神話のふるさと 島根県出雲市 出雲大社参道

 

舟木一夫

デビュー65周年に寄せて⑦

「新橋演舞場①」

 

 本題に入る前に―。旧暦10月は日本中の神様が出雲大社(島根県出雲市)に集まる月。普段いる神様が留守にしていなくなることから「神無月(かんなづき)」と呼ばれます。一方で、神々をお迎えする出雲地方では「神在月(かみありづき)」になります。旧暦10月10日から17日まで出雲大社で行われる「神在祭」に集合した全国の神様たちが、これから一年間の恋愛などのご縁や気象、農作物などについて話し合います。この期間に未婚の男女が出雲大社をお参りすると良縁に恵まれるという言い伝えもあります。

 

      

島根・出雲大社

 

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 本題に入ります―。舟木一夫さんがデビューしたのは1963年6月5日。2027年6月5日からデビュー65周年に入りますが、2027年の年が明けるとともに65周年記念コンサートがスタートします。そこに向けて「デビュー65周年に寄せて」と題したプログを始めましたが、7回目は「新橋演舞場」としました。舟木さんは1997年8月、新橋演舞場で初座長公演を行いました。舟木さんにとって、演舞場は特別な思い入れのある、念願の舞台でしたた。演舞場での“初演”から最新作まで、何回かにわたってパンフレットなどに残された記録から舟木さんの足跡を追ってみたいと思います。

 

 

 舟木さんは“初演”のパンフレットに「二十代前半から半ばにかけて、故・川口松太郎、先代・水谷八重子両先生から度々、『新派に来い。君は新派の姿をしている。歌い手をやめて新派に来い』と、有難いお誘いを受けた頃から『新橋演舞場』は、いつのまにかボクにとって、特別な思い入れのある所になっていました。(中略)なんだか、川口、水谷両先生の、お導きの様な気がしてなりません。それも雨情で。まさにある意味で新派の薫りがあふれるような演目と云っていいと思います」と記しています。

 

             <舟木一夫と新橋演舞場>

 

 初座長公演は8月4日から28日まで芸能生活35周年記念と銘打ち、「野口雨情ものがたり」と「ヒット・パレード」の昼夜2部構成でした。芝居には三浦布美子、元宝塚のトップ娘役のこだま愛、井上英衣子、いとうまい子、中丸忠雄、横内正、青山良彦、笹野高史さんらが名を連ね、「ヒット・パレード」は玉置宏さんが司会、松本文男さんとチャーリー脇野さんが交代で指揮棒を振りました。終演後の握手会、舟木さんとの写真撮影など曜日別の趣向も凝らし、連日超満員の大盛況でした。ある日の客席には、作家・林真理子さんの姿もありました。

 

      

 

野口雨情の「詩心」感じて 久留島武彦記念館で企画展 [大分県 ...

野口雨情

 

 パンフレットにはシンガーソングライター・小椋佳さんも寄稿しています。「野口雨情ものがたり」の主題歌を創るにあたって、台本を読み舟木さんともゆっくり話をしました。舟木さんとの会話の印象がよほど深く残ったためか、出来上がったものは雨情の人生を投影しつつも、むしろ舟木一夫という人物を写し取った歌になってしまったと言います。タイトルは「風好きに吹け―迷夢本望―」。だから、半分は舟木さん自身の作詞作曲とでもいうべきもので、作品が仕上がった時に舟木さんが喜んでくれたことが何よりの救いだったと記している。

 

 「風、好きに吹け」を手にした時、とても、ホッとした。やっと本当の意味でのアダルトな作品に出逢えたから――。

 この作品のおかげで、これからのボクのコンサート・ステージは、どんどん、シンプルにそしてスタンダードになっていけると思います。

 皆さんに、本当の意味で、現在(いま)“舟木一夫は50才の生身の男なンだ、だからこそ面白いのかも知れない”そう、つかまえていただくことが出来たら、まだまだ山程も追いかけるものはあるはずでしょう。

 ――アダルトに「風、好きに吹け」

                   一夫

 

 

風、好きに吹け〜迷夢本望〜 - YouTube

 

      

 

舟木一夫デビュー60周年によせて《52》伊藤喜久雄 | akiraの青春賛歌

 

 私も観に行きましたが、ロビーは中年の女性客で溢れかえっていました。異様な活気がありました。舟木さんだけでなく、ファンの皆さんもこの日を待ち望んでいました。今は“日常風景”になっていますが、女性用トイレの前に長蛇の列が出来ていたのに驚いたものです。当時は男性客の姿はまだ数えるほどでした。新聞に書くために何人かにインタビューしました。舟木さんがデビューした時、中学3年生だった女性は「やっと子供たちが私の手を離れましたので、時間とお金の許す限り飛び回っています。今、ブランクを一生懸命埋めようとしているんです」と話してくれました。

 

      

 

 第2部の「ヒット・パレード」の司会は玉置宏さんでした。その中で舟木さんが「学園広場」を歌いながら客席にマイクを向けるシーンがありました。申し合わせたかのように、女性客の大合唱が始まりました。その光景に、私も思わず涙ぐんだことを覚えています。そして、「クラス仲間はいつまでも」「若い僕らの修学旅行」「夢を抱いてた仲間たち」と畳みかけられると、もう完璧に“あの時代”にタイムスリップしてしまいました。別の女性は「舟木さんも頑張っているんだと思うだけで毎日に張りができ、明日も頑張ろうって気になれるんです」―。

 

      

 

 「野口雨情ものがたり」は、1995年10月1日から28日まで名古屋・中日劇場で行われた「雨降りお月さん 野口雨情 歌の旅路」の再演の形になりました。この時は名古屋ペンクラブ演劇賞を受賞しています。

                

       イメージ 1

                 

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 この頃、舟木さんに伺ったことがあります。「高校三年生」というたった3分2秒の歌が一人の男の一生を決めてしまいました。あれから35年がたって、再び同世代のお客さまに向き合ったら、「高校三年生」はもはや舟木一夫の歌ではなく、同世代のみんなの歌になっていました。そして、「これからはナンバーワンの歌手ではなく、オンリーワンの歌手として同世代のお客さまとともに旅を続けて行こうと決めました」と語っていました。25年前です。懐かしいですね。

 

      

 

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