親友と呼べるほど気楽にお付き合いしている方が何人いるのか、その数は限られているんではないでしょうか。その中で、西郷さんは本当に“気の置けない仲間”だったと思います。西郷さんも舟木さんのことを心底信頼していました。今回の中野サンプラザでの第一部の選曲は西郷さんの初期のヒット曲ばかりですが、クラウン側が舟木さんを意識して作った“青春歌謡”ばかりとも言え、舟木さんが歌っても何の違和感もありません。

　別の機会に書きますが、西郷さんの初期の歌の歌詞には「星」が沢山出てきます。デビュー曲はタイトルにこそ入っていませんが、歌詞の中には「星の光を　うつしてる」と「ふたつ並んだ　あの星も」が出てきます。タイトルに「星」が出てくるのは6月1日にリリースした3枚目の「星空のあいつ」(作詞・水島哲、作曲・北原じゅん)などがあります。西郷さんはともかく、水島さんが好きだったんでしょうね。舟木さんにはできれば、この「星空のあいつ」も歌っていただきたかったですね。