Vol.1024-1/3に続けてご覧ください。
Akijii気ままniフォトsketch<春日町>
今報は、春日町の高松大学と春日神社の気ままniフォトSketchをしました。
▼所在地、高松大学
高松市春日町:〒761-0101
▼春日神社の神門、境内
▼バス停「春日川」(春日町)で降車、県道155号線の信号交差点を南に横断
▼春日川の東沿いを南方向に進む-1、高松大学へ向かう(約0.7km)
▼右奥はJR高徳線鉄橋、後方左は春日川橋(県道155号線)
▼春日川の東沿いを南方向に進む-2(春日川東踏切を渡る)、右(西)はJR高徳線鉄橋の線路
▼春日川の東沿いを南方向に進む-3(右奥に高松クレーター5座)、左奥に高松大学が見えて来た
▼春日川の東沿いを南方向に進む-4、左側に高松大学のグラウンドと校舎-1
▼左側に高松大学のグラウンドと校舎-2
▼後方のJR高徳線鉄橋を振り返る、高松大学に着いた
フォトSketch-高松大学
春日町960番地に本部を置く私立大学で、1996年創立、1996年大学設置、大学の略称は高大(たかだい)。
高松大学では4ヶ条からなる「建学の精神」を制定しており、目指す大学像が提示されている。また、高松大学では「教育理念」を定めており、高松大学の教育について実現すべき4項目が示されている。これらの「建学の精神」や「教育理念」に基づき、具体的な「教育目標」を定めている。
高松大学は、平成27年度に公益財団法人日本高等教育評価機構による大学機関別認証評価を受審した結果、機構の定める大学評価基準に適合していると「認定」された。学部は、経営学部と発達科学部で、研究科は経営研究科である。
▼高松大学-1
▼高松大学-2
▼高松大学-3
▼高松大学-4
▼高松大学-5
▼高松大学-6
▼高松大学-7
▼高松大学-8、体育館ガラス窓にマーキングして高松大学を後にする
▼高松大学の南隣の高松東幼稚園、高松東幼稚園-1
▼高松東幼稚園-2
▼春日神社へ向かう(約0.7km)、春日川の東沿いを南方向に進む-5
▼後方奥中央に女木島が見える、春日川の東沿いを南方向に進む-6(次の交点を左進)
▼春日川の東沿いから左に下りて東方向へ進む、左(東)奥に春日神社の社叢が見えて来た
▼春日神社へ進む-1
▼春日神社へ進む-2、左(北東)方向に屋島と五剣山
▼春日神社へ進む-3、左(北)方向奥に高松大学
▼春日神社へ進む-4、春日神社が見えて来た
フォトSketch-春日神社
JR高徳線木太町駅の南東1km程の辺り、新川と春日川に挟まれて鎮座している。
春日神社の御祭神は、天児屋根命であり、御神体には昔から伝承する宝姫の御鏡が、秘蔵されている。
「記紀」によれば、天児屋根命は天孫降臨に随伴する神で祭祀を司どるといわれている。天児屋根命の子孫である中臣宮處連静子命は「宮處里は汝の遠き祖先天児屋根命が誉め愛で師し地である」という応神天皇の詔により讃岐国県主に任命されこの地に移り住んだ。以後中臣宮處氏は、その職を世襲し天児屋根命を祀り栄え、中臣宮處朝臣は、昔新嘗祭をしたと伝えられる海岸の松原に社殿を造営し氏神大明神とした。
弥生時代より定着した我等の先祖は、あすか川(春日川)久米川(新川)流域に分かれて農耕に励み繁栄してきた。その後、中臣宮處本家郡長家の許しを得て、里ごとに社を建て天児屋根大神を分祀した。これらは旧山田郡、三木郡に七社現存する。室町、戦国、江戸、明治の世を春日の氏子は大神を尊信し、広い松原をもつ春日神社を維持してきた。
このたび我等氏子は、先祖が守ってきた由緒ある春日神社の本殿等の改築、境内の改修を行い、子々孫々にこの志を伝えるべく碑を建て記念とする。(境内由緒書より)
▼左側に春日神社の境内、春日神社の神門へ進む-1(左奥に石碑)
▼春日神社由緒記念碑、春日神社の神門へ進む-2
▼春日神社の神門に着いた、春日神社-1
▼春日神社-2
▼春日神社-3
▼春日神社-4
▼春日神社-5
▼春日神社-6
▼春日神社-7
▼春日神社-8
▼春日神社-9
▼春日神社-10
▼春日神社-11
▼春日神社-12
▼春日神社-13
▼神門の鹿に一礼して春日神社を後にする
引き続き、Vol.1024-3/3をご覧ください。