Vol.567-3/4 求めるものに近づけたら。<史跡探訪-西讃編05:観音寺市八幡・有明町> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

Vol.567-2/4に続けてご覧ください。

 

<探訪史跡-2:興昌寺>

東福寺派臨済宗であるが、開山は弘法大師で、古くは真言密教の道場であった。

山崎宗鑑終焉の地ということで、江戸時代以降多くの俳人が興昌寺を訪れ、俳句を残している。境内には、仏足石やミニ霊場88カ所めぐりコースなど多くの史跡がある。

(観音寺市観光協会HP)

 

▼駐車場、山門前

 

▼寺号標、「俳蹟 一夜庵」石標

 

▼山門、参道石階段-1

▼参道石階段-2

 

▼境内-1、本堂

 

▼仏足石、境内-2

 

 

<探訪史跡-3:興昌寺ミニ四国八十八ケ所霊場>

標高68mのなだらかな山道は、ミニ霊場八十八ヶ所として整備され、約1.5kmの散策道には興昌寺山古墳などもあり、手頃な散策コースになっている。

 

▼興昌寺山史跡めぐり(四国八十八ケ所霊場)案内板、四国八十八ケ所霊場登口

 

▼霊場一番-霊山寺(りょうぜんじ) 、史跡めぐり-1

 

▼史跡めぐり-2

 

▼霊場二番-極楽寺(ごくらくじ)、霊場廿三番-薬王寺(やくおうじ)

 

▼山崎宗鑑の墓址、興昌寺山第1号古墳

 

▼霊場廿四番-最御崎寺(東寺)(ほつみさきじ) 霊場三十八番-金剛福寺(補陀洛院)(こんごうふくじ)

 

▼霊場四十番-観自在寺(かんじざいじ) 一番新しい本尊石仏(1870年製) 霊場四十三番-明石寺(めいせきじ)

 

▼霊場四十五番-岩屋(いわやじ) 霊場一番古い本尊石仏(1765年製)五十一番-石手寺(いしてじ)-1

 

▼霊場五十一番-石手寺-2

 

▼史跡めぐり-3

 

▼史跡めぐり-4

 

▼霊場六十五番-三角寺(さんかくじ)、霊場六十六番-雲辺寺(うんぺんじ)

 

▼史跡めぐり-5

 

▼霊場七十五番-善通寺(ぜんつうじ)

 

▼史跡めぐり-6

 

▼霊場八十八番-大窪寺(おおくぼじ)-1

 

▼霊場八十八番-大窪寺-2

 

 

<歩きメモ>

▼興昌寺-境内へ戻る、境内へ戻った

 

 

<探訪史跡-4:興昌寺一夜庵>

俳諧の祖・山崎宗鑑が結んだ書院造りの庵。千利休以前の茶道が形式化しない頃の茶室としても知られている。享禄元年(1528)の建築で、その後4回ほど修復された。名の由来は、宗鑑が来客に一夜以上は滞在させなかったという「上は立ち中は日ぐらし下は夜まで一夜泊まりは下々の下の客」の歌からである。

 

▼一夜庵へ向かう、宗鑑450年祭記念碑

 

▼案内板、一夜庵へ進む-1

 

▼宗鑑の句碑、一夜庵へ進む-2

 

▼一夜庵に着いた、説明板

 

▼庵-1

 

▼庵-2

 

▼庵-3

 

▼庵-4

 

 

引き続き、Vol.567-4/4をご覧ください。