Vol.550-3/5 今の状況を大切に。<史跡探訪-中讃編06:丸亀市一番丁、塩屋・中津町> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

Vol.550-2/5に続けてご覧ください。

 

▼右側は山北八幡神社の御旅所、山北八幡神社の一の鳥居(ここから神社境内まで約600m)

 

▼市営十番丁団地、団地標柱と反射鏡にマーキング

 

▼山北八幡神社へ向かう-2、振り返ると丸亀城天守

 

▼山北八幡神社へ向かう-3

 

▼山北八幡神社が見えてきた、山北八幡神社に着いた

 

 

<探訪史跡-2:山北八幡神社>

宝暦年間(17511764)の社記によれば、当社は往昔、船山に鎮座しており、船山大明神と称せられた。以前まではここまで海で、造船や船の修理などを行っていたために船山または波越大と呼ばれるようになったという。この沖に大亀が来て、それを捕え、朝廷に献じた。

そのため、この沖を丸亀沖と、この船山を亀山と呼ぶようになった。

それにともない、当社も亀山大明神と称せられるようになった。

 

▼社号標、二の明神鳥居

 

▼三の明神鳥居、境内入口まで沢山な狛犬

 

▼随神門、参道と境内

 

▼絵馬殿、京極家参勤交代御船揃絵馬

京極6代高朗(1798-1874年)の参勤交代出発の様子が描かれた絵馬が安政4年(1857年)に当社に奉納され、現存する。県指定有形民俗文化財である。

 

▼神馬舎、拝殿

 

▼本殿、拝殿左に建つ神輿殿

 

▼社殿全体、筆塚

 

▼青銅製の神馬像と犬像、境内

 

 

<リャリ走行メモ>

▼番神社へ向かう、往路を戻る-1

 

▼往路を戻る-前方に丸亀城天守が見てきた、次の三差路を左折

 

▼西南に進み県道33号線を目指す(900m)、西南に進む-1

 

▼西南に進む-2、左(南西)側は蓮池公園

 

▼西南に進む-3、左(南西)側は蓮池

 

▼蓮池沿いに西南に進む、蓮池改修記念碑

 

▼蓮池

 

▼漸く県道33号線の交点-左折、県道33号線を南下

 

 

<探訪史跡-3:番神社>

秋山家の菩提寺である本門寺(田村町を中心に900m四方の大きさの寺院)がこの周辺にあり、この番神宮はこの寺院を守るために境内に建てられた。

 

▼右側に見えてきた、全景

 

▼社号標と鳥居、文政年号の手水

 

▼田村廃寺塔心礎、田村廃寺塔心礎の説明板

▼社殿、扁額

 

▼屋根瓦

 

 

引き続き、Vol.550-4/5をご覧ください。